71話 エアスト村③
「すごい技ですね…」
ようやく呆けが解け、純粋無垢な感想を口にするさくら。竜崎は微笑みつつ、少し解説をしてくれた。
「風の力が回転を司り、水の力と土の力で山を削る。更に火の力で掘った際の土を瞬時に固め、壁替わりにする。そんな一石二鳥な魔力球をニアロンの力で打ち出すことで、あっという間にトンネルを作ることができるんだ」
すごいでしょ、と誇らしげに笑う竜崎。精霊術を極めればこんな大技まで使えるのか、さくらは改めて彼の実力を認識した。
「さあ次は俺らの番だ!いくぞ!」
―と、見物人達とはまた違う場所で待機していた、如何にも土木作業者と思しき人々が資材を持ち、出来たばかりのトンネルに集まる。そして竜崎に一礼をしつつ、中へと入っていった。
「あれは何をしてるんですか?」
「トンネルが崩れないように更に壁を補強するんだよ。コンクリート並みには固めてあるけど、万全を期すためにね」
沢山の人が通るだろうし、これから何十年と使われるかもしれないから。 さくらの問いにそう答えた竜崎は、そのまま続けた。
「念のため工事が一段落するまでは、私が障壁を張って安全を確保しているんだけど…。その間、ここから動けない。だからさくらさんは自由にしていて構わないよ」
そんなこと言われても…。 困ってしまうさくら。 一人でどこか行くのは心細いし、楽しくないだろう。
故にとりあえず彼女は、トンネル工事の様子を見学することに。 …しかし暫くすると…正直飽きてきてしまった。
先程の竜崎の大技に比べると、補強作業の地味な事。無論それが大事な作業だというのはわかっているが…。 というか、比較対象が悪すぎるのである。
とはいえその旨を言い出せず、うろうろしてしまうさくら。 すると、ニアロンが見兼ねて竜崎に声をかけた。
―なあ、さくらと一緒に遊びに行っていいか?―
「珍しいな、お前がそんなことをいうなんて。 …あぁそういうことか。いいよ。何かあったら精霊を飛ばすか、指輪経由で連絡する」
察した竜崎は快く承諾する。ニアロンはさくらにふわりと移り、街なかへと向かわせた。
「いいんですか?離れちゃって…」
―私の魔力を一部預けてきたし、魔力切れの心配はないだろう。 それに今のあいつなら、大抵の相手は指先一つで倒せるしな―
ふわぁと欠伸をするニアロン。おかげで自由の身になれたが、さくらも特にやりたいことはない。精々、昨日の観光の続きぐらいか。
なにはともあれ、一旦クレアの家に戻ることにした。
「お帰りなさい、さくらちゃん! あれ、ニアロン? 大丈夫なの憑依しちゃって…?」
―あぁ。さくらは耐性があるみたいでな、私が魔力を吸い上げすぎることはない。むしろこっちが吸われる側だな―
「? まあいいわ、大丈夫なら。そうだ、お疲れのところ悪いんだけど、もう一つ頼み事があるの…」
いい?と目で聞くクレア。ニアロンは苦笑いを浮かべた。
―とりあえず聞いてやろう―
「ありがとう。 今日の青空教室、先生役が風邪で寝込んじゃってね。代わりに子供たちに魔術を教えてほしいの。簡単なものでいいから!」
手を合わせ頼み込んでくるクレア。なるほどと頷いたニアロンは…。
―だとさ、さくら―
と、さくらの肩を叩いた。
「えっ!?私ですか!?」
突如突き刺さってきた白羽の矢に、びっくり仰天なさくら。ニアロンは当たり前と言わんばかりに続けた。
―当然だろ、清人が動けない今、お前しかいない―
「で…でも…人に魔術を教えた経験ありませんし…。なら、ニアロンさんが教えたほうがいいんじゃ…」
不安感から、さくらはそう食い下がる。するとニアロンは彼女の前に降り、師のように伝えた。
―清人曰く、『他人に教えることで、自身の理解度を再確認する良い機会になる』だ。今まで学園で教わってきたことの復習にもってこいだろう―
…有無を言わせる気はないらしい。思わずクレアの方を見るが、彼女は未だ手を合わせお願いのポーズ。断れる雰囲気ではない。
「で、でも私基礎魔術と精霊魔術、基礎召喚術しか使えないです…」
「あらそれで充分よ。そうね…水の基礎魔術をお願いしていいかしら」
そう頼まれ、さくらはおっかなびっくりながら先生代行を引き受けたのだった。
場は移り、子供たちが集まる青空教室。彼らは皆、親から短杖を借り、授業が始まるのを今か今かと待っていた。
「はーい! 今日の先生はこちらの方、さくら先生でーす!」
仕切り役のクレアに紹介され、おずおずと子供達の前に出て手を振るさくら。
「よ、よろしくお願いします」
「「「よろしくおねがいしまーす、さくら先生!」」」
子供たちの元気いっぱいな挨拶が返される。先生と呼ばれた経験なんて無いさくらは、カチンコチンに強張っていた。
それをクスクスと笑いつつ、ニアロンが囁いてくれた。
―さくら、緊張するな。困ったら私が助けてやるから―
「は、はい!」
最初は緊張していたさくらだったが、相手は可愛らしい子供たち。14歳のさくらにとっては弟や妹のような歳であるということもあり、すぐに仲良くなった。
「水の魔術はね、こうやって…」
「「「おおーー!!」」」
さくらの手に溢れだす水を見て、子供達は歓声を上げる。この前オズヴァルドに教わったばかりの術だが、まさか自分が教える側になるとは思わなかった。
恐らく魔術士たちから見れば素人同然な代物ではあろうが、ここまでウケてくれると有難いばかりである。
「みんなはこの魔術覚えたら、なにするの?」
親しくなった子供たちに、なんとはなしに使い道を聞いてみるさくら。皆、それぞれ手を挙げ答え始めた。
「どこでも泥団子作りやすくなる!」
「お母さんの料理の手伝いをするの!」
「…おねしょを誤魔化す…」
多種多様、子供らしさ溢れる解答にさくらは笑ってしまう。それを見て、クレアは微笑みながら過去を偲んだ。
「まるで当時の清人を見てるみたいね…。懐かしいわ…」




