79話 空飛ぶ方法
「竜を自分で操縦してみたいです!」
あくる日のこと。さくらは竜崎にそう頼みこんでいた。
先日のエアスト村からの帰還中、彼は吐き気頭痛を堪え、顔を蒼ざめさせながら竜を操ってくれた。後半はほとんどニアロンが手綱を握っていたが。
そこで思ったのだ。もし自分が竜を操れれば、彼を最初から休ませてあげることもできたはずだと。もっと労われたのかもしれないと。
それに、「竜を操り空を翔ける女の子」になりたいという欲求も少なからずあった。それ故のお願いであった。
――だが竜崎から言われたのは衝撃な一言であった。
「竜の操縦には免許がいるんだ。慣れないと竜に噛み殺されるか、乗りこなせずに落とされちゃうかだから」
まさかの車と同じ扱い。しかもその口ぶりから、乗りこなす難易度は間違いなく竜の方が上であるようだ。
「心配しなくても学園にいる以上、竜の操縦技術は必ず教わるよ。気長に待ってて」
そう宥める竜崎だが、諦めきれないさくら。ならばせめて違う方法で空を飛びたい。なお彼女、既に目的を履き違え出してることには気づいていない。
「ミルスパールさんが使ってた浮遊魔術とか、竜崎さんが使ってた魔法陣を足場にする方法とかで空を飛べないんですか?」
食い下がるさくら。だがその提案にも、竜崎は首を残念そうに振った。
「浮遊魔術は難しい上に、魔力の消費が激しいから長距離移動に向かないんだよ。私の足場魔法陣も同じでね。 慣れないうちに下手に使っちゃうと魔力切れを起こしたり、失敗したりして落下する危険性が高いんだ」
やはり普通の人が単独で空を飛ぶことはこの世界でも難しいことらしい。さくらは思わず溜息をつく。
「メスト先輩みたいに翼があればなぁ…」
―魔族の翼はそこまで飛べないぞ。浮く助力になる程度だ。自力だけで飛べる種族は獣人族の鳥人だけだな―
ニアロンにそう指摘され、もはや八方ふさがり。意気消沈してしまうさくら。
その様子を見て悪い事を言ったと思ったのか、ニアロンは竜崎に提案した。
―とりあえず浮遊魔術の基礎は教えてやれ。竜から落ちた際の非常手段としても使えるしな―
「うーん、個人的にはそれよりも風精霊の力を借りて飛び上がるほうを教えたいけど…。そっちのほうが格好いいし…」
―そっちはいずれな。まずは安全確保が優先だ―
「まあそれもそうだな。 よし、さくらさん、ちょっと授業といこう」
――ということで、学園の一角で急遽臨時講座が始まった。題目は先の通り、『浮遊魔術』
「まずはそうだね…。手で自分を空中に引っ張り上げようとしてみて」
開幕竜崎はそう指示してくる。それは不可能なのでは?さくらはそう思いながらも試しに服の首元を掴み、上方向への力を入れてみる。当然、持ち上がらない。
「浮遊魔術はその感覚が重要なんだ。それを魔術で補助することで浮き上がらせている感じかな。練習してみようか」
さくらはそれに頷き、自分の首元や腰回りを掴んで上に浮かせようとしながら、術式を講義を受ける。
そして――。
「くぅぅぅぅぅぅぅ!」
「その調子!」
―上手いぞさくら―
顔を真っ赤にして力むさくら。何度も練習を重ねた結果、僅かに浮遊することに成功した。
…とはいってもその高さは僅か数ミリ。しかもすぐに力尽き、ストンと着地してしまった。
「これ…精霊術よりも体力使いますね…しかもほとんど浮けませんでしたし…」
汗だくになり、さくらはハアハアと息切れをする。そんな彼女にタオルを渡しながら竜崎は褒めた。
「いやいや、充分だよ。それさえ覚えていれば高いところからの落下死は防げる。その場で浮いて、あとは力を抜いていけばゆっくり降下できるからね」
しかし初回でこれとは…やっぱり筋がいいよさくらさんは。 そう言ってくれる彼の横で、さくらは至極残念そうな顔を浮かべていた。
自力で浮くのがこんなにも難しいとは…。道理でこの世界、空を飛んでいる人がいないわけで。実に残念。せめて…。
「せめて魔法使いの空飛ぶ箒みたいなのがあればいいのに…」
ぽつりと漏らした、さくらの小さな呟き。 それを耳にした竜崎は、頬を掻いた。
「あー…。…一応、あるよ。『空飛ぶ箒』」
「あるんですか!?」
少しして彼が自室から持ってきたのは、確かに箒だった。
ただし普通のものではない。あちらこちらに小さな装置や魔法陣のようなものが取り付けられていた。
「私も魔法使いは箒で飛ぶものって思ってたから、誰もそれで飛んでいないことにびっくりしてね。ソフィア達にお願いして、飛べる箒を作ってもらったんだ」
「そんなものがあるなら先に教えて下さいよ…」
先程の努力はなんだったんだ…と呆れるさくら。しかし竜崎は何故か苦笑い。
「いや実はこれ、飛んだじゃじゃ馬でね。上手く扱えないんだ。試しに乗ってみる?」
竜崎でも上手く扱えないとは…? 少し怖くなったが、好奇心のほうが勝ったさくらは挑戦をしてみることに。
すると、ニアロンが彼女の方に移った。そして一言。
―命綱代わりだ―
…余程危険な代物ということらしい。ゴクリと息を呑むさくらへ、竜崎は浮遊魔術をかけたその箒を手渡した。
「あとは魔力を注ぎ続ければ動くよ。 少しずつね」
「はい…! じゃあいきます…!」
こわごわ跨がる。そして魔力を注いでみる。慎重に、慎重に…。
「…わっ!? 浮いた…!!」
瞬間、箒はふわぁと浮き上がり始めたではないか。先程練習した浮遊魔術より簡単に、高く浮いたことが嬉しく、さくらはつい魔力量を増やす。 すると―。
ボッッ!!!
突如、箒はブーストがかかったように勢いよく、直角に飛び上がった。
「きゃあああああ!!?」
あっという間に屋根より高い位置まで到達した箒は、そのままグルングルンと空中大回転。跨っていたさくらは思わずしがみつく。
だが、それが悪かった。 魔力が追加で注ぎ込まれたらしく、更に加速がかかった。
「ひゃああああ!!!!」
―さくら!力むな!魔力を抑えろ!―
「は、はいいい!」
ニアロンの呼びかけに従い、さくらは魔力の注入をギュッと抑える。 すると今度は減らしすぎた。箒はその場で、急ブレーキがかったようにピタリと止まってしまった。
その勢いでさくらは思わず投げ飛ばされそうになるが、なんとか掴んだ手を離さなかった。結果、さくらは空中で静止する箒にぶら下がる形になってしまったが。
「はー…はー…。……きゃっ!?」
それでもちょっと落ち着けたさくらだったが、数秒の思考の後に下からスカートの中が丸見えになっているのに気づいてしまう。
彼女は反射的に、スカートを片手で抑える。が、その際に力を一点にかけたのが悪かったらしい。箒は更に上昇を始めてしまった。
「た、助けてくださぁい!」
―落ち着けさくら、降ろしてやるから―
混乱しまくるさくらを宥めつつ、ニアロンが箒に触れ調整をする。そのおかげで高度は徐々に下がり、ようやく足が地面についた。
「まあ…そうなっちゃうんだ。ただでさえ魔力消費が激しい浮遊魔術が必須なうえに、まともに乗れないからね。こんなだったら普通に浮いたほうがマシだって、商品化はできなかったんだよ」
「確かに使えたものじゃないです……」
目を回してしまったさくらは、箒を支え代わりにしながら竜崎に同意するのであった。
「こんな暴れ箒、操れる人いるんですか……?」
ようやく調子が直ったさくらは、竜崎に問う。最も、誰も操れないから仕舞われていた気がしないでもないのだが…。
「私は上手く乗りこなせなくてね…。 でも、使いこなせる人はいるよ」
なんと、いるらしい。それは誰なのかを聞いてみると―。
「あまり勧めてないってのもあるけど…今のところ2人だね。賢者の爺さんと、もう一人は…」
――竜崎がそこまで口にした丁度その時であった。 さくら達の上空から聞き覚えのある声が飛んできた。
「リュウザキ先生、さくらちゃん。こんなところで何しているの? 2人だけでお勉強かしら?」
声の主は、学園のゴーレム術講師、イヴ。―なんと…箒に腰かけ、舞い降りてきたではないか!
彼女のたわわな胸や服装、雰囲気に加え、空飛ぶ箒を操れるとなると…まさしく物語に出てくる妖艶なる魔女そのものである。
「えっ!? イヴさん、それって…」
「この箒?リュウザキ先生からの頂き物よ。さくらちゃんも貰ったの?」
驚くさくらへ、そう返すイヴ。どうやら2人の内一人は彼女らしい。 竜崎は先程までの顛末を、イヴへと説明した。
「なるほど、そういうことね。私は箒をゴーレムにしたわ」
「どういうことですか?」
首を捻るさくらに答えるように、イヴは箒を手放す。普通ならばパタンと倒れるところだが…まさかの直立不動。それどころか、ぴょんぴょんと跳ね始めた。
「!?!?!?」
あんぐりと口を開けるさくら。それを見て、イヴはクスクスと笑う。
「浮遊魔術だけでは上手く制御できなかったから、ゴーレムに作り替えて無理やり操れるようにしちゃったの」
さも当然のように答える彼女。竜崎が一応補足した。
「ゴーレム魔術と浮遊魔術を高い次元で扱える人でなければ無理な技だよ。この学園ではイヴ先生だけだね。 …いや、全世界見てもイヴ先生ぐらいじゃないかな?」
「うふふ♡ お褒めの言葉ありがと、リュウザキ先生」
ある意味な荒業。さくらは跳ね動く箒をぼーっと眺めてしまうのだった。
「でも…どうして箒に乗っているんですか?」
イヴの手に箒がスポッと収まったのを契機に、さくらはそんな質問をしてみる。実際便利そうであるが、これはゴーレム術と浮遊魔術の合わせ技。
なら、浮遊魔術単体の方が魔力消費は少ないのは明白である。なのに何故か。 すると、イヴは恥ずかしがりながら、さくらの問いに答えてくれた。
「えーと…私、胸が大きいじゃない? 浮遊魔術で移動すると胸が邪魔で下が見えなくて、着地を失敗しちゃうことがたまにあるのよ」
……巨乳ゆえの悩みだった。 彼女の爆乳を目の前に、さくらは黙るしかない。
それに、確かにイヴは箒に跨るのではなく、座るようにして現れた。確かにその姿勢だといちいち前のめりになることなく、首を曲げるだけで下を確認できそうだ。
「魔力は使うけど短距離移動なら結構楽なのよねこれ。今も街にお買い物に行ってきたところなのよ」
イヴはそう話しつつ、証拠がてら菓子店のロゴが入った箱を見せてくれた。 と、彼女はナイスアイデアと言うように手をポンと。
「そうだ、これからグレミリオ先生とメルティちゃんとお茶会するの。お二人もどう?」




