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38話 教官vs『精霊術士』

「やばいぞ!教官が戦うぞ!逃げろ!」

「マジかよ!見たいけど、教官と『精霊術士』の戦いなんてコロシアム壊されるぞ!」


戦々恐々とする観客席。逃げたいが見たい、先程とは違った理由で押すな押すなの大騒ぎだった。


「な、なあどっちが勝つと思う?」


「魔王軍最強と呼び声高いあの教官だぞ?亜人最強種であるオーガ族の英雄と、高位精霊と単独で引き分けた豪傑の間に出来た子だ!血筋も実力も圧倒的だよ!」


「お前リュウザキ様の実力知らないな…? 高位精霊を全て味方につけ、二アロン様と連携プレーで当時の魔王軍は手も足もでなかった。俺はあのとき戦場にいたが、数千の兵を相手にたった一人で勝利なされたんだぞ」


その騒ぎ声は特別席にいるさくらにも届く。なるほど、彼女は魔族ではなく亜人とかいう種のハーフらしい。そんな種族がいると前にネリー達から聞いたことがある。


「ん…?」


あれ?高位精霊と引き分けたという話、どこかで聞いたような…。




魔王がパチンと指を鳴らす。と、会場全体を障壁が包んだ。


「双方、真剣勝負は構わぬが建物を壊されてはたまらない。ある程度で収めろよ」


事実上の勝負認可宣言。教官は魔王に一礼後、入場門の裏に走り何かを引っ張りだした。


出してきたのは身の丈の倍はある両手斧、それも二つ。かなりの重さのはずだが、引きずる様子もなく軽々と持ち上げ振り回しながら位置に立つ。戦闘準備万端のようだ。


ノルヴァを安全なところに避難させ、竜崎も位置につく。


「やっぱこうなったか。ニアロン、全力でいくぞ」


―いいのか?帰りは魔力不足で動けなくなるぞ?―


「力を温存して勝てる相手だと思うか?」


―まあ無理だな。私も本気をだすか―


ニアロンの姿が変化する。童女の姿から大人の姿へ変化、常時周囲に魔法陣を展開する。そのため竜崎はニアロンと魔法陣を背負うような見た目になり、神仏の光背の如き様相を呈していた。


「皆、来てくれ」


4つの巨大な魔法陣が展開、召喚される。火の上位精霊サラマンドに加え、水龍の如き見た目の水の上位精霊ウルディーネ、巨大な岩石の四方に目がついた土の上位精霊ノウム、そして、上半身が大きな鳥、下半身が風の渦で形成されている精霊。


「あれってなんですか?」


さくらの問いには魔王が直々に答えた。


「風の上位精霊、シルブだ。他の精霊を知っているとはリュウザキはしっかり学ばせているようだな」




「まさかまさかの乱入者!我らが教官!剛力無双!ラヴィ・マハトリーとリュウザキ様の勝負だ!正直魔王様が障壁を張って下さらなければ全員に避難勧告が出ていた!彼らの戦いを見るのは文字通り命がけ!覚悟のある者のみが観戦を許可される!」


実況の興奮度も尋常ではない。2人のぶつかり合いは闘技場を塵に返すレベルのようだ。


と、さくらは気になって仕方なかったことがあった。


「なんであんなに血気盛んな方ですのに、エキシビションマッチを譲ったんですか?」


最もな問いである。これも魔王が答えてくれた。


「ラヴィの実力ではノルヴァ程度の兵では太刀打ちできない。力を存分に発揮できないあいつは逆に欲求不満になり、しわ寄せは我や他の兵達に向けられる。本人もそれを理解しているからアリーナには基本出場せず抑えているが…。流石に我慢の限界ということだ」


要は日頃の鬱憤晴らしに絶好のサンドバックが来たということだな、と魔王は笑う。建前上は他の教官のためとして竜崎に出場を願ったが、本当の目的はこちらだったらしい。



「ラヴィ教官はあまりの気迫に姿が揺らいで見える!リュウザキ様は4大上位精霊を同時召喚し堅牢なる布陣!まさに一触即発!いざ、開戦!」


実況が叫び、ゴングが響く。が、その音は余韻を残すことなく耳をつんざくような別の爆音で消し去られた。


開幕と同時に四大精霊が一斉攻撃、それをラヴィが打ち払った音だった。爆発も伴い、砂埃が大きく舞い上がり会場全体を覆う。


「なんも見えねぇ!」


そんな野次が飛んだ瞬間、闘技場中心部から闘技場全体を震わす衝撃波が発生する。それによって砂塵は瞬時に打ち払われていく。


なんと、ラヴィの一撃をニアロンが受け止めていたのだ。


「ふっふっふ、そうでなくては!流石はリュウザキ達だ!」


―完全に日頃の鬱憤晴らしだなこれ―

「だね」


大きく弾かれる竜崎達、牽制として魔法陣から光弾を巻く。それをやすやすと交わしながら地面を蹴り飛ばし彼を追うラヴィ。


「―!」


何かを察知し、彼女は斧をストッパーに急ブレーキをかける。その数センチ先にノウムが勢いよく落ちてきた。その自重で地面に大穴が空けられる。真下にいたならば紙のように薄く潰されていただろう。


だが彼女は一瞥しただけですぐに竜崎を追いに戻っていった。


一発で端にまで吹き飛ばされた竜崎は壁、もとい魔王が張った障壁を蹴り着地する。ノウムによって数秒時間が出来たため迎え撃つ態勢を整えられた。


「リュウザキィイ!!」


その場に鬼のような形相で向かってくる彼女、命を刈り取る気満々の勢いで斧を振り下ろしてきた。


竜崎は再度壁を蹴り、二つの斧を受け流しながら隙間を飛んで回避。勢い余った斧は障壁に突き刺さった。


バキバキィ!


大きな音が響き、高所まで張られた障壁に地割れのような大きな縦の亀裂が入る。斧は貫通して闘技場の壁までも破壊していた。


「ラヴィめ、我を忘れておるな」


障壁を修復しつつそう呟く魔王。決して彼が張った障壁が脆いわけではない。むしろ観戦のために極限まで性能と透明性を突き詰めた代物だが、鬼神と化した彼女相手では心もとない。仕方なしに魔王は厚みを増した障壁を再展開した。


そんな壁を割る彼女の剛腕も恐ろしいものだが、それを難なく受け止めるニアロンの力にもさくらは感服せざるを得なかった。




真後ろに着地した竜崎に斧を引っこ抜く勢いで当てようとするラヴィ。その攻撃はニアロンに受け止められた。


そんな彼女を狙う二体の精霊、サラマンドとウルディーネ。隙を逃さずクロスするようにビームを浴びせる。


飛び上がり躱すラヴィ。空で待ち受けていたのは―。


「乗せられたか―!」


風精霊シルブと土精霊ノウム。瓦礫交じりの竜巻を起こし、ラヴィを巻き込もうとしていた。


ズバンッ!


彼女はその竜巻を斧の一振りで真っ二つにする。それを見るや精霊はすぐに散開した。追いかけるのは愚策と察し、地上にいる竜崎に狙いを定め降下を行うが…。


「―!」


その途中に何かの気配を感じ取るラヴィ。落下に影響が出ない程度に斧を構える。次の瞬間、ウルディーネの尾の一撃が飛んできていた。


構えただけとはいえ、まともにぶつかり合えばウルディーネの尾が切断されていただろう。だが弾かれたのは斧の方だった。


「なっ…」


尾には厚い障壁が張られていた。ウルディーネの鱗の輝きに隠され上手く視認できなかったのだ。衝撃で落下地点をずらされたラヴィは致し方なしに着地準備を整える。




だが、着地地点には竜崎が既に策を巡らせていた。火の精霊石を地面に配置、彼女の着地に合わせ詠唱した。


ゴウッと音を立てラヴィを炎の渦が取り囲む。次第に狭まってくるそれに反抗するように彼女は回転し始める。


ゴウッ!


地面の砂を舞い上げ、設置された精霊石を火の渦ごと巻きこみ、ラヴィ中心の一際大きな竜巻が出来上がる。それを竜崎のほうに送り返した。



「シルブ!」

呼ばれた風精霊はすぐさま竜崎の体にまとわりつく。全身を風の力で包み、彼は竜巻に飛び込んだ。


その途端竜巻は生き物のようにうねり始める。竜崎の手の動きと共に形を変え、巨大な球体となりラヴィに向けて地を削りながら突き進んだ。


ガガガガガッ!


魔力を潤沢に含んだ風の塊に取り込まれるラヴィ。内部は乱気流、彼女の実力ゆえ体を持ってかれることはないものの、全身に細かな切り傷がついていく。


「邪魔!」


彼女も斧に魔術を付与する。大きく一刀両断、風の球は切り裂かれる。その時だった。ふっと彼女の頭上に影ができる。なんとサラマンドがボディプレスを敢行してきたのだ。


「そんなもの!」


力強く薙ぎ払う。しかし当たる直前にサラマンドは姿を消した。竜崎が召喚を終了、帰らせたのである。


虚しく空を切る斧、大きな隙が出来てしまう。そこに竜崎が杖を構え突っ込んできた。


ゴッッ!


再度大きな衝撃波。障壁を超え観客の体を震わせる。それが収まると観客は一斉に闘技場を覗き込んだ。



ラヴィの喉元には杖先が突きつけられていた。が、彼女の反撃はなんとか間に合っていた。ニアロンが止めていたが剣圧が当たったのか、竜崎の頬からは血が垂れていた。



「そこまで!」

魔王の一声で我に返るラヴィ。斧を降ろした。


「満足したか?ラヴィよ」


「はっ!」


にこやかな表情を浮かべる彼女は心なしか肌つやが良くなっている。一方の竜崎は…。


「疲れた…」


―手が痛いな…。ほら、怪我治してやるからこっちむけ―


かなり疲労している様子だが、倒れることなくしっかりと足で立っていた。

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