88話 神樹の実、収穫手伝い
「あれ、もう来たんですか?」
「あぁ。普段より実の出来が早いらしくてな。学園の生徒かつリュウザキ様のお弟子達だ、体験させてくれるだろ」
そんな会話を交わす副隊長達に食い気味で割り込む子が。
「行きたいです!!」
当然、ネリーである。先程「神樹の実はもぎたてが美味しい」と聞いてからずっと気になっていたらしい。食べられると決まったわけではないのに、既に彼女は味を想像して妄想の中。
竜崎への報告は隊長が引き受けてくれたため、一行は副隊長の操縦の元、神樹へ。
「皆さん運がいいですね。少し前に採ったばかりだったんですよ」
「副隊長さんも収穫をお手伝いしたことがあるんですか?」
「はい。なにせ高高度に生える果実なため、余程の竜操縦技術をもつ人を中心に声をかけられるんです。もし落ちたら大変ですからね」
その一言で、さくらはここに来たばかりの際、木の上を見上げたことを思い出す。あそこに実がなっているとするならば採りに行くのも一苦労だろう。
「そういえば、あんな高いところの実とかって落ちたら下は大事故起きるんじゃ…」
「それは大丈夫です!葉や実が勝手に落ちることはないんです。その分定期的な剪定が必要ですが。神樹の素材って捨てる所がなく、葉は回復薬、解毒薬、塗り薬、身体強化薬などなど、様々な薬の材料になって、効果も最高品質です。枝は杖になり、実の方はただでさえ美味しい上に果実酒にするとどんな人でも夢心地になるほどとろけちゃうんです。すんごく希少なんで私みたいな一般の人じゃ滅多に飲めないんですけどね」
神樹の管理所に行き、体験の旨を申し出ると、快く許可を出してくれた。
「えぇ、構いませんよ。人手は多いほうが良いですから。ではこちらの服に着替えてくださいね」
渡された服を着てみると、かなり薄手の専用装束。スリットも大きく入っており、なんかちょっと恥ずかしい。他の参加者達も着ているが、エルフの人達は軒並み美人かつスタイルが良いので扇情的な見た目になっている。そんな服を着ている人が集まっているこの状況はまるでいかがわしいお店のようだ。彼女達は慣れたもののようで一切気にしていないが。
ここでも護衛役を買って出てくれた副隊長。彼女が操る竜に乗り、飛び上がる。
「皆さん、手持ちの武器はこの箱に入れてくださいね。落とすと危険ですから」
副隊長は竜の背に厳重に括り付けられた箱を指さす。言われた通りさくら達は武器を全て預けた。
竜は高度を上げていく。いつの間にか転移してきた部屋を越えていた。少しずつ寒くなっているはずだが、それを感じない。この服の効果なのだろうか。おかげで4人は他愛の無い話をするほどの余裕があった。それはいつしか、もし落下したらの話に。
「もし落ちたら私少し飛べるもん!」
ネリーは翼をぴょこぴょこと動かしアピールをする。
「ゆっくり落ちていくだけでしょ。メスト先輩みたいに浮けるわけじゃないじゃん」
手厳しいモカの一言。ネリーは言い返す。
「それでも浮遊魔術代わりには!怖くないもんね!」
「…ちょっと怖い…」
さっきの威勢はどこへやら。ネリーは少しへっぴり腰。
それも仕方ない、さくら達が到着したのは雲と同じ高さの枝。そこを裸足で歩いているのだ。枝は太く、命綱は当然あるが、下界の様子は全く見えない。落ちたら間違いなく即死、それが恐怖を誘う。
副隊長から渡された専用の鋏を手に括り付け、いざ果物狩り。
「すごい…輝いて見える…!」
「雪みたいで綺麗…」
まるで自分で光っているように、キラキラと眩しい純白の実。まるで美味しいものは見た目も美しいと主張しているようだ。
そんな宝石のような実を一つ一つ丁寧に切り取り、籠に入れ竜を操る副隊長に渡していく。いくら初めての体験とはいえ、3人がかり。持ってきた籠はすぐに溜まり、それを置きに行くため竜は引き返していく。
その間、ネリー達は動かないように指示を受けたのだが…。
「ねぇ…食べちゃダメかな」
欲望に負けたネリーは皆の返答を聞かず立ち上がり、近くの実をもぎ取る。
「食べようにも皮を剥くもの何もないよ?」
「あれ、モカがナイフ持ってたんじゃ…あっそっか。預けてたんだ」
だが諦めきれないネリー。実をじっと見つめる。
「皮ごと食べられないかな…」
確かにここまで綺麗だと、皮も美味しそうだが…。
と、そこに突風が吹きつける。
「きゃっ!」
「わっ!」
「くっ!」
思わず目を瞑り、近場にしがみつく。だがネリーだけ、果実を持っていたため掴まれなかった。
「わっ!ちょっ!まっ!」
バランスを崩したネリーはその場でふらつく。そして―
「ひゃああああああ!!」
落ちた。
幸い命綱があったおかげで落下はしなかったが、綱が片足に見事に絡まり、バンジージャンプのようにひっくり返った状態で宙ぶらりん。片手で神樹の実を持ち、もう片方の手で服がずり落ちないように必死で押さえていた。
「た、助けてぇ!」
「もう…暴れないでよー?」
ネリーを引き上げようとロープを掴む3人。力を入れようとするも…。
「きゃっ!」
今度はアイナが反動で態勢を崩してしまう。そして、ズルっと足を滑らせてしまった。
「きゃあああああ!」
可哀そうに、アイナもまたネリーと同じようにコウモリのような逆さまスタイルとなってしまった。
「大丈夫ですか皆さん!」
ようやく戻ってきた副隊長。少し目を離しただけで4人中2人が落下しかけている惨状に驚きを隠せないないまま救助に移る。
とはいえ風が強くなっており、上手く近づけない。悪戦苦闘をしている中、彼女は呟く。
「ここまで飛んできてくれれば…」
それを聞いたネリーは、策を巡らした。
「さくらちゃん、モカ、合図をしたら私とアイナのロープを切って!」
「「えっ!?」」
「私がアイナを助ける!」
ぐいんと勢いをつけ、ネリーは同じくぶら下がるアイナへ肉薄。その体をがっちり押さえる。
「今、切って!」
パチンと縄が切られ、2人は重力に従い真っ逆さま。
「えええい!」
ネリーは小さな翼を必死に羽ばたく。落下の勢いは緩やかになり、副隊長の竜がその下につける時間を稼げた。
ビュウウ!
更に風が吹く。
運の悪いことにアイナから垂れる綱が大きくしなり、竜の顔、それも目をしたたかに打った。
「ギャアアアウ!」
「きゃっ!落ち着いて!」
悶える竜は身をよじる。その勢いでさくら達が乗る枝にぶつかり、グワングワンと揺れてしまった。
「わっ!?」
今度はモカがバランスを崩し、落下する。
「危ない!」
慌ててさくらは手を伸ばし、なんとかモカを掴む。しかし上手く引き上げることができない。
運の悪いことに今の衝撃で命綱が解けたらしく、縄がバラバラと落ち、彼女の足先から垂れ下がった。今二人を支えているのはさくら自身の手だけである。
このままではジリ貧。手も滑り始めた。
「こうなったら…!」
さくらは自らの縄を切る。そして、モカを掴んだまま空中に身を投げ出した。
「さくらちゃん!?何を!?」
「浮遊魔術!」
この間学んだ魔術を詠唱、さくらの体はふわりと浮き、それに繋がるモカの体もしっかりと浮いた。
「くぅうううう!」
魔力も集中力も大きく削られるが、なんとか間に合いそうだ。あとはこのまま近くの幹に…
「もう駄目…体力が保たない…」
ハッと見ると、ネリーの羽ばたきが弱くなっている。高度の下がり様も徐々に大きくなっているのが見てとれた。
ようやく竜を諌めた副隊長は急いでネリーの元に向かう。しかし…。
「限界…」
ガクンと落ちていくネリーとアイナ。間に合わない!
そんな時だった。
風を切る音と共に、何かが現れる。そして、ネリーとアイナを掴んだ。
「えっ!? た、助かったの…?」
誰かの腕に抱かれたことに気づいた2人は見回す。そして、その正体に気づいた。
「ゆ、勇者様!?」
「ネリー、アイナ、危なかったね」
そう、国の外で道づくりをしていた彼女が駆け付けたのだ。
ホッと安堵するさくら。そこで気が抜けたのがいけなかった。魔術が解けてしまう。
「きゃああ! …あれ?」
落ちたのは一瞬。すぐに誰かに支えられたのだ。
―な?浮遊魔術教えておいて正解だったろ?―
「あぁ。ニアロンの言う通りだったな」
「え!? 竜崎さん!?」
全員を安全な場所に移し、竜崎は説明してくれた。
「アリシャが皆の異常に気づいてね、急いで飛んできたんだ」
二人がいた場所からここまではかなりの距離があるはず。一体どうやって…。いやそれよりも、そんな距離があるはずなのに異常に気づくとは。勇者の化け物じみた力を垣間見たさくら達だった。




