魔女を継ぐ者 ①
「なんだ!?何事だ兄上!?」
「わからん、マリーさんの嫌気と呪いの気配…それと凄まじい魔力だ。シオン君のものじゃない。」
「マリーがカリフで魔術士と喧嘩?違う、カリフの者ではない。」
「え?なにかあったのですか?」
テグレクト兄弟はレイチドと話しをしている最中、屋敷に近づく敵意に近い魔力と嫌気を感じ取っていた。
「とにかく、玄関口だ!兄上急げ!」
「ああ、レイチドさん。話しの途中だがすまない、これは緊急事態かもしれない。」
テグレクト兄弟は屋敷の玄関へ走る。屋敷に向かって歩いてくるのはシオンとマリー。そして膨大な魔力を感じる麻袋だった。
◇ ◇ ◇
テグレクト邸にある鍛錬場。ロンズデーライトと魔導銀の混合物で作製されており、たとえ金色龍王がブレスを吐こうが、ガルーダが音速で体当たりしようが壊れない、屋敷で一番頑丈に作られた部屋。
その鍛錬場で、眠る少女が1人、真っ赤に光る魔力を押さえる呪縛樹と青白く輝く呪文を封じる呪縛樹、そしてマリーによる傾眠と意識消失の呪いでがんじがらめにされていた。
「なんだか凄く犯罪臭いが……よいのだろうか…。」
「兄上、シオンの話しを聞いていなかったのか?これでも危ないくらいじゃ。自称とはいえ、イリー=コロンを継ぐ者……。私達ですら太刀打ちできなかったマリーの幻術を、一部とはいえ看破してるのだ。目覚めたらどんな魔術が飛んでくるかわからぬ。そもそも話しを聞くに、藁人形に生命力を宿して身代わりにするなど、私達のホムンクルス召喚や錬成とは機序や概念が全く違う。まさに〝無〟から〝有〟を生み出す行為だ。もはや魔導師の域を超えている…いや自分で魔女といっていたか。策さえ誤らなかったら、今頃シオンもマリーも消し炭になってるはずだろう。」
シオンとマリーが初仕事として行った行商の護衛、そして帰還時にテグレクト邸に2人が持ってきたものは麻の袋に入れられた、黒髪と瞳を持つ少女だった。シオンは護衛の帰り際に起こった甲冑の兵士との戦闘、考えられないほど遠隔からの雷の魔導陣。
そしてイリー=コロンの終の棲家だったと思われる洞窟にいた少女がマリーを〝疫病神サイコシス〟として滅しようとしていた事についてテグレクト兄弟とレイチドに話した。
「皆さん!カリフの町の魔導師…特に王立の卒業生から聞き込みと、それらしい物を集めてきました。」
レイチドが聞き込みのレポートと、いくつかの切り抜きをもって鍛錬場へやってきた。イリー=コロンの名を継ぐ少女と聞いて、開拓村で傷心していたレイチドは一瞬で回復したかのように目を輝かせシオンから更に詳細を聞いて、早馬に乗り町へ掛けだし探索業をおこなってのけた。
「まず、王立魔術士校で生徒がカリフに行く切っ掛けからですが。魔術士校は召喚術師校と違って王宮への実習試験がかならずしも義務ではありません。独自の魔導を極めたいと思ったならば例えばカリフで屋敷や牢獄管理の魔導、魔導具の錬成、治癒の魔導などを王国が承認した指導者の下で実習試験を受けられます。
流石にカジノなどはダメみたいですが、ある程度の融通はきくそうです。もし彼女がイリーコロンの洞窟を見つける機会があったとしたら、この実習試験でカリフを選んだことが推測できます。
次に聞き込みです。これだけの魔力…、おそらく私達とそう年が違わないことから元々凄まじい能力をもって入学したか、飛び級で入ってイリー=コロンの住処を見つけて数年鍛錬したかのどちらかと思い聞き込みをしてみました。当たりだったわ。
9歳で魔導師学校に入学して10歳で退学をした黒髪と黒い瞳を持つという少女がいたという証言を5,6年前、現在は王立魔導師校卒業1,2年目の魔導師から伺えました。飛び級で入学した当初から成績も良くとても目立つ生徒だったので皆覚えていました。退学の理由は一切不明だったということです。名前はモリー=ウィーサ、おそらく私と同い年の15歳です。それとこれが……」
レイチドが取り出したのはカリフの地図。
「 彼女が実習試験に来ていた場所、魔物の退治・調伏機関です。つまり魔導師とあまり関わりの無い場所です。どちらかといえば私達…いえシオン君達のような召喚術師の仕事で、機関には一応指導者権限のある魔術士がいたため、ほぼ強引に実習試験に行ったと思われます。
その時の指導者さんは既に引退していてお話しは聞けませんでしたが、魔導師学校からの実習生なんて珍しい ということで専属の召喚術師の方が覚えておりました。彼女は本来30日の実習に10日ほどだけ顔を出してそれから来なくなったとのことです。この時期は退学した時期と合致します。
また当時から魔物どころかブリドーの山を初めとした神話の魔物や神の退治に興味が強かったそうです。」
「なんとまぁ、恐れを知らない子供だ……。」
フィリノーゲンは魔女改め、モリー=ウィーサを見つめる。
「レイチド、ありがとう。それにしてもこれだけ短時間ですごいね…。」
「とにかく9歳にして飛び級で王立に入れる素質の子供がなんらかの拍子にイリー=コロンの晩年の研究室を見つけて、そこに籠もって5年に渡る修業を積んだということか。確かに恐ろしい存在だ。」
レイチドの調査報告が終わり、皆が見守る中少女は目を開いた。
……瞬間魔力が暴発するように高まり炎とも雷ともつかない電撃と熱の塊が少女を中心に呪縛樹の周りに広がっていく。
「マリー!?術を解いたのか?」
『 … 違う 』
「なんだ!わたしの呪縛樹じゃぞ?これほど多重にかけた呪いを……」
「あああああああああああああ!!!!!放せええええええええええ!今すぐ殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」
「僕たち2人で魔力封じを強める。シオンさんとレイチドさんは1回離れて。マリーさんこれは?」
「ちょっとマリー!あんたの呪い!?冗談でもやめてよ!」
『 違う 』
「マリー絶対に変だよその子!え~と、ウィーサさんに何をしたの?」
『 私の力に 似ている 』
「マリーでなかったらなんじゃ?……たしかに呪いも嫌気もマリーから感じないが。なんなのだ!」
『 彼女は 恐らく 』
「なんじゃ、助けられる算段が?」
『 サイコシスに 取り憑かれている 』
◇ ◇ ◇
僕は目の前の出来事に混乱していた。マリーの銀髪を逆立てる様子はない、眠りと意識を失わせる術を既にかけ終えていたはずだった。本来マリーの合図がないと起きられないほどの強力な呪いだとこの1年で実感している。それをなんの合図もなしに目を開け、挙げ句にテグレクト兄弟2人がかりでやっと押さえきれるほど魔力を暴走させているのだ。僕は思わずマリーの背中に隠れてしまう、これほど凶悪な魔力はみたことがないほどだった。
「マリー!どうすればいい!?このままだと私達もろとも死ぬぞ!」
「完全に体の負荷を考えていない暴走だ、その前にこの子の体も持たない…」
『 このままだと 彼女が 壊れる 47秒 耐えて 』
「「わかった!」」
マリーはテグレクト兄弟が魔力の暴走を呪縛樹で押さえている間に、銀髪を逆立てる。主である僕でも見たことがない繊細なある意味安らぎを含む逆立ち方であった。
『 情動脱力 及び 抗不安陶酔処置 』
黒髪の少女、モリー=ウィーサの暴走した魔力が徐々に弱まり罵詈雑言を放つ口も呂律ろれつが回らなくなってきている。テグレクト兄弟の魔力を押さえる力も少しづつ弱まる。
『 … 完了 』
彼女は再び呪縛樹にしばられたまま眠りについた。
「ふぅ…あんな呪いと逆のこともできるのかマリー…いやある意味呪いか、感じるのが苦しみか安楽かの違いだ」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
アムちゃんにしては珍しく汗だくになっている。それほど凄まじい暴走だったのだろう。
「それで、この爆弾娘はどうするの?私と兄上の2人でこれだけ手間がかかるのを近衛兵に渡したところで町が滅びるだけ。…マリーこの爆弾娘にサイコシスという疫病神が取り憑いてるってのはどういうこと?」
「確かにマリーさんがいなければ僕たちが暴走に巻き込まれてたか、彼女の体が持たずに死んでいただろう。そもそもこの子はマリーさんを疫病神サイコシスだといって殺そうとしてたって話しだけど。」
『 … 恐らく だけど 彼女に憑依している。 』
僕たち4人は思わず眠る少女をみる。全員召喚術を学んでいる身であり、内2人はテグレクト一族という王国1,2を争う召喚術師である。それなのに少女からは魔物の気配がしない。かといって先ほどの暴走を考えると狂気の呪いが掛かっているか、マリーの言うとおり神レベルの怪物が憑依している。
「神の呪いが掛かっているのでなくて、神そのものが憑依しているのか!?そんな馬鹿な!」
中でも信じられないと言った口ぶりをみせたのは第48代テグレクト=ウィリアム、アムちゃんだ。アムちゃんで感知できないものを僕のような駆け出しが感知できるはずがない。
「魔物や神に憑依された者の解呪…我々一族にまわってくる専業のようなものだが憑依された相手と憑依している神があまりにも悪すぎる。下手を踏めば6人揃ってあの世行き、いやカリフの町にまで影響がでる…。」
フィリノーゲンさんが顔を青ざめながら話す。
「って、ねぇマリー相手が神ならこうして目の前で会話してるの不味くない?」
『 サイコシスは そこまでの知能を 持たない 』
「まるで見たこと有るかのようにいうのね。」
アムちゃんがすこし怪訝けげんそうな面持ちで言う。
『 無い でもわかる 耳はあるけど聞こえない 目はあるけど見えない 鼻はあるけど嗅げない 皮膚はあるけど感じない 口はあるけどしゃべれない それが サイコシス 姿までは 私も見えない 』
「それ、神としてどうなの…?」
『 混沌の塊 それだけ 私が狂気なら サイコシスは混沌 』
「いまいち違いがわからないわ…。」
「とにかく、僕や弟ですら感知できない神の解呪は無謀に近い。かといって弟の言葉を借りるならこの〝爆弾娘〟をどうしようか…。」
「あの…一般的な解呪ってどうするのですか?」
ぼくはフィリノーゲンさんに尋ねた。
「ん?ああ、神ほどのものは私も未経験だが希に魔物…特に怨霊の類に冒険者や一般人が憑依されることがある。まず解離をさせるのだが、それには感知できないとどうしようもないんだ。そして今サイコシスを感知できているのはマリーさんだけだ。解離をさせてそれから調伏なり退治なりをするのが基本だな。」
マリーはアムちゃんの手を不意に握りしめた。
『 あなたなら 耐えられるかも 』
「…? なにするのマリー?」
『サイコシスと ご対面』
「あなたを通じて?いいわ、やってやろうじゃない」
マリーと手を繋いだアムちゃん。
マリーが眠っている少女、モリー=ウィーサの頬に手を触れる。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
アムちゃんの悲鳴とも付かない声なきか細い絶叫が鍛錬場を木霊した!




