燻り狂う火種 ②
人を陶酔させるもっとも根源的なもの……それは、おそらく火であろう。
燻り昂る炎は人々が幾代もかけて造り上げた儚い宮殿など、枯れた木材も同然と嘲笑う様、事もなげに呑み込み、太鼓の音を連ねるが如く大いなる音を上げて、崩壊させていく。
故郷を失う悲しみも、肉親を失う悲しみも、全てすべて炎の美しさに溶けていく。燦然と煌めく宮殿は単体でも心奪われるほど美しいものであるが、炎を纏い凋落する様は気がおかしくなるのではないかと思うほど、より、一層……
その感情が悪魔の戯弄であり、冒涜や悖戻と解っていても、指輪を抱いた少女は、凋落の美にただただ陶酔していた。
――っと、またあの夢か。
少女は何度この夢を見たくないと願っただろう。しかし、口元には笑みが浮かび、再び目を閉じる。今眠りに落ちれば、また同じ夢が見られるのではないかという期待を込めて。何百年経っても整理できない、操作できない自分の感情。その目尻には微かに涙が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
「そもそもテロリストなど、理屈の通じる相手ではない。かといって感情だけで行動しているわけでもない。思考・思想の基盤が根底から異なっているのだ、王宮は〝第一王子暗殺未遂〟の犯人確保に躍起となっておる。しかしだ、歯がゆいが、一匹の悪魚を滅ぼすため澄んだ泉を干上がらせる様な真似に我々は加担出来ん!!」
テグレクト邸の大広間。主に鍛錬後の休息やお茶会で用いられる場所。そこでアムちゃんは苦虫を嚙み潰したような顔で言い切った。
第一王子……次期国王候補の殺害未遂という大事件は王国中を叫喚させ、世間はどこかでまた大規模な、それこそ国民が巻き込まれる大事件に発展するのはないかと恐恐としている。
そのため街は警邏隊の巡回も多くなり、爆発物に目を光らせ、誰彼々も疑心暗鬼だ。
当然治安は悪化し、全人民総監視状態。……もし〝第一王子暗殺〟の犯人が狙った結果が【今】だとすれば大成功と言える。
アムちゃんはじめ、テグレクト邸の面々は王子の暗殺を阻止し、僕とマリーは第一王子が騎乗する飛竜の情報を漏洩させた男……元王宮情報部の上層にいたスパイを、第一級王立罪人収容所収監へ移送する手伝いを行い、捜査にも協力した。
だが、【本当の黒幕を炙り出す】という王宮からの依頼はアムちゃんがキッパリと断った。【魚が泉を泳ぐように、不穏分子は臣民の泉を歩む】……なんて格言があるように、古今東西、国家が少数である【公共の敵】を滅ぼそうと躍起になれば、幾多の無辜の民が犠牲となる。
そんな未来を【必要な犠牲】【統計上の数字】と割り切るか、〝英雄の末裔〟として、アムちゃんやフィリノーゲンさんは散々に悩んでいた。まして、〝オリハルオン〟という自身の先祖が討ち取ったはずの血脈の名が出れば尚更だろう。
しかし、自分たちが動いては大ごととなり、下手をすれば相手の思うつぼであると判断し、まずは治安維持に努めるよう宮殿へ助言を行い、動向を静観する決断をした。
「わたしも同じ結論だ。何よりも情報が少なすぎる。……いや、この場合不可解な情報が多すぎるという言う方が正しいだろうか。マリーさんと同等の精神異常……〝忘却〟という能力を扱う相手と事を構え、こちらは後手に回るなど、金色竜王と素手で戦う方がまだ勝機があるというものだ。」
「……この会話とて、幾度も繰り返したものでない事を祈るのみだな。実は一度挑んでいて、既に忘れた過去となっていた――なんて可能性もゼロではないのだから。」
アムちゃんとフィリノーゲンさんは、不安げな目線でマリーを見つめる。自分たちが話した最悪の想定が現実となっていないか、確認をしたいのだろう。マリーはその可能性は無いと、ゆっくり首を横に振った。
「現在、警邏隊の詰め所前の樹木に爆発物を仕掛けた便乗犯が1名、殺害予告を送った愉快犯が4名、馬車の中で〝自分は爆弾をもっている〟と宣言したバカが1名逮捕されております。いずれも革命家集団に属していた経歴はないとのことですが……。今回の事件を契機に、その確認作業も見直しが行われるでしょう。」
レイチドは調査した内容を口にし、相手の悪辣さに、改めて顔をしかめる。……今回の事件で相手は〝自分は他人の記憶を抹消させる能力がある〟事を宣言してきたのだ。どんな魔法をかけようと、どれだけ拷問に掛けようと、知らない事を自白なんて出来ない。無関係であると自身が言おうと、記録が残っていまいと、【忘れらて】しまえばそれまでだ。
「150年も眠っていた亡霊が今更に……。兄上、王宮からの依頼は断ったが、これは【我々の仕事】じゃ。曽祖父が討ち損じた何者かが、愛すべき王国に害をなしている。他の誰にも渡せぬ仕事であろう。」
アムちゃんはその少女の様な童顔と鈴を転がすような声に似合わぬ、憎悪と決意に満ちた啖呵を切った。だが、その表情はすぐに沈む。
「とはいえ、我々だけでは……」
うふふふふふふふふふふふふ
そんなアムちゃんをみて皆一様に沈む中、マリーが可憐で不気味な笑い声をあげる。
『 あまりに杜撰 女々しく 未練がましい話 』
一同がマリーを見つめる中、マリーは再び言葉を紡ぐ。
『 忘れて欲しいのか 思い出してほしいのか はっきりさせればいい 』