レイチド=キャンドネスト 探偵 ② ラスト
マリーが町の人達の呪いを解き、アムちゃんがバジリスクの息吹を解く。
「ん?何故私は剣を?申し訳ないお怪我は?」「ちょっと包丁窓から投げるなんて危ないじゃないの!」「すみません、なんだか急に怖くなって…今はなんともないです。」
町は当然半狂乱になっていた。マリーの呪い本人曰く〝先端堅忌避認知 及び 不安性侵入思考〟
かみ砕いて言うと超強力な尖端恐怖症の呪いらしい。それによって剣や包丁、タガーや針の類を極度に恐れ身につけられなくなるというのだ。
それもこれもレイチドが〝ひどく古い姿をしていながら良く手入れされたタガー〟を持った人を見つけたいと言ったことから始まった。ここまで大がかりになるとはレイチドも僕も予想外だったが…
そしてタガーを持っていたのは黒髪の何処にでも居そうな普通の青年だった。ぼくたちは一度テグレクト邸へ戻りスティグマという監視を行う魔物をアムちゃんが召喚しその男を映した。
「なんだったんだ?今の感覚、俺のタガーは…ああよかった無事だ。先祖の呪いかな?まだまだ未熟ってか?ははははは」
そう言ってタガーを拾い、町を散歩しだした。
「ふむ、正直あの男からなんの魔力も感じなかったし体つきも剣士や拳闘士のそれではない。至って普通の人間にしか見えないが…」
アムちゃんは男を見た感想をそのまま述べる。
「いや、ここまで私の想像通り。さっきの人言ってたでしょ?先祖の呪いって台詞。これをみてほしいの。」
そういってレイチドが僕たちに見せたのは、古帝国時代のボロボロになった【職業斡旋一覧】の1ページだった。
※ ※ ※
【シーフ】
野党として罪なき人々へ剣を向ける野蛮な者と違い、独自の考えと掟の元行動する盗賊。冒険者の一員となっていることも多い。物取りは勿論のこと手先の器用さに加え、身を隠す術や影で発展した一族の中には独自の魔法技術や万能の鍵とも言える技術を持つ者達もいる。古王国ではバレンタイン一族がシーフの身でありながら貴族として皇帝に仕えて、敵対する組織への密入・盗技を活かし貢献した。
※ ※ ※
「シーフの末裔?あの冴えない男がか?」
アムちゃんは驚きの声を上げる。
「そう、そしてシーフには魔術士の杖、剣士の剣と同じ…もしくはそれ以上にタガーを愛用する伝統があるの。ましてやあれだけ鮮やかな盗技、一代でできる技術じゃないきっと古帝国時代に滅びたバレンタイン一族並の盗賊と踏んだわけ。そしたら案の定見つかったわあんな冴えない男に似合わない装飾だらけの古いタガー、それもかなり手入れが行き届いたものをね。」
「そうか、それであんな大がかりな………ああ!!!???」
「どうしたのアムちゃん!?」
「スティグマが、刻印が外された。私の術をこんな簡単に!?馬鹿な…」
アムちゃんの驚きは周りの4人にも伝播する。第48代テグレクト=ウィリアムの付けた刻印、それを1刻もしない内に気がつかれ外されたのだ。
◇ ◇ ◇
黒髪の青年は、ほぅ っと安堵の溜息をつく
「なんだって監視の呪いがついたんだ?さっきのタガーの事といい…ちょっとカリフの町を舐めすぎたかな」
男は自らのアジト、何の変哲もない集合住宅の一室に入る前に癖となっているボディーチェックをした。すると背中から強い魔力を感じたのだ。それもよりによって監視の呪い盗賊としては一番やっかいな呪いの一つだ。おそらくかなり高度な術者が掛けたのだろうオーランタンの技術を駆使しても半刻も解呪に時間がかかってしまった。
「とりあえずカジノは終わったし、あとは…高利貸しの家か領主の館といったところだなぁ。」
〝草民の宝に手を出すべからず〟というオーランタン一族の掟に則り青年は計画を立てる。どこもかしこも近衛兵や捜索者であふれかえっているが、誰も彼をオーランタンと見破れなかった。なにしろ手ぶらの冴えない格好をしたどこにでも居そうな青年。捕まえられるはずがない。
青年は体の内に秘めた膨大な魔力を右手に宿す。すると顔の形にくりとられた大きな黄色いカボチャが現れた。中に入っているのは金銀宝石、カジノから拝借した半分はスラム街の痩せ細った家族や飢えて死にかけている老人や子供にカボチャに入れて配ったので少し減っている。
「おっと、魔力で探られても困る」
直ぐさま青年は再び魔力を体の内に潜める。王国最高峰の召喚術師アムちゃんですら見破れなかった魔力の隠蔽技術だ。青年は長考し計画を練り夜を待つ。あまり長い滞在は禁物である。次の仕事を最後にこの町を出よう。そう決めていた。
◇ ◇ ◇
カリフの町をまとめる貴族の屋敷。近衛兵が列を成し交代で見回りをする最中、髪の毛ほどの細い線が猛スピードで屋敷に入っていく、誰もその姿を捉えられずいつ来るか判らぬ盗賊を近衛兵は見張っていた。
黒い線は一直線に宝物庫へ、屋敷の地図は既に頭の中に入っている。壁や天井を伝い、屈強な番兵がいる宝物庫には鍵すら開けず隙間から蚯蚓の様に侵入した。
中は光りもない暗闇だが問題ない、例え星の明かりすらない森の中でも自在に動けるオーランタンにとって隙間の明かりが眩しいほどだ。
(金庫か、流石にでっけぇな)
そして宝物庫には聖銀製で多重に施錠と警報の魔法が掛けられている。スティンガーの連射でも壊れないだろうし、魔法使いが解鍵しようとしたらまず警報が鳴るだろう。
黒い髪の毛の様な細い姿は徐々に人の姿を成していき、銀のマスクに腰には古びているが良く手入れされたタガー、そして爪のような手袋でありながら指以上に繊細な工作ができるバグナグが装着されている。
姿を現したオーランタンは、音もなく金庫に近づく。まずはバグナグで物理的な鍵を瞬く間に解除しつつ独自の局地的消音魔法と念波遮断の魔法をかける。これで警報は意味を成さない、次に5層にわたってかけられている魔法陣による鍵。バグナグで魔方陣をクルクルとパズルのように回しあっという間に解除してみせた。
(あっけないねぇ)
そう心で思い金庫を空けた瞬間だった。
「ようこそ我が屋敷へ。オーランタン様。」
突如明かりが付いた。そこにいるのは領主である貴族、少年と少女、顔をベールで覆った銀髪の女、そして噂に名高いテグレクト兄弟だった。
「本当にレイチドの言うとおりになった…すごいや。」シオンは素直に横にいる少女を称える
「あんたが私のスティグマを解除したのね、そんな膨大な魔力を隠せる魔導師がいるなんて聞いたこと無かったわ、いやあなたはシーフだっけ?」
「見張りを分ける事もしないで一点張りとは恐れ入ったよレイチドさん、2,3日泊まり込みも考えてたんだが今日で良かった運もよかったよ」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
「…下手を踏んだなぁ、誰だい?流石にテグレクト兄弟が居る前で逃げるなんて愚策はしないからおしえてくれよ」
「話しに来てくれたのはテグレクト様ですが、あなたがここに来るとおっしゃったのはこちらの少女、レイチド様です。」領主はそう言って緑髪の少女を見る。
「…こんなガキに踊らされたかぁ先祖には死んで詫びないとな、どうしてわかったんだい?」
オーランタンは銀のマスクとバグナグを外し青年の姿を現してレイチドに尋ねた。
「あなたの本、ベストセラーになってるのは知ってるわよね?勿論物語だから色々脚色されてるけど一個だけ共通点があったの、あなた町を出る最後に一番難易度の高い仕事をすることとかね」
「あちゃぁ、まあ一族の掟というか悪しき風習だねぇ」
「それで今回の町の刃物投げ騒動、それで番兵も増えてこれ以上カリフの町で仕事をするのはデメリットしかない、かといってこのまま立ち去るとも思えなかった。なにしろカリフではカジノ1件しか泥棒してないんだからね。最低でも2、3件は盗賊として活動するはずよ。それに護衛が増えるほど、やる気を燃やすのもシーフの悪い癖。絶対もう一件仕掛けると思ったわ。だとしたら町外れの高利貸しの屋敷かこの領主の屋敷。」
「もし俺が高利貸しの屋敷に行ってたらどうするつもりだったんだい?一応候補だったんだぞ」
「来たんだからいいじゃない。まぁあえて言うならスティグマを張られたのは覚えてるわよね?あれ実は近衛魔術士じゃなくて横にいるテグレクト=ウィリアムがやったの。あなたはそれをこの屋敷の人間がやったと思い込んだとしたら意趣替えしにここにくるって思ったわけ。ビンゴだったわ」
「……無意識だったんだがなぁ。そこまで読まれたか。急に俺がタガーを捨てたくなったのはそこの銀髪の姉チャンだろ?」
「そうだけどなんで?」
「あんたが自慢げに俺の種明かしをしてるのが気にくわなくてさ、実はシーフにも〝人を見る目〟があるんぜ?牢獄に行く前に披露してやるよ、とくとご覧あれぇ」
そういってオーランタンは6人を見渡しながら小考する。
「そこの少年は召喚術師、銀髪の女がその式。レイチドさんは…召喚術師を挫折した身だな手傷やなんの痕跡も無いところをみると仕事してないな? 俺が宝物庫に入って姿も気配も確認できなかったのは式である銀髪の姉ちゃんの力……
……テグレクト兄弟は既に呪縛樹を召喚して床に眠らせていて脱出は絶望的 銀髪の姉チャンの能力は禍々しさから…多分狂気を操るもの そして俺様が自慢の盗技で姉ちゃんの宝樹の髪飾りを盗もうものなら俺は即座に発狂して悶え苦しみながら死ぬ。 どうだ?合ってるか?」
「「 … 」」
全員無言になる。大当たりも良いところだったためだ。
「じゃ、俺の自慢終了。牢獄は地下かい?領主さん、案内してくれこれでも力は弱いんだ優しく案内してくれよ!じゃあなレイチドちゃん!」
そういってオーランタンは御用となった。
◇ ◇ ◇
オーランタン逮捕のあと、牢獄にオーランタンを呪縛樹で縛りテグレクト邸に帰還した。領主からは大いに感謝され宴も開かれた。
「うわぁ、これ全部レイチドと僕たちに?」
「まぁ私達は宝なんてもらってもしかたないんだけどねぇ」
「気持ちの品だありがたく受け取ろう」
オーランタン逮捕のニュースはカリフだけでなく王国中を巡った、そして捜査に大きく貢献したレイチドの名前も
「こんなにもらっちゃって…いいのかな」
特に大きな宝箱一杯の財宝をもらったレイチドは困惑しながら周りを見渡す。僕から見ても今回の一番の功績者はレイチドなんだからいいと思うのだが。
「うむ、今回の件でレイチドを見直したぞ!召喚術は教えられないが、探索者として力をつける稽古ならテグレクト邸で行っても良い。非力では捜索者や冒険者は勤まらないからな。」
アムちゃんはそんな提案をする。
「え?いいんですか?」
「うむ、いつまでもメイドまがいの事をさせているのもどうかと思っていたんだ。基礎訓練だけでも参加すれば大分違う、シオンと共に訓練に励むと良い。…ということで兄上あとは頼んだ。」
「え?ああ、シオン君レイチドさんは弟弟子だ。修行内容は二人とも異なるが明日からの稽古を共にしてもらおう」
「はい!ありがとうございます。」
そうして僕以外に学園からテグレクト邸の弟子ができた。
◇ ◇ ◇
キャアアキャキャキャキュキャキャアアキャキャキャキュキャキャアアキャキャキャキュキャ
カリフの町を管理する領主の屋敷にある地下牢。鋼鉄と魔法銀の檻に窓一つ無い岩壁、領主管轄の魔術士が粋を込めて作り上げた魔力封じの呪い。そんな地下牢にけたたましい笑い声が響き渡った。
「なんだ!!?何事だ?」「9番囚舎からだ!急げ」
笑い声のする方向へ一直線に走った先で看守達が見たものは、呪縛樹に縛られた大きな魔物顔のカボチャと金貨が一枚入れられた同じく魔物の顔の形に切り抜かれた小さな黄色いカボチャだけだった。




