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86話 エルフの国で逸話の再現

「ご足労感謝いたします、勇者様、術士様」


次にさくらが目に捉えたのはエルフの担当魔術士が自分達を迎えている図だった。転移は成功したらしい。


話は聞いていたとはいえ、突然目の前の景色が一変したことを受け入れきれず挙動不審なまでにキョロキョロするネリー達。自分も前回はあんな感じだったのかなとさくらは思い返す。


「そちらの方々は?」

恭しく聞く魔術士に竜崎は説明をする。


「社会見学として連れてきました」


「左様でございましたか。ではこちらへ。足元にご注意くださいませ」


足元に?段差でもあるのだろうか、さくら達が訝しみながら案内された扉をくぐると…


「へ?」

「わ」

「え!?」

「嘘…!」


「「「「なにここ!」」」」


眼前に広がるは突き抜けるほどの青い空、そして、地面がない。風が吹きつけ、人為的に作られた足場が揺れる。


そう、ここは空中。正確にいえば、突き出た展望台のような場所にさくら達はいた。


思わず後退るさくら。ドンと背中に壁が当たり、思わず振り返る。


「!?」

石や煉瓦でできた壁ではない。木の壁である。いや、人が加工して作られたものではなく、生命が息づいていることがわかる「生きた」樹の壁。反射的に上を見ると、遠い空の上でそよそよと葉が揺れていた。


つまり、先程転移してきた場所は木の中だったということ。それにしてもこんな大きな樹木は見たことがない。木ですらどうか怪しい。


「驚いたかい?ここはエルフの中心にある大樹『神樹ユグドル』の中腹部だよ。下を覗いても構わないよ。落ちないように気をつけてね」


竜崎に促され、こわごわと下を見てみると、ゴマ粒のような人々が見える。これは以前竜で飛んだ際の高度と同じではないのか。


「な、なんでこんな場所に…?」


「転移魔術は莫大な魔力を消費するから基本龍脈の上に魔法陣が敷かれるのだけど、この樹は特別でね。樹全体が特殊な魔力の流れを持っているからこんな場所にも魔法陣を展開できるみたいなんだ」


いや聞きたいのはそういうことではない。なんでこんな場所に転移したのか、だ。さくら達の初々しい反応を楽しんでいたエルフの魔術士が代わりに答えてくれた。


「先王がやってきた人々を驚かせたいとの意向でこの位置に設置されたのです。どうせ我が国はどこへ行くにも竜移動が必須ですし」




「どうなさいます?暫くご休憩なされますか?」


「すぐやる」


「かしこまりました。では只今竜を呼びます」


勇者の返事を聞いた担当魔術士は一礼、笛をとりだし、ピイィと吹く。するとバッサバッサと大きな羽音と共に大きい竜が姿を現した。


「この子をお使いくださいませ。ご操縦は…」


「私がします」

今度は竜崎が進み出る。


「失礼いたしました。では、よろしくお願いいたします」



空中をホバリングする竜に乗り移るのは少し怖かったが、竜崎と勇者に手を取られ無事に搭乗することができた。さくら達を背に乗せ、大きな竜は動き出す。まるで気分は観光バスだ。


「少し高度を下げていくから、エルフの皆の様子見ておくといいよ」


そう言われ下をむくと、先程は小さくしか見えなかったエルフ達の営みが見てとれた。



イメージ的には森の中に棲む少数民族という感じだったが、この世界の実像は違うようだ。


確かにそこかしこに木や花、芝生が敷かれ自然に包まれた街並みではあるのだが、決して暮らしにくいといった様子ではない。寝ころびながら日向ぼっこをする人や、友達と楽しく食事をする人、弓の練習をする人。アリシャバージルのように混みあっている様子は一切ないのだ。小麦畑や農場も数多くあり、まるで海外の田園風景を彷彿とさせた。


―エルフの国の敷地はこの周囲が全て。その分とんでもなく広く、そこかしこに農作物や家畜を育てる敷地がある。ぱっと見、田舎にしか見えないな―


「元々狩猟民族だった彼らは、魔術が伝わってもなおその生活を大きく変えようとしなかった。周囲の森で動物を狩り、自分達で作ったパンを食べてきた。魔術はその手助けとなったが、同時に魔力を潤沢に有する神樹の元で研究も進んだ。一部隠遁者は年齢を超越する秘術を行使するまでにね。おかげでエルフ族は弓術と魔術を高いレベルで保持し、かつての戦争では『味方に引き入れた陣営が勝つ』とまで言われるほどになったんだ」


今でもそれは変わらない。竜崎がそう説明しながら指した先には鍛錬に勤しむエルフ兵達。土人形を相手に魔術をぶつけ、弓を射る。さらに魔術と弓術の合わせ技なのか、急角度で曲がる矢や、刺さった瞬間爆発する矢、打った瞬間複数に分身する矢を打ち込んでいる者もいた。



飛んでいる間、竜で飛ぶエルフの人々と何回もすれ違う。今まで何度か竜に乗せてもらったが、他の人々とすれ違う頻度はそう多くなかった。それが気になったさくらは竜崎に聞いてみると―。


「竜使役の本場だからね。その始まりは魔術の伝来と同時と言われるほど古いんだ。本来魔界が生息域な竜種をエルフが使役できたのは、彼らが自然を友にしていたから。竜もまた友と受け入れられ、いつしか狩りの手伝いを行ったり、足代わりになるなどの生活の一部となっている。下の人達をよくみてごらん。竜を連れている人が結構いるでしょう」


そういわれ、再度見てみる。確かに手乗りほどの竜と共に歩いている人、肩に乗せ買い物をしている人、大きな竜を枕替わりに一緒に寝ころんでいる人もいる。


「エルフの国では竜を飼っている人がほとんど。犬や猫を飼う人は少数派だね。さ、そろそろスピードを上げるよ。このままゆっくり飛んでいると日が暮れちゃうから」



ようやく国の端なのか、白い壁が見えてくる。そしてその先には森林が。空中で見ているというのに、終わりが見えないほど広大である。


「お疲れさまです、勇者様、リュウザキ様」


「お久しぶりです。大臣殿」


出迎えてくれたのは兵に警護されている身なりが整ったエルフ。竜崎の口ぶりから国の重要役職の人物らしい。


「動物達は追い払いましたか?」


「はい、抜かりなく。しかし一日経ちましたので…」


「では少し確認をさせていただきますね」


竜崎は詠唱を始める。緑に輝く魔法陣から姿を現したのは上半身は鳥、下半身は竜巻の大きな精霊。風の上位精霊シルブである。


それを2体呼び出し、鬱蒼とした森の中に突撃させる。少しして、戻ってきた。


「うん、大丈夫そうです」


「それは良かったです」

ホッと胸を撫でおろす大臣。


「じゃあ始めます。ニアロン、障壁を頼む」


―任せろ―


彼女は厚く、質の良い障壁を展開し、エルフの人々とさくら達をその裏に入れる。と、竜崎が気を利かせた。


「そうだ。アリシャ、昔にやった雷剣の再現をしてもらっていい?さくらさん達が見てみたいって」


いいよ、と軽く承諾する勇者。剣を手渡された竜崎は雷の力を付与していく。バチバチバチと光輝き始めた剣を再度受け取り、構える。


「いくよ」


勇者は力を溜め始める。彼女の全身には魔術紋が紫に浮かび上がり発光しはじめた。


「はっ!」


勢いよく、剣を下から上に振り抜いた。


瞬間、眩い閃光。続いて―。



ドッ―――



音が、聞こえなかった。途中からキーーーンと耳鳴りが響き、聞こえなくなったのだ。実は勇者と竜崎、ニアロンを除いたその場にいる全員にその症状がでていたが、誰も気にすることがなかった。いや、気づくことができなかった。彼らは、目の前に広がった光景に釘付けになっていたからだ。


そこには、馬車が何台も横並びで走れるほどに広く抉れた地面が一直線に広がっていた。


先程まで木々が茂り、数m先までしか見通せなかった森だったとはとても信じられない。あれだけあった木はどこにいったのか、根はどこにいったのか、地面の草や落ち葉はどこに消えたのか。


まさにそこだけ消しゴムで消したように、まるで元から不毛の地だったと言われても通じるほどに、何かが存在した痕跡は全て消滅していた。



「これでいい?」


まだ耳が聞こえていないのか、今目の前で起きた出来事を理解しきれていないのか。エルフの人々は大口を開け固まっていた。それを見た勇者は首を傾げる。


「もっと広くしたほうがいい?」


再度武器を構える彼女。竜崎がそれを止めた。


「いや充分だよ。ちょっと待ってあげて」



シュウウウと煙をあげる道を見て、ネリーは言葉を漏らした。


「あの詩は本当だったんだ…!」

伝説の存在である勇者の力の一端を見て、彼女の体はワナワナと震えていた。



各々が驚嘆に包まれている中、勇者と竜崎はマイペース。


「服、焦げちゃった」


「ありがとね、我が儘聞いてもらっちゃって。替えの服は持ってきてるよ」


「着替える」


その場で脱ぎ始める勇者。それを自らの体で隠しながら、竜崎は着替えを手伝っていた。



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