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33話 とある村④

結局、ベルンは明日まで地下牢に入れられることになった。さくらとメストは、洗脳魔術を解くために魔法陣の上に座らされている彼の見張りをしていた。


「ベルンさん、大丈夫ですかね」


座りこむというよりも、力なくへたり込み顔も体も魂が抜けたようになっている彼の姿が若干不安になるさくら。メストはそんな彼から目を離さぬまま、教えてくれた。


「一度深く洗脳、魅了された人の解呪は難しいんだ。リュウザキ先生の言葉を借りれば『術が魂に絡みついている』らしくて。こればかりは時間をかけるしかないんだよ」



「そういえば、生贄だったあの人を気にかけていましたけど…」

メストの睨んだ通り、昼頃見かけた虚ろな青年は生贄という事情を抱えていた。さくらにそう聞かれ、彼女は胸の内を明かした。


「あの時の彼の目、昔の僕達と似ていた。追い詰められ、全ての希望を捨て去った目。幸いなことに、村の皆から嫌われていたわけじゃないからすぐに立ち直れはするだろうけど…」


過去に何があったのか。どう聞けばよいか迷っていたさくらだったが、それに気づき、メストは自ら過去を語り始める。


「僕の祖父は先の戦争の時、魔王側についたんだ。領下の人を徴兵して幾百、いやそれ以上の人達を戦地に送った。父や母も祖父の暴虐を止めきれなかった。祖父は戦禍の中で死に、戦争終結後に反乱が起きて責任を背負う形でアレハルオ家は領主の座を降ろされた。その後は酷いものでね。僕は生まれてからずっと監視の目の中、誰にも心を開かれず、開けず、友達といえるのは、祖父側についていた人の子供達ぐらい。少し道を歩けば石を投げつけられ、大人はそれを黙認する。そんな有様だったんだ」


一息にそう話し、彼女は息をついた。


「でもあの子はそこまでではないし、先生が向かってくれたから大丈夫さ」





竜崎はその青年の元を訪れていた。元より誰も望まぬ出来事、彼の家には何人もの人が詫びをしにきていた。


彼の親は、竜崎の姿を見ると崇めるように泣き崩れた。


「リュウザキ様、ありがとうございます!貴方様のお力がなければ息子は…!」


「お礼はうちの卒業生達に言ってください、あの子達が発見しないと助けることもできなかったのですから」


竜崎は青年に面会を求める。彼の両親は少しだけ迷う素振りをみせたが、受け入れてくれた。


彼は自室にいると聞き、案内された部屋にノックをする。


「竜崎だ。少しお話したいんだけどいいかい?」


扉が開けられ、中から青年が姿を現す。


「中に入っても大丈夫?」


コクリと頷く青年。それを確認し、竜崎は彼の部屋に足を踏み入れた。



「助けられてよかった。どこか痛むとかはない?」


「はい、特に」


一応ニアロンによって体が調べられたが、縛られた際の縄跡程度で怪我等は特に見当たらなかった。


「お祭りの最中に君の友達の女の子に会ったんだけど、彼女にはもう会った?」


「さっき会いに来てくれました。泣かれちゃいまして…」


聞くと女の子に泣きながら抱きしめられるやら、何十人もの大人から頭を下げられるわで気恥ずかしくなり逃げるように部屋に逃げ戻ったらしい。


「いい友達を持ったね」


とりあえずは愛されているようで安心。そこまで気を揉む必要はなさそうかな、と皆から邪険にされ責められるという最悪の事態を想定していた竜崎は胸をなでおろした。


友達、という言葉に反応したのか、青年は小さな声でつぶやいた。


「ベルンの奴、なんで…」


彼に生贄にされたことが受け入れきれないのだろう。と、ニアロンがフイっと言葉を投げかけた。


―悩んでいるんだろう?理性と報復心の狭間で―


唐突に核心をつかれ、怯む青年。ニアロンは宥めるように言葉を続けた。


―罪もないお前が命を落としかけたんだ、その気持ちは当然のもの。私達に隠す必要はない―


「彼に会いに行くかい?」


竜崎の提案に青年は迷うように、けれどしっかり頷いた。



「まだ解けてないのか。よほど深いな…」


青年をつれ地下牢に戻ってきた竜崎は眉をひそめた。洗脳は予想以上に強くかかっているらしい。

さくらとメストを下がらせ、青年を牢の前に案内した。


「あいつ、何をされてるんですか…?」


「今、洗脳を解いている最中だ。かけられていたのは自らの欲求を増大させ、敵無しにさせる魔術でね。かつての戦争の際、兵によくかけられていたものなんだ。この様子だと目が覚めるのは明日になるだろう。どうする?」


竜崎は暗に報復の真意を問う。青年もそれを理解していたのか、手を握りしめベルンを睨む。が、すぐに力を抜いた。


「…いえ、止めておきます。ベルンは悪いやつではないんです。少し鼻にかかった物言いはしますが、よく村の皆を気にかけてくれていました」


自らに降りかかった悪意を知ってもなお、友人であるベルンを案じる青年。そんな彼の背を優しくさすり、竜崎は称賛する。


「君はできた子だ。真実を知っても怒りに身を任せることなく考え、案じ、許すことができる。それが出来る人はそうはいない。その心、大切にしてくれ」


青年は帰るまでずっとベルンのことを見つめていた。




青年を家に送り届けた後、再度地下牢に戻ってくると調査をしていた卒業生2人が報告に来ていた。

「先生、やはり周囲に魔術士らしき痕跡は残っていませんでした」


「そうかー、少し気にかかるが仕方ないな。2人ともありがとう。部屋をとっておいたからゆっくり休んでね。さくらさんとメストもお疲れ様、ゆっくり休んで。明日は万水の地に行くけど疲れてたら宿で寝ていても構わないよ」


彼の言葉に甘え、宿に戻る4人。さくらが帰り際に振り返ると、なぜか竜崎だけベルンの牢の前に腰を落ち着けていた。


「竜崎さんはどうするんですか?」


「私はここで彼を見てるよ」






夜もかなり更けた頃、とはいっても地下牢では時間がわかりにくいが。魔法陣が消え、洗脳が解けたベルンが目を覚ました。


「う…ここは…?」


「正気を取り戻したかい?ベルン」


ベルンが顔をあげると牢の外には竜崎が座って待っていた。


「どうだい、全て覚えている?」


「はい…。リュウザキ様。私はなんて取り返しのつかないことを…」


竜崎は牢の鍵を開け、自ら中に入った。


「横、失礼するよ」

彼もベルンと同じように地面に座る。


「お腹空いていないかい?宿の女将さんに都合してもらったんだ」

彼はバッグからおにぎりや果物をひょいひょいと取り出す。


「お腹が減るとつい悲観的になっちゃうからね。反省や贖罪は食べた後、冷静になってからすればいい」


はいどうぞ、とベルンにおにぎりを渡す。ニアロンにも渡した。


―お、これは美味いな。魚の煮つけ入りか―


「二アロンごめんね、結局ずっと隠れてもらっていて」


―気にするな、いつものことだ―


ベルンもそれを見てようやく口をつける。


「リュウザキ様…」


「ん、なんだい?」


果物の皮をしゃりしゃりと剥きながら返事をする竜崎。


「私は殺されてもおかしくない罪を犯してしまいました。なぜ守ってくださったのですか」


「守れてはいないよ。結局のところ追放と変わらない。君としては死んだほうがマシな気分かも知れない、だがそれは体のいい責任逃れだ。魔王軍に入るまでは手伝えるが、その後村に戻り皆に受け入れられるかは君の努力次第だよ」


だけどそうだな、強いて言うなら、と竜崎は剥いた果物を人数分に切り分ける。


「傷んだ果物はその部分さえ取り除けば美味しく食べることができる。人も同じく、悪いところを排除できればまともになれるさ。残念ながら元通りとはいかないけどね。それに君は正確には腐ったわけではなく、悪漢に傷つけられたようなものだ。傷がついた果物のほうを責める農家はいないさ」


そういうと、竜崎はシャクリと果物を口にした。





「さて、腹も膨れたところで聞かせてくれないか。魔術士のことを」


ベルンは竜崎のその言葉を合図にポツリポツリと語りだした。


「姿は、覚えていません…。いくら思い出そうとしても、靄がかかったような感じになって…。年齢も背丈も種族も何一つ…」


記憶阻害の魔術でもかけられていたのだろう。彼は靄を払うように頭を振り、話を続けた。


「あの魔術士は裏の森で魔術の練習をしている時に声をかけてきました。彼が魔術を教える報酬に求めたは食事と宿、少量のお金のみでした。その程度でしたら私でも払えますし、父上も拒むことはなさりませんでした。 …恥ずかしい話ですが、私が魔術を練習していた理由は、あの子の気を引くためでした。それを知った魔術士は提案をしてきました。『あの女の子と仲の良い男を排除すれば次はお前に思いを寄せるだろう』と」


ベルンは自虐するように息を吐いた。


「馬鹿げてますよね…。そんなことして許されるはずはないのに…。ですが、あの時の私は信じてしまったのです。邪魔者は殺せばいい、それが最高に正しい方法だと。魔術士は、ただ殺すのでは面白くないと、魔術を込めた札を何枚か渡してきました。天候を局地的に悪化させる強力な魔術がかけてある、魔神の怒りとして使えば皆信じるだろう。ただし一度起動したら最後、札を血に浸すか雲を晴らすまで止まることはない、と。それで魔術士はどこかに立ち去りました」


それを聞いたニアロンは顔をしかめる。


―血で止まる魔術か。ずいぶんと悪趣味だな―


「ん?ということはまだ血に濡れていない札をもってる?」


鱗の裏から出てきたのは全て血に濡れた札、ということは今日の分が残っているはずだった。


「はい。もしもの時を考え、杯が血で満たされた後に浸すつもりでした」


ベルンは頷き、ポケットから一枚の札をだす。既に雷雲は消え去っているため、札は効力を失っていた。竜崎は魔術士への手がかりとしてそれを貰う。


「ありがとう、よく話してくれた。そうだ、1つ約束をしてくれるかい」


労いつつ、そんなことを言い出す竜崎。ベルンも何を言われるのかと身を硬くする。彼の約束というのは至って当然の、しかし彼の過去を知る者には説得力が内容ものだった。


「生贄になったあの子に誠心誠意謝り、向き合ってほしい。生贄になるのは相当な覚悟がいるんだ」

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