初めての〝お仕事〟 ①
冬の肌寒さも薄れて、屋敷の周りも冬育の草花から春の花へ変わり始めていた。本来なら仮に実習試験をクリアできていたら学園で最高学年の4期生になっていた頃だが、現在は休学しているので当然留年。
でも王立学園以上に厳しくも充実した修行を行わせてくれる僕の召喚術師の道への始まりでもあるテグレクト邸で修行をさせてもらっているため不満はない、いや夢のようだとさえ言える。
僕が現在の師匠であるテグレクト=フィリノーゲンさんからこんな提案をされたのは、修行を初めて4ヶ月半頃のことであった。
「お仕事…ですか?」
「ああ、シオン君もこの4ヶ月で大分召喚術や基礎体力を身につけた。折角だから駆け出し仕事でもして見るのも一つの経験であり修行だ。王立の学園では習わなかったかもしれないが、召喚術師の仕事は王宮で近衛や戦闘員になる以外にも結構多い。護衛から捜索者・探偵や魔物退治に式を使った雑務まで数をあげれば枚挙に暇がない。」
自分でお金を稼ぐ。たしかに僕にとっては未経験のことであったし、実家で農家の手伝いをしたことくらいしかない僕にとって町での仕事は探し方すらわからない。
「カリフの町に職業斡旋の専用機関がある。テグレクトの名前を出すか出さないかは任せるが、修行の一環と考えるなら自分の力のみでなにか仕事を探すことをオススメするよ。」
「はい、わかりました。自分の力でやってみます。マリー、今度はお仕事だって僕初めてだ。」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
『 楽しそう 』
マリーは僕の横で笑いながらそんなことを言った。
◇ ◇ ◇
カリフの町にある職業斡旋事務所で、氏名・年齢と召喚術師の見習いであることを説明。顔にしわを刻んだ老人は僕を舐めるように見定めていた。僕はこのような面接は王立学校の入学試験以来だったので緊張する。
「14歳か…、元王立学校3期生で今は放浪の修行中と。その年で3体も式がいるとは大した腕だ。」
怪訝そうな顔から老人は一気に笑顔になった。どうやら僕の査定は終わったようだ。
「内容には依頼仕事と専属仕事があるが、短期的な仕事を希望だったら個人や団体からの依頼仕事がいいだろう。そうだなぁ、今ある求人だと…プリーストンの式がいるんだったな?商人の護衛兼負傷時の看護業務だがどうだ?王都まで馬車での往復、3泊4日で銀貨18枚だ。」
「はい、お願いします。」
仕事内容と報酬の相場はよくわからないが、農村の手伝いでお小遣いをもらったり、学園で仕送りをしてもらった経験しかない僕にとっては大金だ。
「じゃあこれが紹介状、場所はカリフの商会宿…地図のここだ。魔導具をカリフで買いつけて王都で売る行商だが、ここに来る途中野党に襲われて専属の護衛が負傷中らしい。王都までの道は整備されたのは一本しかないからな、それだと片道5日はかかっちまう。それよか山を登って野党や魔物に襲われる覚悟でもまた獣道から王都に行きたいんだとよ。精々商魂たくましい馬鹿共を守ってやってくれ。」
「はい、ありがとうございます!」
〝魔物を式して罪なき人々を守る召喚術師〟僕の夢であり王立召喚術校へ入学した契機である。その夢が小さいながら叶うことに僕は心を踊らせた。それを察してかマリーからは横をかるく小突かれた。
……その夢がどれほど過酷で残酷な現実を併せ持っているかを知らないままに
◇ ◇ ◇
紹介された宿で出会ったのは左足を引きずって歩く、年の割に僕くらいの身長である青年商人だった。
「初めまして、ルボミー商会で行商をやっているネルボといいます。今回はよろしく。」
ネルボさんはそういって僕に握手を求めた、ぼくは差し伸べられた手を固く握った。
「実は僕もまだ駆け出しで、商会から厚い保険や手当をもらってる身分でなくて…。唯一雇えていた護衛も今回野党に襲われて負傷してしまうし、王都での売り上げのほとんどを野党に持って行かれて散々だったんだ。僕も矢で足をやられたけど、このまま休んでたら僕達が破綻しちゃうからねぇ。こんな安い賃金だけど御免ね。」
「いえ、というかネルボさんお一人ですか?」
「うん、他に相棒が一人と恋人がいるんだけど。今回は僕一人で王都に売りつけにいくんだ。護衛と他の2人は商会宿で休んでもらうことにした。一応商団のリーダーは僕だからね。それに九尾の狐事件にオーランタン騒動で魔導具が高く売れるんだ。商売人としてこの好機を逃す手はないよ。」
つい先日野党に襲われたとは思えない力強い声でネルボさんは言った。商人も命がけの仕事なのだなぁと関心してしまうほどだった。
「早速だけど買い付けは既に済んでるんだ、主に小型の金庫や鍵付き宝箱、警報器や護身用のスタンガン、癒しの冬育草などだね。売りに行く僕がいうのも変だけど王都も物騒になったね。治安が悪くなった証拠でちょっと王国の行く末が心配だよ。」
冬育草以外はどれもカリフの魔導師たちによる品で、荷馬車一杯に物騒な品々が詰まっていた。
「あと、一番の近道を駆け抜ける予定だからまた野党に狙われるかもしれない。そうなったら僕たちの商団は破産通告をしないといけなくなるんだ。どうかよろしくね。じゃあ、出発するよ。」
そういって僕とマリーとネルボさんを乗せた荷馬車は王都への最短距離となる、かろうじて荷馬車が走れる程度の獣道を走っていく。




