90話 お礼は何がいい?
「大儀であった。大臣の命を救ってくれた皆の者に感謝を。褒美をとらせよう」
神樹の根本、木々に囲まれ妖精が謡い踊る神秘的な宮殿。さくら達はそこでエルフの女王に謁見していた。
辞退して道作りに専念している勇者と竜崎を除き、大臣を守っていたエルフ兵達は勲章を授与されている。因みにあの副隊長は勇者達と共に最初に駆けつけた兵として特別な褒章を賜っていた。
寿命を操る秘術の使い手なのだろうか、若々しい姿なれども老練の威厳をもった女王は続いてさくら達に向き直る。
「さて、学園の生徒達よ。我らの同胞を守ってくれたこと、心からの礼をさせていただきたい。汝らへの褒美は何が良い?」
さくら達は揃って顔を見合わせる。言葉こそ交わさなかったが、内心は一致していた。
「ほんとに良いのか?」
「はい!」
元気いっぱいに返事をするネリー。女王は少し困惑気味である。
「お礼に神樹の実とは…欲が無いことだ。いや、食欲があるのか…。ゴホン、失礼した。確かにそのまま食べるのは美味いが…腕の良い料理人に菓子にしてもらうこともできるぞ?」
「いえ!是非採れたてを!」
ずいいっと進み出る彼女を見て、女王は愛いやつだ、と目尻を下げる。
「わかった。用意させよう」
豪奢なテーブルの上には、これまた豪華な大きい杯。そこに山のように積み上げられた神樹の実は白き肌に光を受け、誘うように輝いている。
「わ、私もご一緒して良かったんでしょうか…」
女王から副隊長も同席する許可を貰い、机を囲むのは5人。いざ、実食。せーので被りついた。
「~~~っ!!お、美味しい!!一口で寿命が伸びてるって感じがする!」
「うん…!さっき食べたのもすごく美味しかったけど、段違い!」
「頬が落ちそう…!」
恍惚の表情を浮かべるネリー達。モカに至っては尻尾をブンブン振っている。
さくらも衝撃を受けていた。一口齧るだけで溢れる果汁は虹の様な色とりどりのハーモニーを奏で、その果肉は魔力がたっぷり詰まっているのだろう、噛むたびに全身に生命力が溢れてくる。熟れた林檎や柿を食べると医者要らずと言われるが、この実は死にかけの人すら元気にしそうなほど。正直、元の世界で飲んでいたエナジードリンクと比べ物にならないぐらいに元気が湧いてきた。
「やっぱり美味しいです~。この実って寿命を超越した長老方も愛食しているんですよ」
副隊長は顔を溶かしながらそう説明してくれる。ネリーが「寿命が延びてる気がする」と言ったが、案外当たっているようだ。
「あれ、ネリーもう食べないの?」
モカが指摘した通り、ネリーの手が止まっていた。いつもの様子だとヒョイパクヒョイパクと手を止めないはずなのに。彼女は何かを決心したのか、皮を剝いてくれていた料理人を呼ぶ。
「あの…1つお願いがあるんですけど」
「魔獣、あれ以降出てこないね」
「さっきから警戒しているけど、他の場所には兎一匹すらいないな」
―突然の魔獣暴走か。以前の「正体不明の魔術士」が思い浮かぶな。あれ以降結局何も足取りが掴めずじまいだが―
道作りも終了直前、そんなことを話し合う勇者と竜崎達。彼らの元にネリー達が戻ってきた。
「勇者様!さっきは助けてくださってありがとうございます!これ、勇者様に差し上げます!」
竜から降りて一目散にかけてきたネリーが差し出したのは、袋に詰められた神樹の実。同じく貰ってきた果物ナイフで内一つを拙いながらも皮を剥き、勇者に手渡す。
「ん。甘くて美味しい。ありがとう、ネリー」
勇者に頭を撫でられ、ネリーはエルフの女王に褒められた際より顔を綻ばせた。
―私達の分はないのか?―
ぶつくさ言うニアロンを諫める竜崎。そんな彼らにさくらが袋を見せる。
「もちろんありますよ!」
さくらに剥いた実を竜崎とニアロンはありがたく受け取った。
―やはり美味いな。酒が欲しくなる―
「ありがとねさくらさん、私達の分まで。やっぱ最高だなこれは、疲れた身体に染み入る」
ようやく道を作り終えた一行はアリシャバージルに帰るため転移魔法陣へ。勇者も見送りに来てくれた。
「キヨト、これ」
勇者は神具の剣を竜崎に渡す。
「別に持っていてもいいのに…」
「形見代わり、盗られたら困るから。あと、これを渡しておけば会いに行く口実ができる」
「そんなことしなくてもいつでも来ていいっての。この前ソフィアが寂しがってたよ。一緒に呑みたいって」
「わかった。今度行く」
「またね、皆」
手を振る彼女に別れを告げ、さくら達は光に包まれた。
空の上、雲の下。薄汚れたローブを着た人物が補整された道を見下ろしていた。
「折角の隠れ家が一瞬で…忌々しい…。実験結果が全て塵となってしまった。隠蔽魔術ごと消し飛ばすとは、あの勇者め…!」
謎の人物は怒り心頭、強く歯ぎしりをする。
「―!!」
瞬間、殺気を感じ、自身の周囲に多重の障壁を張る。
ボッ!
一瞬で全てが砕かれ、雲に大穴が空く。避けていなければ間違いなく体に風穴が空いていただろう。
「勇者ぁ…!」
目の前に居たのは、全身に魔術紋を浮かべ拳を構えるアリシャだった。
「誰?顔が見えない」
「良くもぬけぬけと…チッ、分が悪すぎる。魔界に帰るか…!」
彼が懐を漁るのを見逃さず、勇者は再度攻撃を仕掛ける。
だが、タッチの差でローブの魔術士は転移し、消え去った。
「逃げちゃった…」
彼女はそれ以上気にすることなく、ネリーから貰った袋を大事そうに抱えふわりと地上に降りていった。




