天狗の詫び証文 ①
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古帝国中期の時代、帝都と神殿ファルブルスを繋ぐ道中、その老松の付近で奇々怪々な事件が頻発した。
あるときは神殿へ向かう200の神官の荷物全てが神隠しに遭い、あるときは老松の木陰で眠っていた老商人が急に少年の姿へ変わり、あるときは帝都から神殿へ生贄を運ぶ一団に一陣の風が吹いたかと思えば、生贄は木の葉をあしらった人形へ変わっていた。
帝都も討伐隊を幾度と向かわせたが、誰一人姿すら確認できず、ほとほと困り果てた。そして当時帝国随一と言われていた錬金術師へ祈祷を依頼した。その錬金術師は七日七晩に及ぶ祈祷を行い、膨大な力を持つ魔物を老松の木から叩き落とすことに成功する。
その魔物は長衣に帯を締め、鼻の高い赤ら顔で、一本歯の高下駄を履き、羽団扇を持つこれまた奇っ怪な魔物であった。錬金術師はその魔物の鼻を捻り上げ「もう悪さをするな!」と叱り上げた。すると突如老松が風もなく倒れ、魔物は霧の如く消えてしまった。そして巻物に出来るだけの長い紙がひらりと舞った。
錬金術師はその証文と共に帝王へ事の報告へ向かうも、その証文は既存のどの文字とも違い、高度な算術師・暗号解読者を幾つも抱えていた帝都ですら解読不可能な文字であった。そのうち帝都とファルブルスを結ぶ道中では事件は起こらなくなり、「おそらくは魔物の置いていった詫び証文であろう。」と片づけられ、帝都宮殿に保管されることとなった。
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「と、まぁそれがこの文章……証文というか、そのあらましだ。古帝国時代の金庫が見つかってな、こじ開けてみたらこいつが入っていた。」
召喚術師の館テグレクト邸。その中庭に机を置き、胡座で坐るのは竜王以上の巨躯を持ち、頭には金色の羊の様な巻角を生やし、手足は熊や猛禽類を思わせる鋭さと豪胆さを持ち合わせた、最高位に近しい悪魔。別名【帝国の悪魔】。……その悪魔がテグレクト邸へ〝依頼〟にやってきた。
対応するはテグレクト邸の主テグレクト=ウィリアム・ジュニア。周りには兄フィリノーゲンにレイトド・ウィーサ・マリー・シオンといつもの面々が揃っている。
「お主が飛んできたときは肝を冷やしたわ……。そのバカみたいに強力な魔力を少しは隠せ!当館が対応出来たからいいものの、カリフは右往左往の大惨事じゃ。」
「ふん、何故我が輩が人間に媚びねばならん。」
「……で?悪魔が依頼に来るなど、テグレクト一族1000年の歴史でも稀じゃ。この暗号かどうかも怪しい証文がどうしたというのだ?」
「いやな、我が輩の部下にも優秀な算術師何体もいるのだが、この証文ばかりはまるで手が付けられないと言っていた。それにお前らならば感じるであろう?この証文に宿る奇っ怪な力が。」
テグレクト邸の皆は苦い顔で証文を見る。感じるのは魔力とも違う、妖の気配であった。
「あらましの文章を見るに、その魔物とは〝天狗〟じゃな。しかし烏天狗や武者天狗の様な下級魔物ではない。九尾の狐に匹敵する神に近しい魔物の気配だ。」
「だろう?そこで地下牢に幽閉している九尾にも尋ねたが、あの女と来たら〝あはは、あやつもこの世界へ来ていたか〟と高笑いをし始めた。」
「ならば九尾あやつに読ませれば良いではないか。何故わざわざこの館へ?」
「ヤツも読めぬと言っていた。知っている居るどの文字とも違うと。……そこでこの証文についてを調査してほしい。流石に我が輩の部下……魔物が調査に向かえば色々問題がある。」
「調査と言ったって……。古帝国中期であろう?既に2500年は経っておる。ファルブルスの神殿だって今は無人の荒野じゃ。」
「なぁに、天狗がいるではないか!我が輩の部下に天狗はおらぬ、しかし魔物としてこの地に跋扈しているということは、親玉がまだいるということだ。そいつを見つけてしまえば簡単だ。」
悪魔はよほどこの証文を解明したいのだろう、助け船をだした。武神 アスラが眷属の阿修羅 然り、九尾の狐が眷属三尾の狐 然り、帝国の悪魔は他の悪魔や神に忠誠を誓っている魔物を配下にできない。
天狗に関してもその例に漏れず、いくら討伐しても逃げるだけで配下には加わらなかった。悪魔からしてみれば、長年の疑問だったが、謎が解けた形だ。
「……そっちの線で探せと?」
「そういう事だ。相応の収入はくれてやる。」
「それで?見つけた後はどうするつもりじゃ?」
「決まっている……。」
悪魔は不敵に笑いながら答えた。
「3000年以上を生きた天狗の親玉…その妖と我が輩どちらが強いのか、力比べをしたい!」
〝そんなことだろうと思った…。〟誰もがそう思い、悪魔はそのまま一陣の風と共に去っていった。




