ヒーローリキッド 恐怖の麻薬 ①
本格的に夏の日差しが強くなり、鍛錬場はその密閉性もあって異常な暑さとなっていた。フィリノーゲンさんが式として、雪女を召喚し冷気を取ってくれているがそれでも鍛錬を行い火照った体には辛い。特に今日の鍛錬はレイチドと共におこなう、体術・剣術の鍛錬のためよほどだ。
「それでは…はじめ!」
お互い式は出さずに、模擬の剣で様子をうかがう。レイチドには隙が見あたらない、元々体術や剣術ではぼくよりも素質のあるレイチドだ、レイチドが横身になり剣を真っ直ぐ僕に突き立ててくる。一切ぶれのない鋭い突きをなぎ払うようによけるもそれを察知していたかのように突きの連打が襲ってくる。そして…
「終了!勝者はレイチド君だ。」
剣を喉元に突きつけられて僕は負けてしまった。
レイチドとの剣術鍛錬途中執事が入ってきてフィリノーゲンさんになにかを耳打ちした。そして
「すまない、仕事が入った。あとは自習だ。」
そう言い残して僕とレイチドそして魔導のリハビリに励むウィーサさんを残していなくなってしまった。
「レイチドやぱり強いや、剣術では全然かなわない」
「そう?実践で役立ってこそよ、あんたこそ悪魔の絵本騒動では剣術大分役に立ったんだって?」
「え…?誰から聞いたの?」
「あなたの愛しの式からよ。惚気るかのようにあなたの言霊の悪魔との戦いがいかに勇ましかったか楽しげに話してたわ。悪魔相手に咄嗟に剣を振るうなんて度胸私にはないもの」
「あー、わたしも聞いたよー!本物の悪魔相手に口がわりに喉に突き刺したソングフラワーを、剣で一刀両断したんだって?あのマリーさんが命の危機を感じるほどの相手なのにやるねーすごく見直したよ!」
「多分大分勘違いして伝わってる気がするんだけど…」
そんな雑談を3人で話している頃だった。鍛錬場に再び入ってきた執事に僕とウィーサさん、レイチドも呼ばれた。よばれた応接室ではテグレクト兄弟にマリーも座っていた。
◇ ◇ ◇
テグレクト邸の応接室に僕とマリー、ウィーサさんとレイチドがテグレクト兄弟に呼ばれてみんな椅子にすわって硝子瓶に入った白い液体を見つめていた。
「これが噂のヒーローリキッドですか……。」
「ああ、いま巷で流行している主にお酒にまぜたりして飲む精力剤…という名目なのだが内容はほぼ麻薬に近い、いや麻薬よりも質たちが悪いといっていい。なにしろ王国での法で取り締まることができないのだ、今はヒーローリキッドという名前だがその前にもエンジェルプラス・ホワイトボール・スノーエキスなど名前や成分を少しずつかえて法の目を抜け出している。それに依存性がかなり強いし人格を荒廃させるほどの強力な薬物だ。」
「へー、麻薬なんてなにが面白いんだかぁ。そんなものなくても人生楽しいこといっぱいあるのに!」
「怖いですね。しかしなんでこれを私達に?」
「今回私達の元に来た依頼なのだが…解呪でもなんでもなくこのヒーローリキッドに溺れてしまった息子を助けてほしいという家族からでな、医者も匙をなげるほどひどいものだそうだ。本来テグレクト家での仕事内容ではないのだが、ほかのどこも受け入れできなくて最終的に我が屋敷に来たと言うことだ」
「兄上も断ればいいものを…。もう兄上が仕事や雑務を担当してから我が一族はただの便利屋になっているではないか。」
「まぁ元々召喚術師は解呪・調伏、式した魔物を使い仕事をする何でも屋だ。うちで断ったらもう行き先もなく最後には犯罪を犯して牢獄行きしかないだろうからな。薬師による解析では芥子を生成してさらに芥子の陶酔作用を高度にしたものらしい。それにもし治療法の考案に成功できれば王国で猛威をふるっているこの恐ろしい麻薬に対して少しでも貢献できる。」
みんな目の前の机におかれた硝子瓶に入れられた白色の液体を見る。
「この手の話しならマリーさんが得意そうだけどさー、どう?麻薬とかって1回溺れたら治るの?」
『 ほぼ 不可能 少なくとも 自分の意思では 』
「「「 … 」」」
思わずマリーの言葉にみんな無言になる。
「でも兄上どうするのだ?私が召喚で芥子の女神でも呼ぶか?あれは一応治癒の女神だぞ」
「いや、神の怒りを買うだけだろうな。たしかに薬としても優秀だが悪用されていると知ったらどんな反応にでるかわからない。」
芥子の女神、主に壮絶な痛みや末期の病に苦しむ人々を救うとされる神だ。ただ治癒というよりも安楽な死を招く神、たしかに病でもない者がそれに溺れていると知ったら怒るだろう。
「とにかくまだ家族としか話していなくてな下手するとこちらに来ない可能性まである。そうなれば…無理にでもうちに連れてくるか、いずれ犯罪を犯すことを覚悟で放っておくかしかないな。」
「とにかく、呼び出したのは本来我々が得意とする本来の分野の仕事ではない…ましてや治療など魔導師か医者の仕事だ。みんなにも協力を仰ぎたくてな、レイチドは調査をウィーサはこのヒーローリキッドの精密検査を、マリーとシオンはその麻薬に溺れたアホウがきたら眠りなり気絶なりの呪いで対応してほしい」
「わかりました。ご依頼お受けしますね」
「う~ん、薬の整合調査…イリー=コロン様の住処では死ぬほどやったし文献も沢山みたけど麻薬関係かぁ。」
「僕たちはその息子さんとやらが来るのを待てばいいのですね。ご家族はいつ連れてくると?」
「ああ、明日か明後日には連れてくると言っていた。これはあの家族だけでなく王国全土に発展するかもしれない仕事だどうかみんなよろしく頼む。」
……フィリノーゲンさんはそういって僕たちに依頼のため頭をさげた。そこまでされるとみんな恩のある身嫌とはいえずに了承した。
1人の麻薬に溺れた男を助ける仕事 それがあそこまで大がかりな戦闘に発展するなどまだ僕たちは知らなかった……。
◇ ◇ ◇
ウィーサは即席でつくった実験室。普段は幼児退行したアムちゃんを収容する目的のため屋敷で一番頑丈に作られている部屋で、ヒーローリキッドの解析をしていた。
周りには魔鉱石や黄麻、硫黄、様々な形の硝子瓶が並ぶ。爆発などの心配もあるが、麻薬の成分が屋敷に蔓延しては大事だ。
「う~ん、芥子にドクムギにドクニンジン…油もつかわれてる。精製の方法は…魔導じゃないなー、これは油で精製したと考える方が自然かな?いやー、体に悪そうよくこんなもの使う気になるわー。」
ウィーサがヒーローリキッドと呼ばれる、ちまたで話題となり流行している麻薬、それも王国の法では取り締まることの出来ない、すこしづつ成分と名前を変えて法の目をすり抜けている薬物の解析調査をして内容物とその精製方法をすべて割り出した。その結果このヒーローリキッドは下手な麻薬よりもよほど危険な代物であることがわかった。
ただでさえ脳の中枢神経を麻痺させる芥子を精製して更に高度にした麻薬であり、内容物もほぼ毒薬に近い。その上油を使って精製することで脳味噌への侵入が普通の芥子よりも高密度になり、油の成分や毒薬まで脳に回ってしまう代物なのだ。こんなものを乱用していたら一発で脳が壊れてしまうだろう。
「さぁて、レイチドのレポートに負けないように私も薬の解析ださないとねー♪レイチドの観察眼はすごいけど薬や魔導の研究なら私だって負けないんだから!」
そんな友達兼ライバルを頭に浮かべながら、ウィーサはヒーローリキッドにいての報告書をまとめはじめた。
◇ ◇ ◇
レイチドはカリフ・王都の町でヒーローリキッドの調査を行っていた。売っている店は主に露天であったりスラムに近い場所に構えられた店、更には常連には家々を周り売るという手法までとられていた。
(販売自体は普通の村人や商人、普通は麻薬の密売には麻薬カルテルや犯罪組織あたりが絡んでるんだけどそんな様子は無し?…いやしっぽをつかめてないだけかもだけど私単体でそこまで踏み込むのはまだ危険〝好奇心は猫をも殺す〟だわ、相手が麻薬カルテルや犯罪組織なら捕らえられたり捜索者だとばれでもしたら容赦なく殺される。 …それにしても皆まるでジュースでも売る感覚ね。)
レイチドは露天で購入してみたヒーローリキッドに目を落とす。値段は銀貨で5枚から6枚ほど、普通の麻薬であれば金貨1、2枚の値段と考えればかなり安い。
(制作している場所を割り出さないとね。これほどの量を大量生産できる場所なんて大規模な工場がいるわ、でも作り方については誰も知らないし内容も本当に知らずに売ってるみたい。お仕事探しってことで探ってりみる?)
レイチドは何度か飲みもしないヒーローリキッドを購入し〝常連〟となったころ仕事を探しているとそれとなくはなしてみた。すると売人の男から提案されたのはヒーローリキッド作成の仕事だった。
(ビンゴ!!!)
レイチドは男に紹介された家をみて唖然とした。ごく普通の集合住宅の一室であったためだ。工場でもなんでもないそんな場所で、この恐ろしい麻薬は作成されていた。男からの紹介状を握りしめて家の門を叩く、中はむせかえりそうなほどの芥子のにおいと油の臭いに溢れかえっていた。
「やぁ新入りさんかい。ここではこのガスマスクを付けてね。今日は仕事を教えるから見学だけで良いよ」そういってやってきたのはガスマスクをつけた。顔はわからないがおそらく声から中年の男性だった。
その日レイチドは精製の方法を調査して、追っ手の危険も考え野営することなく一目散にテグレクト邸に早馬を飛ばして帰還した。
◇ ◇ ◇
両親が依頼に来て6日後、約束よりも大分遅れて息子をつれた家族がやってきた。
「だからなんだよ糞ジジイ糞ババア!離せ、離せっつってんだろコラぁ!」
両親にむかって罵詈雑言を放ち続けているのは1人の青年だった。ヒーローリキッドに溺れた息子を助けてほしいと藁にもすがる気持ちでテグレクト邸を訪れた家族が息子を連れてきたのだ。
パァン!!
「マリー!?」
そこに美しい銀髪の式マリーの強烈なビンタが入り青年は意識を失った。
「どうしたのだ!?いつもの術は何故使わん?まぁ気にくわないのはわかるが…」
『 既に 私の術に 耐えられる 体じゃない 』
その様子は両親も驚いている様子だった。
『 アムちゃん 拘束してあげて 』
「う、ああ。」
そういってウィリアムは青年をベッドに連れ去り胴と手足を拘束した。
「マリーさん、今はご両親もいる。マリーさんの見立てをご両親にも僕たちにも教えてくれないか?」
『 親なら 絶望する話し それでもいいなら 』
「いずれはわたしから話さないといけないことだ。はじめに話しておこう。」
そして息子の両親・テグレクト兄弟・シオンとマリーの面談が始まった。
『 脳萎縮 及び 脳神経感覚変性 』
「ええっと、マリーが言うには息子様の症状として脳がスポンジのように縮んでしまっていて、それに伴って脳にある神経も病気を起こしてしまっている…みたいです。合ってる?」
『 うん 脳神経感覚変性に付随し先天性気質変容が生じている。今の彼は麻薬に完全支配されている。 』
「ん~と…、脳にある神経の病気の性で元々の息子様の性格も変わってしまい、今の荒い気性になっているみたいです。そのヒーローリキッドの性ですね。今、息子様はヒーローリキッドという麻薬に完全におぼれてしまって人格まで変えられてしまっているんです。そしてその麻薬に完全に息子様は支配されている状況です。」
『 治癒は絶望的 先ずは薬物を抜く それからできることは… 本人の意思で薬物を断ち切ることは 不可能なので 専門の治療がいる ただしかなり辛い・苦しい・拷問のような期間となる それでも寛解にまでならば 持ち込める可能性はある 20%ほど 失敗すれば息子は壊れる かといってこのまま放っておいても 行く末は牢獄で廃人になることだけ 』
「これは解釈いらないかな… ああ、寛解っていうのは、完全によくなるわけではないですが元の息子様の性格に近づけて過ごすことが可能になるということです。」
横にいる小さな少年シオンがわかりにくい言葉で端的に伝える女性マリーの言葉に時々確認しながらも通訳と解釈をいれる。
両親は静かに2人の話を聞いてた。母親は時折涙を流していた。
それから両親はなんども頭を下げて、息子をよろしくおねがいしますと話し屋敷を去っていった。
「それにしても、医者の領分を遥かに超える分析だ。流石マリーさん」
「しかしもう脳が壊れているんだろう?どうするのだ?このまま一生ベッドに縛り付けておくわけにもいかないだろう。」
テグレクト兄弟は、ベッドに縛り付けられ未だに意識を失っている青年を見る。
『 自分から 止めたい と 思うほどの絶望を 体験しなければいけない 』
「そうすればよくなるのか?」
『 あくまで切っ掛け それだけではだめ 麻薬はそれほど甘くない 』
コンコン
「レイチド!ただいま戻りました!」
「おお、レイチド君ご苦労だった。どうだった?」
「はい、レポートは後で提出しますがまずは口頭で…ウィーサも呼んでもらえます?」
それからウィーサを含めた6人が集まり、レイチドは町での調査の様子と〝工場〟という名の集合住宅へ潜入調査をしたこと、そこで目にした精製の方法を伝えた。
「ふむ、レイチド君の精製方法の調査とウィーサさんの薬物の解析は一致しているな。これは本当に大規模な工場でなく家の一室で作られてると見て間違いないだろう。」
「あー、薬の解析なら得意分野だったのにレイチドにも先超されてたかー」
「いやウィーサさんの解析があったからこそレイチド君のレポートに信憑性がでるんだ。そう落ち込むほどのものじゃない。」
『 … 窓の鍵 閉めてる ? 』
突然マリーがそう言った。
「え?いや、暑いのであけていたが。」
それを聞くとマリーは走り出し窓を閉めて鍵をかけた。…その数秒後だった
「「うわぁ!!」」「「きゃああああ」」
窓から轟音と共に、爆発に伴う赤い光りが部屋を照らした
「スティンガー!?窓は封印硝子製なので2級のスティンガーなら通さないがどうした!?」
ウィリアムは硝子越しに外を見る、外にはマスクで顔を隠した武装した集団がテグレクト邸を囲んでいた。




