59話 クエスト『薬草採り』
「また?」
「また…」
「もう…」
あくる日。さくらが学園に来ると、いつもの面子が揃っていた。人よりの獣人モカ、混血魔族のネリー、そして人間のアイナ。
いつも仲良しの三人組だが、今朝は少々様子が違うようだ。机に頭を突っ伏しているネリーを、モカとアイナは呆れ果てたように見ている。
「どうしたの?」
「あ、さくらちゃん。実は、ネリーがね…」
「?」
さくらはアイナに促されるままネリーのほうを見やる。すると彼女は、突っ伏したまま絞り出すような声で訴えた。
「お金がなくなっちゃった…」
「また…?」
アイナ達と同じく呆れるさくら。以前やったあのクエストは難易度が高く、貰えた報酬は普段使いならばそこそこ持つ金額のはずだったのだが…。
だというのに、あれからそうは経っていない。出費が激しすぎる…。
「またみたい」
一言だけ発して静かになったネリーに代わり、モカがそう答える。一応事情を聴いてみると…。
「欲しい服が沢山セールしてたから、我慢できなくなったんだって」
とのこと、目も当てられない。
とはいえ、どんよりとしているネリーを放っておくのもなんだかと思ったさくら。とりあえず提案してみる。
「うーん、じゃあまたクエストに行く?よかったら手伝うよ?」
「ほんと!?」
ガバッと飛び起きるネリー。現金なものである。そしてさくらの手を握った。
「今すぐいこ! さくらちゃんがいれば百人力!」
元気になった彼女に引っ張られるように、さくらとアイナ、モカはクエスト受付へと向かうのだった。
「とはいっても、この前みたいなクエストはないね…」
と、クエスト掲示板を見て残念がるさくら。 今回貼り出されているのは給仕手伝いや羊の世話などの牧歌的なものばかり。
この世界にスライムとかの雑魚モンスターがいて、それを狩ってお金を稼げれば良いのだが、残念ながらそんな話は聞かない。いないとも言われていないが。
…まあそもそも、この間のクエストは自分達のレベルに見合っていないようなものだった。仮にあったとしても、ニアロンさんがいない以上怪我するだけかもしれない。そんなことをさくらが思っていると―。
「そうだ!これいこう!」
ひとつひとつ物色していたネリーが、内一枚を剥がしとった。それを全員で覗き込んでみると…。
「「「『薬草採り』…?」」」
この手の依頼ならば他にも沢山貼ってある。しかも軒並み薄給。もっと報酬が高めのものは幾らでもあるし、何故それを…? そう首を捻るさくら達。
だがネリーはそれに答えるように、自信満々に一点を指さした。
「ただの薬草収集じゃないんだなー!」
再度覗き込むさくら達。するとそこに書いてあったのは『報酬、時価』という文字であった。
「どういうこと?」
「薬草は色んなところに生えているんだけど、稀にしか見つからないものもあるんだ。それを見つけてくれば高値で買い取ってくれるんだよ!」
さくらの問いに胸を張って答えるネリー。要はレア素材で一攫千金狙いということらしい。
「裏を返せば、良いもの見つけられなかったらタダ働きになるってことだけどね」
直後に飛んできたモカの苦言。ネリーはうぐっと身体を竦めるが、元気いっぱいに跳ね飛ばした。
「4人で探せばだいじょーぶ!」
強い。…しかし、今度はアイナから更に手痛い追撃が。
「ネリー、この前3人で探した時はどうだった?」
「うっ…はした金でした…。で、でも今日はさくらちゃんが力を貸してくれるからいける!」
彼女はめげない。皆の怪しむ視線を振り切り、そのまま受付に受注しに行ったのだった。
そして場所は移り、アリシャバージル近郊の森の中。
「あの…私、薬草の種類とかわからないんだけど…」
今更ながらに、おずおずと手を挙げるさくら。元の世界でも薬草を見分けることができないのに、異世界の薬草なんて判別できるわけないのだ。
「大丈夫だよ、私とモカがある程度知っているから」
そう宥めてくれるアイナ。モカもコクリと頷く。良かったと息を吐いたさくらだが、ふと気になったことが。
「あれ、じゃあネリーちゃんは?」
それに応えようとモカが口を開いた時であった。先行して茂みに飛び込んでいたネリーが、草を手に走り戻って来た。
「ねーアイナ、これは?」
「んー? …それはただの雑草だよ」
「ハズレかー」
聞くや否やポイッと捨て、再度茂みに潜っていくネリー。モカは肩を竦めた。
「まあ、あれで分かる通り、ネリーはなにも知らないよ」
…大丈夫なのか…? 前途多難な予感しかしないさくらであった。
森の中には、濡れ手で粟を狙う同業者、もとい同クエスト受注生徒もそこいらにちらほらといる。
中には数撃てば当たる戦法なのか、種別問わずに持ってきた籠一杯に摘んでいる子もいた。アイナ曰く、ほとんどハズレのようであったが。
そのため、既にこの辺りは漁り尽くされているらしい。 良いものはおろか、普通の薬草すら残っていない様子。ネリーは業を煮やし、叫んだ。
「奥のほうにいこう!」
今まで進んできた通行ルート付近以外はあまり人の手が入っていないらしく、奥に踏み込めば踏み込むほど木々が茂り始める。舗装された道が普通だったさくらには少々辛い。
しかしそれはつまり良い物が残っている可能性があるということ。すると早速―。
「あっ!アイナ、これって!」
やっぱり先行していたネリーが今度は黄色い花を摘んできた。それを見たアイナはにっこりと。
「わぁ、痛み止めの花だね。ちょっと良いお値段で買い取ってもらえるやつだよ」
「向こうに沢山生えてたよ!やった!」
もう一度採りに駆け出すネリー。そんな彼女を追いかけつつ、モカは忠告を入れた。
「ちゃんと少しは残しとかなきゃ駄目だよ、生えなくなっちゃう」
「わかってるってー!」
「やったぁ~!」
ホクホク顔のネリー。その手には黄色い花束が。
これだけでもそこそこ良い買取価格となるらしいが、それを4等分するとなると少々心もとない。まだ見ぬ大物を狙いに奥へと進んでいく一行だったが…。
「あっ!」
「げっ!」
その道中、同じく大物狙いであろう他の男子生徒パーティーとぶつかってしまった。
「「……!」」
瞬間、バチバチバチとネリーと彼らとの間で火花が散る。そして――。
「「早い者勝ちだ!」」
同時に叫んだ。
「隙あり!」
我先にと一斉に駆けてく男子達。負けじと走り出すネリーだったが…モカとアイナに慌てて止められた。
「なんで止めるの!」
「もう深くまできたんだから用心しなきゃ。この前みたいに魔狼とか巨大な魔猪とか出るかもしれないよ」
モカにそう諭されようやく落ち着くネリー。しかし先に行かれたのが悔しいらしく、頬を膨らませていた。
「このクエストも怪我とか自己責任なの?」
おずおずと質問するさくら。それにはアイナが答えてくれた。
「うん、案内人がいないものは基本そうだよ。 一応怪我防止の魔術をかけてもらってから出発するし、学園の生徒ならある程度の魔物なら倒せると思うけど…」
「この前みたいな魔猪がいたら…?」
「…メスト先輩級じゃなきゃ難しいかも…」
その回答に思わず身震いするさくら。あの男子達が変な事をしないことを祈るしかない。
…が…――。
「「「ぎゃーーーー!!!」」」
想い虚しく、彼らのものと思しき悲鳴が聞こえる。続いてこちらに走ってくる音が。まさか本当に…!? 全員一斉に武器を握りしめる。
そして、草木を掻き分け現れたのは…!
「た、助けてくれぇ!」
ブウウン、ブウウン、ブウウウウンッ!!
…魔猪ではなかった。だが、脅威には変わりなかった。
不快な羽音を立て飛んでくるのは黄色と黒で構成されたあの恐ろしい虫。蜂の大群である。
「ぎゃー!! こっちくんなぁ!」
悲鳴を上げ逃げ出すネリー。もちろんさくらたちも一斉に逃げ出した。本能的に。
「ば、爆炎とかで追い払ってくれぇ!」
「自分達でやんなさいよ! 違う、森燃えちゃうでしょ! てかなんで追いかけてくるの!?」
逃げるネリー達、それを追う形で逃げる男子達、そして怒り狂う蜂達。気を抜いた者から犠牲になる恐ろしい追いかけっこが始まった。
「別の道行ってよ!! 巻き込むなぁ!」
「そんなこと言われても! 道なんてないだろ!?」
双方必死、全力ダッシュ。しかし、空中を移動する蜂は速い。あっという間に男子達に追いつき、あわや刺される…!
―と、その瞬間であった。 誰かが彼らを庇うように、蜂の大群の前に立ちはだかった。
「少し落ち着きなさいな」
短杖をひと振り、何かの魔術が蜂に触れる。すると驚いたことに、荒ぶっていた蜂は憑き物が落ちたようにピタリと収まったではないか。
「んもう、無茶しちゃって! メッ、よぉ!」
くるりと振り返り、男子生徒を叱るその声。さくらは聞き覚えがあった。
女性っぽい男性声、そして特徴のあるなよなよしい立ち方。一度会ったら忘れられない、メルティ―ソン先生に講義を受けた際、後から現れたオカマ召喚術講師の…。
「「「グレミリオ先生!」」」




