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召喚した式が強すぎて僕のやることがない  作者: セパさん
狂気の式と伝説の系譜
24/135

魔女を継ぐ者 ② ラスト

 マリーが眠っている少女、モリー=ウィーサの頬に手を触れる。


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 アムちゃんの悲鳴とも付かない声なきか細い絶叫が鍛錬場を木霊した。おそらくサイコシスをマリーを通じて見ているのだろう。幼児退行状態でないムちゃんの絶叫… それほど恐ろしい魔物いや神なのだろうか


「ジュニア!大丈夫か!?」


 フィリノーゲンさんもアムちゃんを心配して声をかける。


マリーがそっと少女の頬から手を放す。とたんにアムちゃんは腰を抜かし目が点になっている。アムちゃんはマリーにそのまま質問した。


「…あれはマリーの幻術ではないのだな?」


『 そう 』


「僕もみていたが、マリーさんが幻覚をおこさせている様子はなかった。ジュニア何を見た?」


「……自分のしっぽを口で囓り、グルグルとまわる目鼻口耳がでたらめについた醜態をさらした犬か豚のような何かと、6つの羽根をつけたこれまた、でたらめにグルグルと回っている何か……。気味が悪い、吐きそうじゃ。」


 アムちゃんは今だ目を点にしてそう話した。


「2体?サイコシスは1体ではないのか?」


「いや、1体じゃ。だが姿がグルグルと変わっていく…ぅぅぅすまぬ吐き気がする兄上!!」


「ああ」


 フィリノーゲンさんはビショップを召喚し回復・治癒の魔術をほどこす。


「はぁはぁ。すまぬな楽になった。…マリー感謝する。今ので私には爆弾娘に取りいてる禍々しい神が見えるようになった。」


 アムちゃんは立ち上がり精悍せいかんな顔つきを取り戻して、呪縛樹の中で眠る少女を見る。


「マリーさっきの化け物とマリーだとどちらが強い?」


『 私は狂気 相手は混沌 勝負はつかない 』


「ふむ。つまりこの爆弾娘は元々の魔力の高さにイリー=コロンのもとで研磨けんました技術、その上あれほど禍々しい魔物を憑依ひょういしているということか…ゾッとする話しじゃ。まず解離に入らないといけない。マリー何故こいつに取り憑いてるか心当たりはあるか?」


『 さぁ? 』


「そうか、では手がかりを探す必要があるな。あれほど嫌気と醜態の塊である神、何故この魔女に取り憑いているかを探らないと解離は難しい。手がかりとすれば……、わたしと兄をイリー=コロンの住処に案内してもらえるか?」


「わ、私もおねがいします!」


 どさくさに紛れてレイチドも言った。


              ◇      ◇      ◇


 僕とマリー、アムちゃん、フィリノーゲンさん、レイチドの5人で少女を拘束したまま、アムちゃんのガルーダとフィリノーゲンさんの風龍に乗る。


 僕とマリーの道案内で洞窟にはあっと言う間にたどり着いた。アムちゃんを除く全員、魔導類を遮断しゃだんするジュエルドラゴンの皮から作られた鎧を着用しているが、あの凶悪な魔力を見た後だと一流冒険者でもまず着ることのできないこの鎧が紙切れのように頼りなく感じてしまう。


 マリーは来た時の罠をすべて記憶しており、マリーを先頭に半刻ほど洞窟を歩くと目的の住処がみつかった。硝子の棺に入れられた英雄のミイラ、研究道具の一式、僕たちだけで来た時はプリーストンのランタンだけだったので気がつかなかったが束ねられた羊皮紙は洞窟天井に届くほどあり、改めて膨大な研究の量であることがわかる。


「これがイリー=コロン様の終の棲家か……。」


「この束が全部魔導の研究資料だとしたら凄まじい話しじゃ、流石ひいおじいちゃんのパートナー。」


 アムちゃんとフィリノーゲンさんが関心するように洞窟内の研究室を見渡す。


「書跡が違うものもありますね、おそらくウィーサさんのものでしょう。」


 レイチドが探る様に研究室内を見てそう話す。眠れる少女、モリー=ウィーサは呪縛樹に拘束されたまま洞窟の端に置かれている。


「たしか魔女の糾弾とサイコシスが関係あると言って、彼女はシオン君達を襲ったんだったね。だとしたら…羊皮紙の束でなく製本されている物から見ていった方がよいのだろうか。」


 棚には無造作な羊皮紙の束だけでなく、おそらくはイリー=コロン自ら製本したと思われる図書になっているものがあった。ただそれだけでも膨大な量であり、5人であたっても手がかりが掴めるまでどのくらいかかるか考えるだけで恐ろしいほどだった。


 しかしマリーとレイチドが素早く製本された本を調査すると要点は少しづつに絞られた。


 製本された内容は魔力の根源とは何かという物から、無機物に生命力を宿やどす魔導の概要とその具体的方法、魔女に対する糾弾とサイコシスの関係、サイコシスへの対処方法……。



「しかし何故イリー=コロンが人知れず、こんな洞窟に引きこもってサイコシスなどという多数いる神の一つに執着したのだ?」


 アムちゃんは新たな疑問を口にする。確かに四英雄として幾らでも王宮から莫大な資産の元研究を行えたであろうイリー=コロンそれが一人洞窟にこもりサイコシスという神に執着して英雄らしかぬ生涯を終えたのだ。思わず僕たち5人は硝子の棺に入れられた老婆を見る。


「イリー=コロン様……、過去魔女として糾弾された経験もあるとは聞いていたが、晩年にまで及ぶほどだったとは…」


 あとは5人がかりで製本された研究を読む、僕が読む内容は魔女の糾弾の歴史と混沌の神サイコシスである。


 ※      ※      ※


 魔女として糾弾される中には占い師・予言者も混じっており、占い師・預言者の存在は魔導の発展と共に衰退してきた。混沌の神であるサイコシス、この神そのものは自然災害のような神であり時・場所・人を選ばず混沌を災いとして振りまいていく。


 その中で魔力が元々高い者に混沌の災いが振りまかれると相乗作用を起こし占い・預言といった現代の魔導ですら不可能なことが行えるようになることがある。これは時間感覚の連続性が混沌を起こし本来ならば精神肉体共に荒廃はずの人間が、魔力の高さでそれを補い時間の過去と未来を酔歩すいほするように〝見る〟ということが可能になるためと推測される。


 そしていつしか自然災害の塊サイコシスによって起こされた混沌の災いは、その高い魔力で生き延びてきた占い師・預言者そしてより強い魔力を持つ魔導師を〝魔女〟として糾弾されるようになった。これが魔女糾弾、魔導師が王国より一時は魔女として迫害されてきた歴史の一つの原因であると私は推測する。

 

 ※       ※      ※


「ん~魔女が糾弾された歴史についてだけど。イリー=コロンが英雄になってからはほとんど行われてなかったのにね。王立の専門機関ができるほどだったのに。」


「だからこそこんな所に引きこもってたんじゃない?過去の王国の暗部について研究をしたいなんて英雄として堂々とはできなかったんでしょ。」


『 … 興味深い 』


 マリーは読書スピードが速く、既に製本は晩年の書物近くまで読破しかけていた。


『 アムちゃん みて 』


「何、サイコシスの考察と対策について?。ちょっと読むわよ。」


「…」


 アムちゃんがページをめくり製本に目を落とすと驚いた顔で読書を始めた。1文字1文字が驚きの連続とばかりにゆっくりとページを進めていく。


「これ…サイコシスの召喚方法が記載されている…」


 アムちゃんがそういうと僕をいれた他の3人はアムちゃんにあつまる。


「召喚!?イリ=コロン様は神の召喚魔導までたどり着いたのか!?」


「でもサイコシス自体は自然災害のように定住せずに厄災を振りまく神とどの書物にも書かれていましたが…」


「まって…同時に日記のような記載がある。これを書いていた頃にはもう晩年ね。」



  ※       ※       ※


 私はついに魔女迫害の原因であるサイコシス召喚の魔方陣を組むことに成功した。かつての同志テグレクト氏より教わり、背中を守り抜く中で少しずつ技術を盗んだ召喚の魔法。これでサイコシスを呼び出し私の手で討つことができたならば、私の悲願は成就される。


 二度とサイコシスによって魔導師が魔女と糾弾され迫害されることはないだろう。しかし私は既に全盛期の半分の魔力も残されていない、今更ながら東西戦争の仲間達が恋しくなる年となってきた。この年老いた文字通りの魔女にサイコシスが討てるかわからない。もし私が失敗したとしても後生にこの研究を託すものとする


  ※       ※       ※



「……この後に無機物に生命力を宿した魔導のまとめか。それから無機物に宿した生命に、混沌の厄災やくさいを転移させる魔導が記されてる。シオンやマリーを襲ったワラ人形とマリーの術の一部が通じなかった原因の人形がこれという訳か。」


「ということはイリー=コロン様の図書からサイコシスの召喚陣の組み方と召喚の呪文を知った、そこの少女…モリ=ウィーサが召喚の呪文でサイコシスを呼び出し…そして敗れて取り憑かれてしまったということか」


「神の怒りを買ったってところじゃな。しかし持ち合わせた高い魔力から、サイコシスに憑依されても人格の荒廃こうはいはせず、イリー=コロンの研究を信じるなら予言や占いの能力に加えて憑依された神の力を持つまでにパワーアップしてしまった。」


「でも1回魔導陣で自分で呼び出したなんて言ってなかったのに。」


「流石に混沌の神だって自分に対する記憶くらい消したのではないか?そして予言だか占いの能力で山にやってくる〝精神を司る神に等しい存在〟…マリーを見てこれそがサイコシスだって勘違いをした。そしてシオンとマリーが襲われたと推測すいそくが出来る。」


「なるほど、つまりイリー=コロン様が後生に残したと記されているサイコシスの討伐者がモリ=ウィーサさんとなるわけか。結果は敗れてしまった訳だが、本人の言うとおり魔女を継ぐ者だったのだな。」


「とにかく、何故彼女がサイコシスに取り憑かれたかはわかった。後は解離の方法、神の怒りを買ったのだとすれば厄介、解離自体はできても今度はわたし達に怒りが向くこととなろう。しかしここまで進んでしまえば我々でやるしかない。ワラ人形は……わたし達の魔力では使えないからどうしようも無いな。マリーよ?テグレクト邸でわたしにかけた、サイコシスの姿を〝見るだけ〟の保護、5人全員にかけられるか?」


『 不可能 アムちゃんと 主が限界 』


「じゃあ、あの怪物退治はわたしだけでするしかないか…シオン!マリーの嫌気全開よりも禍々しい姿だから吐くでないぞ!」


 ◇       ◇        ◇


 レイチドとフィリノーゲンさんには洞窟内部で待ってもらうころにして、僕とアムちゃんはマリーと手を繋ぎ、黒髪の少女の前に立った。


「じゃあ、解離を行うわ…。召喚の術も門もイリーコロンが記載した本にあった。神を無理矢理引っぺがすように解離させるのは難しいから助かるわ。私が魔方陣でサイコシスを召喚することでこの爆弾娘から解離してもらう。」


 アムちゃんが眠れる少女の前で呪文を唱える。いくつかの精霊が姿を現した。その精霊もアムちゃんにあわせて魔力を高めていく。徐々に魔力を高め周りの精霊の数も増えていく。


「ふむぅこんなところか、どれイリー=コロン借りるぞ!」


 アムちゃんは最大限まで魔力を高める。徐々に紋章が地面に現れる。たしかサイコシスを召喚する召喚陣だ。


「三度召喚させてもらう!!!!」


 召喚陣から光りが走り、すこしづつ姿をみせるサイコシス。その姿は、アムちゃんの口頭での説明以上であった。自分のしっぽを口で囓り、ぐるぐるとまわる目鼻口耳がでたらめについた醜態をさらした犬か豚のような何か…かとおもったら6つの羽根をつけたこれまたデタラメにグルグルと回っている何かに、そしてまた…と常にグルグルと姿が変貌していった。思わず吐き気をもよおす。



 オオオオォォォオオォォォォオオォォオオォォォォォオオオオオォォォォォオオォォオオオ


 完全に召喚がおこなわれ、あとは調伏か退治のみ。


 「よっし!後は調伏のみ!」


 アムちゃんが数珠の様に束ねた小さな魔導陣をヒモの様に伸ばしグルグルと回るサイコシスに絡みつける。それを幾度も繰り返しどんな変異をされてもアムちゃんの放った魔方陣の束が絡まるようになりついに動きを停止させた。ヒモの様にとりつけられた魔方陣が徐々に大きくなっていく。


 アムちゃんはワラ人形からヒントをもらったと思われる、厄災の呪いを避ける魔法の代わりに妖精を召喚していた。気持ち悪さかマリーに護ってもらっても未だにある厄災の呪いかを妖精に転移させている。妖精達はあるものは混乱し、あるものは失神していた。


「このまま、逃げるでないぞ!!!」


 アムちゃんが最後の仕上げとばかりに魔方陣をサイコシス全体を覆うように多重にかけていく。そして…


「調伏完了じゃ♪ニヒヒ!」


 …あのおぞましい疫病神を調伏してみせた。


「おーい!終わったぞー」


 しばらくすると駆け足でフィリノーゲンさんとレイチドが戻ってくる。


「まさか…本当にサイコシスを調伏したのか?」


「うん、キモいので使う予定はないが一応。」


「ウィーサさんはどうなってます?」


アムちゃんは少女の頬にかるく手をあてる


「うん、サイコシスはもう感じないな。やっぱり一体だけだったようだ。」


「さて、ではあとはこの爆弾娘だけだな。事情も聞きたいし話したい。」


「サイコシスの憑依が解けた爆弾娘…どんな反応するかな?」


 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ


『 じゃあ 起こしましょう 』


 パチン


マリーの合図と共に呪縛樹で縛られた黒髪の少女は少しづづ目を開いた。


「ふぁ!!?ここは!?なんで?なにで縛られてるの?魔力がきかない!冥界?天界?異世界?ちがう、イリー様の住処!なにこれ、どういうこと?あなたたち誰!?」


 目に正気を宿しながら右往左往ひどく混乱していた。


「すみません、僕たちに見覚えありますか?」


 僕とマリー、彼女がサイコシスと言って殺そうとしていた僕たちが少女の前に立って話しを聞いてみる。


「知らないわよ!誰?ここはなに?私死んだの?何で縛られてるの!?」


 モゾモゾと呪縛樹をほどこうと暴れながら話す。どうやらサイコシスに憑依される前の記憶はないようだ。


『 ちょっと おちついて 』


 マリーは銀髪を優しく逆立てる。



『 抗不安情動脱力処置こうふあんじょうどうだつりょくしょち  完了 』



 少女は目を少しトロんとさせ、矢継ぎ早に放たれていた混乱の言葉は治まった。


「流石にもう大丈夫じゃろう、呪縛樹は最低限にまで解こう。」


「あ、ああ。ここまで来るとすごい犯罪みたいで心が痛む……。」


 テグレクト兄弟がそういうと彼女の全身を包んでいた赤と青の呪縛樹は後ろでに縛る程度まで治まった。


「わたしは四英雄が一人、テグレクト=ウィリアムを継ぐ者。第48代テグレクト=ウィリアム あなたが退治しようとしていたサイコシスは、私が召喚術師として調伏させてもらった。あなたは?」


 アムちゃんが目の前の少女に近づいてやや威厳を含めた声で話す。


「わ、わたしは、イリー=コロン様の研究を継ぐ者、モリー=ウィーサ…です。テグレクトってあの騎士道物語やイリー様の研究にもあちこちに名前がでていたあの?」


「うむ、イリー=コロンはわたしの曾祖父の仲間だった。あなたはサイコシスに取り憑かれていたから助けた。記憶はあるか?」


「そうだ…私はイリー様の洞窟を見つけて、そこから魔導を学んで…イリー様の悲願を受け継いでサイコシスを討伐しようとした。」


「あなた今、年は?ちなみに私は12歳!ニヒヒ」


「あ、一つ下の年…です。私は今11歳…」


「「 !? 」」


 僕たち一同ウィーサという少女を眺める。どう見ても体つきが11歳のそれではない。既に成長期の真っ直中にあり、高い背丈や女性らしい膨らみがみてとれる。どう見ても僕やレイチドに近い年齢だった。


「11歳の少女がサイコシスに挑んだのか!?」


思わずフィリノーゲンさんがアムちゃんを割って問いただす。


「洞窟を見つけたのが9歳。そこから2年研磨して生命力を宿す魔導を学び、イリー様の書から討伐のヒントを得て召喚の紋章を描いて魔力を注ぎ…… ああ、だめそこから思い出せない。」


「辛いことを伝えるようだが…敗れてしまい怒りを買って憑依されてしまったのだろう。だがサイコシスの厄災ではなく、サイコシスそのものが憑依されていたにも関わらず3,4年も心身ともに荒廃せずにいられるとは…並の魔導師ではない。」


「混乱しないで見てくれ。これが今のあなた……。」


 アムちゃんが召喚の術で鏡を取り出す。過去を映すものではなく普通の鏡だ


「え!えぇ!?なに?私、大きくなってる…。そういえばサイコシスを討伐したってあなたが?」


 ウィーサがアムちゃんに改めて尋ねる。


「うん、討伐じゃなくて調伏じゃがな。召喚術や魔物の調伏なら、専門職に任せればよかったのだ。」


「調伏…、実習で聞いた…。じゃあサイコシスはまだ生きてるのですか!?」


「わたしの式としてな。なんならもう一回見るか?キモイからわたしは見たくない、別室でみてくれ。式になったからもう憑依されることはないのでそこだけは安心していい。」


「式?こんな女の子の?そんな…、私とイリー様の苦労は……。」


 ウィーサは落胆したように項垂うなだれた。


「1から神の調伏なんて出来るわけ無かろう!?お主やイリー=コロンが残した対処法があったからできただけの話しじゃ!!それにわたしは男だ!」



「ジュニア、とにかく直ぐに事情を説明して理解してもらうのは難しそうだね。3,4年の記憶が無いなんて誰でも混乱する。一度テグレクト邸へ戻ろう。……この子は曾祖父の仲間の悲願を継承した者であり、終の棲家の発見者でもある。丁重なもてなしをするには十分な理由がある。」


 フィリノーゲンさんはそういって呪縛樹を完全に解いた。


「あ、動ける!…この洞窟こんなに禍々しい魔力なんて感じなかったのに。」


「ウィーサさんの魔力だ、と言っても今は理解できまい。来た道を戻るのだが、魔法による罠が多数ある。ウィーサさん気をつけて。」


「は、はい。」


 そしてその後ウィーサさんは洞窟を歩く中アムちゃんに多数の質問をしていて時折驚いたり、泣きそうな顔になったりしていた。ウィーサさんは10~11歳のときに仕掛けた野党の侵入を防ぐ魔法は朧気おぼろげに覚えていたが、その何倍も凶悪な魔力でつくられた罠には記憶がなかった。


 そしてマリーの先導によって洞窟を抜け出し、これからテグレクト邸で一時的に彼女を保護しよう。そう考えていた時だった。



〝 心に 炎を 宿したもう 〟〝 万願成就 感謝いたします。 〟〝 私の仲間 よ ありがとう 〟


 僕たち全員の目にマリーの幻覚のような空中文字が浮かんだ


「マリー?じゃない!って…」


 洞窟だった入り口は巨大な魔導銀の球体で覆われた。


「なにがあった!?入り口が!!条件発動の魔導!?禍々しい魔力に隠れてて気がつかなかった。」


「イリー様のお屋敷が!それにあの煙…。」


 山の一角から煙があがっている。ガルーダで飛びその煙の元へ急ぐと地面に埋まるように煙突が設置されていた。煙が強くとても中には入れない、おそらく場所的にはイリーコロンの棺があった部屋、研究室そのものが燃えているのだろう。


「あれほど膨大な魔導の研究が……。」


「なんじゃ?そんなに燃やしたいほど見られたくない研究だったのか!?」


 その様子を呆然と眺めていたモリー=ウィーサが、アムちゃんにそっとささやく様に話し始めた。


「…いえテグレクト=ウィリアムさん、あの研究資料は元から部屋から一歩でもでると全て文字が消える書跡で書かれていました。私は全ての研究資料を読んだおそらく唯一の人間、イリー様の記した研究資料には端々に葛藤も挫折も自己嫌悪もすべてが包み隠さず記されていました。


 魔導師がこれから王国で発展していく中その指導者たる自分がこんな自らの過去に縛られている事への葛藤、そのために本来〝無〟であるものに生命力を宿すという非倫理的な魔導を作り上げてしまったこと。またサイコシスへの恨みと挫折の中にある一種の自己嫌悪。自分の代で終わらせられなかった事を悔やむ晩年の絶望、すべてを読んだ私にはイリー様の掛けたこの滅びの魔導が少し判る気がします。


 魔女迫害なんていう過去の暗部、本当に自分の代で終わらせたかったのです。そして〝過去に縛られる英雄〟という矛盾をイリー様は受け入れて、残りの人生のすべてをかけてサイコシス討伐に挑みました。しかし晩年まで掛かってしまい、力が失われていく絶望が研究資料からも感じ取れました。晩年の研究資料はほぼ日記のようでした。毎日のように東西戦争を共にした仲間、あなたのひいおじいちゃんのことも書かれていました…。」


そしてモリー=ウィーサは涙を流しながら話しを進める。


「先ほどの皆様も見たメッセージ〝 私の仲間 よ ありがとう 〟それがイリー様晩年の全てを表しているのかもしれません。苦楽の冒険を共にした15年の仲間達、その仲間がいずれ自分の生涯の悲願を叶えてくれるのではないかと。たとえ英雄として王国に貢献できなかった自己勝手な自分でも、笑いながら自分の苦しみに手を差し伸べてくれるのだろうと信じていたのだと思います。」



 ……思わず全員が無言になってしまう。その中でモクモクと上がり続けていた煙が徐々におさまりやがて、煙突から何ものぼらなくなった頃。入り口の魔銀の塊が消えた。


 僕たちは再び洞窟へ入って行くモリー=ウィーサのかけた魔法による罠も全て解除されている。洞窟の奥深くは焼け焦げており、やはりあれだけあった製本も束ねられた羊皮紙も残されていない。


 その中でひとつだけ、おそらくモリー=ウィーサによって納められた硝子の棺に入る老婆のミイラ。何の魔力も残されていない洞窟で、イリー=コロンの亡骸なきがらだけが残されていた。

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