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召喚した式が強すぎて僕のやることがない  作者: セパさん
狂気の式と伝説の系譜
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偽りの依頼人

「レイチド君、この前の調査報告書の料金だ。素晴らしい考察だったよ。おかげで手間が大分省けたありがとう。」


「はい!ありがとうございます。」


 鍛錬の終了後、レイチドはフィリノーゲンさんから謝礼金を受け取っていた。テグレクト邸でレイチドは弟子兼捜索者という、少し変わった立ち位置にいる。はじめは修業のためにとテグレクト邸にまわってくる軽い仕事の情報収集や文献検索をしていたのだが、正確な情報収集と情報の分析そしてそこから発生する問題点と考察まで入れるレイチドのレポートは、今では高い料金を出して口止めの心配もしなけばいけない外部の捜索者よりも信頼されている。今回もそんな依頼があったようだ。


 もちろん何があったかは聞かない、テグレクト邸に回ってきた守秘義務のある仕事内容を興味本位で聞くなど無礼もいいところだ。はじめはレイチドも修業をさせてもらってる身だから報酬はいらないと言っていたのだが、フィリノーゲンさんに探偵や探索者にとっての口止め料の重要性やレポートの価値を説き伏せられて見合った報酬をもらうことにしたらしい。


…しかし今回のレイチドのレポートは、僕たちはおろか屋敷の人間全員が関わることとなる大がかりなものとなった。


   ◇     ◇      ◇


「今回は王都の使者様からのご依頼ですか?」


「ああ、それもどうやら私ども…テグレクト家の召喚術や調伏・解呪が目的ではなく我々テグレクト一族から融資をしてほしいと希望があってな、王都も今オーランタン事件や九尾の狐騒動で復興の最中だそこで新たに王国迎賓館を設立したいとのことなのだが…王都という立場上町の領主には頼めないということでうちに回ってきたということだ。確かに報告書や証明書には王印が押されていたがレイチド君にも一応調査を依頼したいと思ってな。」


「わかりました。ではこちらのご依頼承りますね。」


(さて、報告書は……およそ5年ほどかけて設立予定の王国 迎賓げいひん館、融資ゆうし希望額は金貨2万8千枚相当で返済は10年間1年ごとに金貨3000枚か…すさまじいスケールの話しね。まず王都で本当にそんな計画があるかを調べないと。)


 レイチドはすっかり慣れ親しんだ早馬で、野営を重ね王都へ向かい調査を行った。なにしろ迎賓館ほどの設立は国家機密に値するのでそうそう簡単に聞き出せない。そこで土地の売買やその値段の推移についてを調査していくことにした。


(たしかに不自然に大きな面積の土地の買い取りが行われているわね。これが迎賓館の設立だとしたらたしかに筋は通る。)


 次にレイチドは土建業に目を付けた。大抵設立の話しが出る頃には自分たちがその仕事を勝ち取るためにどの業者も躍起になるため、ある程度の確信がついたレイチドにとっては簡単な話であった。


(みんな口の軽いこと…、流石に迎賓げいひん館って口には出さないけど例の建設の件って言えば判る人にはわかっちゃうじゃない。)


 レイチドは建設業の人達に例の土地で行われる建設について調査をしているという嘘でもないが、真理でもないことを話しつつ調査をした。やはり建設業界では既に噂になっているようでみんなレイチドを王都のお忍び役人か何かと勝手に勘違いして、いかに自分たちの技術が素晴らしいかを披露しつつ、ぺらぺらと建設計画を披露してくれた。


(とにかく王都に迎賓館が建てられるってことは間違いないみたい…ただ、なんでお金の工面をテグレクト家に?たしかに王都の面子があるから地方の領主には頼れないのはわかるけどあまりに根拠が薄すぎる。そもそもテグレクト家に金貨2万8千枚も借りて10年かけて3万枚にして返すなんていう取り付けも怪しいわ…。たしかに高利貸しから借りるよりも良心的だし、アムちゃんもフィリノーゲンさんもそこまでお金にこだわる人達でないだけに。


 ……でも王都からの使者ならテグレクト兄弟のお金に杜撰ずさんな性格くらい見抜いててもおかしくないのに、私が王都の使者なら最初に貸してじゃなくて〝申し訳ないしばらくお金をくれ〟って交渉から始めるわ。それからある時払いの催促無しの借り入れにするのが本当に個人から借りなきゃならないほどお金に困ってる王都の使者が行う正当な方法じゃないかしら?)


 それからレイチドは再び早馬に乗り野営をしてテグレクト邸へ帰還。調査報告書を記入した。


  ※      ※       ※



   調査報告書

 

   レイチド=キャンドネスト


 王立迎賓館建設における王都使者からの融資の件についてです。王都での土地の買い取りや値段の推移を確認しましたところ、王都になんらかの大規模な建設が行われることは間違いないと思われます。また、建設業の方からの聞き込みでは既にその建設は噂になっており〝例の建物の件〟で共通して皆様が認識されました。


 迎賓館であることは立証できませんでしたが、それに準ずる大規模な建設を水面下で競い合っている様子です。以上のことから本件は架空のでっち上げ話ではないという可能性が高いことが推測されます。


 王都の資産状況につきましては国家機密に値することから国庫の予算については調査はできかねておりますが、不明点がいくつか残ります。まず大規模な土地の買い上げを行っているにも関わらず今頃になり、個人とも言えるテグレクト一族へ融資の依頼を王都の使者が行うこと。これは王都の面子めんつにより地方の領主には頼めないということは十分に考えられますが、根拠が薄すぎます。


 また金貨2万8千枚という額は個人としては大金として錯覚さっかくしてしまいがちですが迎賓げいひん館という大規模な建設を考えたら柱30本分の価値しかありません。それをいまさらになり借り入れ希望することも不自然です。以上の点から今回の依頼は偽の使者、偽りの依頼人であり詐欺師の可能性があることが推測されます。王印が本物であるなしに関わらず再び依頼人に話を伺う必要性を提案致します。


   ※      ※      ※


 フィリノーゲンはレイチドの提出したレポートに目を通して目を丸くした。


「詐欺!?私たちを相手にかい?そんな馬鹿な……。」


「はい、お言葉ですがフィリノーゲンさんやアムちゃん…ジュニアさん達のように英雄として称えられていて、一般の人が近づけない人をカモにするのも詐欺師の手口なのです。これは慎重に事を進めた方がいいかと私は考えます。」


「……王印は本物だったが、たしかにこのレポートを読むと不自然な事が多く感じてくるよ。」


「では、良い方法があるではありませんか。いつもは私ばかり調査をさせてもらってますが今回は皆を巻き込んでしまいましょうよ。」


 そういってレイチドはニヤリと笑った。


    ◇     ◇      ◇


 テグレクト邸の客間に高貴な服装の中年女性が座っていた。かつて王宮の近衛魔導師を勤めたことのある貴族であり現在は使者をおこなっている。…というのは建前であり近衛魔導師であったが横領によって職を追われ現在は詐欺師に身を窶やつした懸賞金もかけられている札付きの大物詐欺師であった。



 コンコン と ノックの音がする。



「失礼致します。この度は何度も足を運んでいただき申し訳ございません。」


 入ってきたのは館の主の兄であり、実務を任されている実質の館の権力者テグレクト=フィリノーゲンであった。


「いえいえ、こちらこそ火急の用件で申し訳ございません。お時間を作って頂きありがとうございます。」


 女性はあくまで柔和な笑みを浮かべて挨拶をする。焦ってしくじっても一銭の得にもならないことは長年の詐欺師経験から知っている。



「今回、私どもをお頼りになっていただいたのは幸いなのですが本当に金貨2万8千枚で足りるのですか?迎賓館ともなると柱数十本分にしかならないと思うのですが…。」


「ええ、詳しくは私も聞いておりませんが他の使者も派遣されているということで私が承った案件はこの額のみなのです。」



「そうですか、本当に王都がお困りとあらば金貨2万8千といわず10万枚でも20万枚でもお貸ししようと思ったのですが。」


 女性は思わずゴクリと唾の飲み込む、テグレクト一族が1000年を超える繁栄の中でため込んだ財産は計り知れないと聞いてはいたが、そこまでの額をポンと出すとは思ってもいなかったからだ。


「い、いいえ結構でございますよ。本当にお気持ちだけで…。」


 しかし欲をかけばボロがでる。あくまで平常心を保ってそう答える。


「そうはいきません、仮にも王国の英雄の末裔として王都の危機を放ってはおけません。今一度王へ直接ご連絡ください。今式を通じさせますのでそれで了承が出しだい金貨10万枚でも20万枚でもご用意いたします。」


 思わず女性から冷汗がでる。王に直談判などされたら嘘がばれてしまう、王印は王宮魔導師だった頃の知識を利用して作り上げた一級品の贋作だが流石に王への直談判まで対応はできない。



「いいえ!いいえ!本当に結構ですから!」


「……何をそんなに焦っておられるのですか?」


「それは!私は詐欺師で!全部嘘ですから!そんな王に直談判なんてされたらあああああああああ????」


 女性は自分で喋っている途中で自らの口を手で塞いだ。自分でも何が起きたか判らなかった。自分で詐欺であったことを暴露するなんてしたことがないし、するはずもないと思っていたからだ。



 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ



「あーあ、しっぽを出したな。まったくレイチドがいなければまんまと2万もの金貨をこのババアに持って行かれたのだ、本当に無能な兄上じゃ。」


「いや、アムちゃんも気がつかなかったんじゃ…。」


 客間の入り口から入ってきたのはベールで顔を覆って銀髪を逆立てた女、栗色の髪をした少年、そして本来の当主テグレクト=ウィリアム。



 もはや中年の女性…偽りの依頼人に逃げ場は無かった。幸いここは2階、窓から飛び降り逃げようと女性は一目散に窓に向かって走る。すると窓から黒髪と黒い瞳そして紫のつばの広い三角帽とローブを纏い魔導の杖をもった笑顔の少女が姿を現した。



「…心に炎を宿したもう」


 少女がそう呟く。瞬間、爆発的に少女の魔力が高まった。


「なんです、これ?ひぃ!椅子が絵が机が絨毯が本が!!!」


 偽依頼人の周りのものがすべて自分に襲いかかってきた。それもまるで生き物のような生々しい動きであり、女性を混乱に陥れる。


「高位の魔導師?何故召喚術師の館に!?」


「魔導師?知らない言葉ですねー♪わたくし魔女ですからー!」


 少女はケラケラと笑いながらそんな事をいった。



 女性は混乱と恐怖の中遂に意識を失った。


   ◇     ◇     ◇


 〝大物詐欺師メイ=クラウン、テグレクト邸にて逮捕 テグレクト一族に巨額融資詐欺を行う目的で訪問するも英雄の前に為す術無し!〟


 そんなニュースが王国に広まった。


「それにしてもレイチド、今回も立派な仕事であった!」


「いえ、今回は皆様が協力してくれましたし自白に追い込んでくれたのはマリーさんで気絶と逮捕はウィーサとアムちゃんのお陰ですから」


「しかし王印を寸分違わず作り上げるとは凄まじいな、詐欺師に墜ちていなければよい王宮魔導師として生涯を送れたであろうに。」


「ま、それができないから、横領の挙げ句詐欺師になったんでしょ。」


「やー楽しかったー!悪人相手だとあれだけのことしたのに全然悪い気しないねー」


 僕たちは詐欺師逮捕に大きく貢献したレイチドの祝賀会をテグレクト邸でおこなっていた。はじめにレイチドとフィリノーゲンさんから僕たちにテグレクト家にまわってくる仕事の内容で協力してほしいと言われた時には驚いた、そしていつもは守秘義務からみられないレイチドのレポートを見てマリー、ウィーサさんは目を輝かせて含みのある笑いを浮かべていた。


 結果フィリノーゲンさんはカマかけで追い詰めを、マリーは自白の呪いを、ウィーサさんは繊細な操作魔導を、アムちゃんは気絶した詐欺師の拘束を行い御用となったのだ。あれ?僕だけ特に何もしていない。


 とまぁ、ちょっと悪い気もするが、レイチドの功績は素直に喜びたい。


 マリーはそんな話しには目もくれず、祝賀の豪華な料理に舌鼓を打っていた。


「で?兄上、今回のレイチドへの報酬は金貨2万枚でいいのか?それでも金貨8千枚得しているぞ?」


 そんなアムちゃんの言葉を聞いたレイチドは飲んでいたお茶を気管に詰まらせゲホゲホとムセ込み咳き込んだ。そして咳き込みながらも顔を真っ赤にして手と首を横に振っている。



 僕はその様子に思わず笑ってしまい、みんなもつられて笑っていた。

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