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52話 公爵令嬢からのお誘い


「後ろから失礼致します、さくらさんで宜しくて?」



あくる日のことである、さくらは突然に誰かに呼び止められた。




綺麗な声だなと思いつつ彼女が振り返ると、そこには西洋人形のような美しい金髪の女性がいた。


そして服の豪奢さ、仕えている召使から貴族の一人ということはすぐにわかった。





貴族、あのハルム・ディレクトリウスのような人達…。もちろんたった一例で貴族達を判断するわけではないが、よくある『貴族=性格悪い』の実例を見てしまったさくらは身構える。




彼女からどんな悪口雑言が飛び出すのか…。そんなさくらの考えとは裏腹に、貴族令嬢は実に行儀よく深々とお辞儀をした。



(わたくし)、エーリカ・ディレクトリウスと申します。先日は兄がご迷惑をおかけしました」







「…えっ!あの人の妹さん…?」



一瞬呆けたさくらは、驚きの声を上げてしまう。確かに、その苗字はハルムと同じ。つまり彼女は妹で間違いない。



しかし…およそ兄妹とは思えない態度の違いよう、思わず同じ血筋か疑ってしまう。眉を潜めてしまうさくらに、エーリカは続けた。



「兄の傍若無人な態度は、私達だけでなく我が父であるディレクトリウス公も頭を悩ませておりました。それを懲らしめ、もとい諫めてくださったことに心からのお礼を申し上げますわ」



今度は召使も揃って頭を下げる。すると周囲にいた人々が、あのディレクトリウス公爵家の令嬢に頭を下げさせている、いったい彼女は何者だとざわつき始めてしまった。さくらは慌てて言葉を繋いだ。




「い…いえいえいえ!気になさらないでください!それに私は特に何もしてませんし…竜崎さんのおかげですから」



「いえ。貴方があの場で逃げ、取り巻き達を動かしてくださらなければ兄は先生方に叱られることも無かったでしょう。そしてそのお詫びもせずに終幕とはあまりにも不躾、本日はこちらを渡しに来たのです」



エーリカの言葉に続き、召使の一人が進み出てさくらに何かを手渡す。それは綺麗に彩られた封筒だった。




「明後日、私達の宮殿で月に一度のパーティーを開きますの。そちらはその招待状、よろしければ是非ご参加ください。もし日取りが合わなければ別日を都合させていただきますのでお気軽にお返事をどうぞ」




なんと、華やかな社交界からのお誘いということらしい。絢爛豪華な宮殿、豪勢な食事、品の良い貴族の紳士淑女が素敵なタキシードやドレスを身に纏い一夜を踊り明かす…。



まさに全女子の夢、そんな場所に行けるなんて! さくらに断る道理なんてあるわけがなく、彼女は即座に頷いた。すると、エーリカはニコリと微笑んでくれた。




「それは良かった。ですが、一応ドレスコードがございます。もしドレスがご入用ならばお声かけください、用意させていただきます」



「あ、ありがとうございます! でも、このパーティーって私だけなんですか?竜崎さんは…」



「その点はご心配なく、この後に招待状を渡しに行く予定です。では、失礼いたしますわ」




再度丁重に頭を下げ、高貴さをふわりと漂わせながらエーリカは竜崎を探しに向かっていった。その後ろ姿が見えなくなるまでほうっと眺めていたさくらは、急ぎ頭を動かす。




どうしよう、まさかこんなことになるなんて。夢でもみているのかな。異世界の貴族パーティーなんて本場もいいところ、ここから偶然どこかの貴公子を射止めて恋に発展して…なんて!



それなら、ガラスの靴でも履いていったほうがいいのかな…!? などと、興奮冷めやらぬ彼女であった。










「ごめんね、私行けないんだよ。さっき断ったんだ」



そんな上がりに上がったさくらのテンションは、少し後に会った竜崎の謝罪でストンと落ちた。



いくら理想の展開でもマナーや人名を教示してくれる師がいなければ話にならない。せいぜい親戚の結婚式ぐらいしか行ったことが無いのだ。


しかも異世界ときた。変な行動をしてしまえば貴公子との恋も芽生えず終わるだろう。急にさくらは不安になってしまったのである。




「じゃあタマちゃんとかナディさんとか…」


「タマと出かけなきゃいけなくてね。ちょっと重い荷物運ぶから竜だとすぐへばっちゃうんだ。ナディは今調査隊参加中でいないんだよ」



代案も、残念ながら成立せず。 どうしよう。付け焼刃でなんとか凌ぐしかないか、あるいはその場で切り抜けるか…。さくらがぐるぐると頭を巡らせていると―。



―仕方ない、私がついていこう―



声を上げてくれたのは、ニアロンであった。






「ニアロン、いいのか?」



―どうせ清人が行く場所は勇者の元だろ。何かあればあいつが守ってくれるだろうしな―



「それはそうだけど…」


―なに、私も内心ハルムの奴の様子が気になっていたんだ。さくらのお守りついでに確認してやるさ―




竜崎にそう返し、フッと笑うニアロン。竜崎は納得したらしく、頷いた。



「そうか、そしたら任せるよ。さくらさんにはニアロンの後遺症がでないし、うってつけかもね」





良かった…と、さくらはホッとする。彼女がいれば間違いなく問題ないだろう。仮に、悪い人がいたとしてもこれで大丈夫。




そう安堵するさくらに、竜崎は一つ提案をした。



「よし、じゃあドレスを買いに行こうか。私も色々買い揃えなきゃいけないものがあるしね」



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