テグレクト〝秘伝〟の伝授 ②
場所はいつもの鍛錬場。ただし今回はテグレクト一族の〝秘伝〟を教える鍛錬ということで、レイチドもウィーサさんもいない。
「ではシオン君この前も軽く説明した借眼について詳しく教えよう。そのためには新たな式を調伏する必要があるが…どうするか、飛ぶ生き物ならばその辺のハチやカラスでもいいのだがマリーさんと憑依して、新しい式を調伏してみるかい?」
僕はマリーをみる。
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
「はい、折角ですので新魔の調伏をおこないます」
そしてマリーに抱きかかえられマリーとの憑依がおこなわれる。見える世界は様々、トンボの目を介しているように無数の世界がみえる。……そこにイリー=コロンの洞窟に向かう際みた凄まじく早い鳥の小さいものをみつけた、これにしようと視界で迫り、具体的に召喚のイメージを持つ、更に近づくよう、より具体的に。
あらわれたのはノコギリのような羽根をもつ、小さな白黒のまだら模様の鳥であった。その鳥は真上に飛び上がりそこから滑り落ちるように凄まじいスピードで鍛錬場を飛び回る。
「なんと!!?こんな鳥の魔物私でも知らない。シオン君!今マリーさんを憑依している間に調伏だ。今の君たちならできる。」
フィリノーゲンさんの言葉に、僕は召喚の紋章を出す。猛スピードで駆け巡る鳥に対して罠のようにあちこちに紋章をしかける。すると鳥が自ら紋章に入って行き動きを失う。好機とばかりに魔力を高める。そして……
調伏が完了してマリーと解離する。体の中には先ほどの名も無き鳥の力が宿る。
「シオン君一度召喚してもう一度その鳥を見せてくれないか?」
「あ、はい!」
ぼくは調伏したばかりの白黒のまだら模様の鳥を召喚する。先ほどと違い逃げることなくぼくの腕に足をかけて、カラカラカラカラと鳴き声をあげている。
「ふむ、確実に異世界の魔物と考えて間違いないだろう。流石シオン君とマリーさんだ…。ただ名前がないのは不便だな。ノコギリどり…は少し安直か。まてよ、ジュニアならばわかるかもしれない。」
そういって数分後フィリノーゲンさんに連れられたアムちゃんがやってきた。
「ふむぅ、わたしもこのような鳥の魔物はみたことがないな…、真っ直ぐ上に上昇して滑り落ちるように目にも見えないスピードで飛ぶ鳥…そうだな鳴き声からしてカラカラドリと呼ぼうか。」
ネーミングセンスが安直なのは兄弟揃って同じなのだな、と少し失礼な事を考えてしまった。
「ではシオン君借眼の鍛錬の前にカラカラドリを操る練習からだ。式が外れても困るから中庭でおこなおう」
そうして中庭で式になってはじめてのカラカラドリの訓練が始まる。相変わらず見えないほど上空に飛んだかと思えば凄まじいスピードで滑り落ちるように飛び回る。
僕はカラカラドリをある程度コントロールして前後上下左右と動かしていく。不思議と目には見えないがどこにいるのかはわかるこれが式として操るということなのだろう。そしてテグレクト邸の広い中庭を10秒たらずで何十周もした鳥を僕の腕に捕まらせる。
「素晴らしい…、こんな異世界の鳥を調伏してすぐに使い慣らすとは…。」
フィリノーゲンさんからはお褒めの言葉を頂いた。自分の上達は素直にうれしい
「さて次は飛距離だな一度式になっているので、そうそう式の契約が外れることはないが希に離れすぎると契約が途切れてしまうことがある…ただ先ほどのシオン君の腕前を見る限りでは大丈夫だろう。」
そういって連れられたのは鍛錬場ではなく30分ほど歩いた近くの丘だった。
「さて、ここからどこまでの飛距離を飛ばせるか試してくれ」
僕は再びカラカラドリを飛ばす。真上に上昇してそこからすべるように真っ直ぐに飛んでいく。僕たちが30分はあるいてきたテグレクト邸から丘までの道を2,3秒もしないうちに通り過ぎて、カリフの町へ一直線に飛んでいく。そしてUターンをしてあっという間に僕の元に戻ってきた。
「凄い早さだ…、大きさ的に人までは乗せられないだろうが使いこなす訓練を積めば伝令の式としても優秀だろう。おっと借眼だったね。トップショット同様〝秘伝〟といってもタネっていうのは何事も以外と単純でね。式を操るときにシオン君はいままでどうしていたかな?」
「はい、自分の魔力を使い念波の魔導を送っていました。…マリー以外!」
「うん、それが召喚術師が魔物を式として戦いや治癒に使用する基本だ。はじめはそうだな…連続になるが一度マリーさんと憑依して魔力が反則的に高まった状態になったほうがいいだろう」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
フィリノーゲンさんの話しを聞くと早速マリーが僕を抱っこしてきた。僕も目をつぶりマリーと同期する。羽毛に包まれたような安心感が全身に広がり僕は目を開ける。
「じゃあ、憑依の時間は短いから手短に話そう。〝式に主自ら目を貸してくれと低腰で頼み込め。ガラガラドリの目を自分の目だと強烈に思い込め〟それだけだ。」
あまりの単純さに少し呆然としてしまう。式の目を通して周りを見る技術、アムちゃんやフィリノーゲンさんが得意とする技の一つで、おそらく他の召喚術師が誰もやっている所を見たことがないからものすごい仕掛けと複雑な魔導があるのかと思っていた。
僕は式になったばかりのガラガラドリにあくまで低姿勢に目を貸してほしいと願う。ガラガラドリも僕の念を感じたかの様に鳴き声をあげた。そして式の自分の目だと強烈に思い込む。
「よし、シオン君再び飛ばしてみろ。」
ガラガラドリが僕の腕から離れる。真上に飛び上がり再び凄まじいスピードで飛び回る。
「ひゃあ!!」
僕は思わず目をつぶってしまった。視界が二つに分かれ目の前で僕が見ている光景の他に、おそらくガラガラドリが見ている視界だろう、森の一面に広がる木々や森に住む生き物たち、生い茂った秋の草花が目まぐるしいスピードで見える。
果てはカリフの町にまで飛び昼の町の賑わいがみえる。そして徐々に丘に戻り、フィリノーゲンさんと僕の姿をガラガラドリの目からみたところで再び僕の腕に止まった。僕は目を開けマリーが僕との憑依を解く。
「ほう、マリーさんとの憑依中とはいえ一発で成功か!さすがだ。いきなり視界が分裂してビックリしただろう。慣れるまでは時間がかかる。僕も最初は目まぐるしい視界に吐きながら鍛錬をしたものだ。慣れれば4,5体までの視界を借りられる。まぁジュニアは何千何万もの視界を一気に借りるがな。
この鍛錬ははじめは何度も繰り返すと式に嫌われたり自身の目がやられる恐れが有る。そうだな…しばらくは3日に一度の午前鍛錬をおこなおう。マリーさんとの憑依無く自分の力だけでできたら成功だ。連続の憑依で疲れただろう。午後の鍛錬は休みにする。体を休めて明日の鍛錬に備えてくれ。」
フィリノーゲンさんはそういって、来た道を3人で戻りテグレクト邸へ帰還した。
◇ ◇ ◇
新たな技を覚えた満足感と新魔の調伏や丘までの往復などで疲労した体。午後は特にやることも見あたらず自室でマリーと過ごしていた。マリーは相変わらず読書をしている。…そろそろテグレクト邸の図書庫すべて読破してしまうのではないだろうか。
そんなことを考えながら僕はイタズラ半分にマリーに借眼の念を送ってみた。
「うわああああああ!!!」
見えた光景は、人の身の丈ほどもある包丁を持つ赤黒鬼と血のような…いやおそらくは血の池に浮かんだり沈んだりする人達、真っ暗闇のなかぼんやりと剣の山も見えて幾つもの人達が血まみれになりながら泣き叫んでいる。鬼は容赦なくその包丁で切り刻み、潰されたカエルの様な鳴き声をあげながら倒れ切り刻まれた体は再び一陣の風と共に復活する。
そして鬼の一人が僕に気がついた…、包丁を持ち瘴気を含んだ息を吐きながら僕に近づいてくる。逃げようとしても足下が泥沼のようになっていて自由が効かない。僕が絶叫をしたときだった。
パチン
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
汗だくになっている僕の横で読書をやめたマリーが僕の頭を撫でている。マリーの幻覚…久々にくらった気がする。
『 私の 視界は 貸せない 主が 壊れるから 』
頭を撫でられながらそう言われた。テグレクト邸で修業を積んで半年、それでもまだまだマリーには敵わない。僕は少し甘えるようにマリーに抱きついてみた。
マリーもそれに答えるように僕を抱きしめてくれる。疲れが一瞬で飛ぶような安らぎだ。マリーが式になってくれて1年半、マリー変わったことは顔隠しが不気味な仮面から可憐なベールになったこと本当に不気味の固まりの様だった最初が嘘のように屋敷の人達と打ち解け気軽に話しまでしている。
そして狂気や精神を操る能力をウィーサさんの治療や例の青年の治療につかうなど、二人ともマリーが居なければ運命が大きく変わっていただろうほどの貢献をしてくれた。前にマリーが言っていた、『主の 意見を 尊重したら そうなる 』と、そのマリーの変化が僕の影響もあるのだとしたらとても嬉しい。
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
目の前の僕の愛おしい麗しの式に抱きかかえられながら僕は微睡み、ついに眠りに入った。




