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29話 いざ、魔界へ

「準備って何をすればいいんですか?」


とりあえずケーキをご馳走になってから寮に戻ってきたさくらは、メルティ―ソンにお礼を届け帰ってきた竜崎にそう聞く。


「2、3日分の服と武器、後は薬とかあればかな。荷物はなるべく少なめにね、竜が飛べなくなっちゃうから。あ、あと動きやすい私服に着替えてね」


小さなバッグにごそごそと荷造りをしながらそう答える竜崎。


―これを忘れるなよ―


と、そこに二アロンが持ってきたのは男物の水着。


「泳げるとは限らないぞ」

竜崎はそれを受け取ると、渋々荷物に詰めた。


「二アロンさんの水着はないんですか?」

確か泳ぎたがったのはニアロンの方、しかし彼女が渡したのは竜崎の水着のみ。さくらはそれが気にかかった。


―忘れたか?さくら、私は服を自由に着替えられるんだぞ―


そう言うとニアロンは光輝く。着ている服を水着に替え、見せびらかす。


―清人が泳いでくれないと私も沖で泳げないからな―


「浅瀬で満足してくれないかな…」


竜崎は面倒そうに溜息をついた。




「私、水着買ってないです…」


ニアロンに感化され、さくらも泳ぎたくなってしまう。だが竜崎は本来の目的を再度伝えた。


「遊びに行くわけじゃないよ。調査に行くんだからね」


そうだった、少し残念がるさくら。しょんぼりする雰囲気を感じ取ったのか、竜崎は一応フォローする。


「まあ未開の地に行くわけじゃないし、水着は多分売ってるよ」





「リュウザキ先生。ご用意はできております」


太陽が沈み、月も上がった頃、竜崎とさくら、そして合流したメストは調査隊の発着所に集まっていた。王から命令が下っていたらしく、職員によって一回り大きい頑強な竜が待機させられていた。


「あれ、メスト先輩翼を…」


彼女も私服を着ていたが、学園服と違い翼を出している。


「これかい?学園だと他の子の邪魔になっちゃうから仕舞っているんだ。でも今から飛ぶし、畳まなきゃね」


そういうと翼を服に仕舞いこむ。やっぱり背中にはそれ用の穴があるらしい。




「どのくらいかかるんですか?」


前に竜崎、後ろにメスト。真ん中に挟まれたさくらはふとそんなことを聞く。


「えーと、途中乗り換えもするから。半日は空の上だね」


「なんか海外旅行みたいですね」


率直な感想を漏らすさくら。それを聞いた竜崎はフフッと微笑む。


「言うなれば界外旅行かな。…いや旅行じゃないって」



手綱をひと振り、竜は高らかに鳴き飛び上がる。以前ゴスタリアに飛んだ際の竜よりも数段速いその速度。ニアロンが障壁、「魔法の揺り籠」なるものを張ってくれなければ吹き飛んでいただろう。メストはその障壁に包まれながら嬉しそうに笑う。


「先生と調査に出向くとこれが有難いです。僕の腕だと、折角特急竜を借りても性能を活かせ切れませんから」


―礼は私に言うべきじゃないか、メスト?―


そう不満を露わにするニアロンであった。




景色は目まぐるしく変わるが、ニアロンのおかげで快適な空の旅。


「ふわぁ…」

夜の出発ということもあり、眠くなるさくら。移ったのかメストも欠伸を噛み殺している。


「まだ先は長いから二人とも寝ときなさい。ニアロン、頼む」


彼女が障壁を弄ると、さくら達の背にリクライニングシートのようなものが出来上がる。それに寝ころぶと気分は完全に飛行機旅行だった。





「おーい、さくらさん。起きてー」


「ん、んむぅ…。はっ!」


さくらが目を覚ますと、いつの間にか竜は地面に降りていた。呼んでいたのは竜崎である。


「ここで乗り換えるよ」


どうやら駐屯地を兼ねる村に降りたらしく、厩舎付き集会所の敷地内だった。


「はい、降りて体をほぐしてね。足は特に」


言われた通りぐっぐっと体を伸ばす。先に降りていたメストは翼も大きく広げて全身をストレッチしていた。


「そうだ。さくらさんこっちに来てみて」


火の精霊を灯り代わりとした竜崎にそう呼ばれ、さくらはを建物から少し離れた場所に案内される。


「ここから先が魔界だよ」


竜崎が指さした先に境界線として敷かれていたのは、子供でも簡単に乗り越えられる程度の柵。少し拍子抜けしているさくらに竜崎が説明する。


「昔は結構大きな壁が立っていたんだけど、和平条約の際に取り壊されたんだ」


「ベルリンの壁みたいですね…」


「お、懐かしいそれ」



休憩を済ませた竜崎達は、新たな竜に乗り換え再度空へ。


暗闇のせいでよく見えないが、魔界側にも今まで飛んできた風景と特に変わらぬ世界が広がっている。


「ここらへんはまだ境目だから、奥に進めば進むほど変わるよ。ここからは空気中の魔力量が増えるからね。もし体調が悪くなったらすぐに言って」


竜崎はそう忠告をして、竜を走らせた。




日が上がり始め、土地の詳細な様子が見えてくる。地面や草木の色が毒々しい。しかしその割に青空と太陽は人界と変わらないという景色に、さくらは変な夢でも見ている気分になった。



「ちょっと寒いです…」


ある程度飛んだところで急に肌寒くなり、さくらは身震いをしてしまう。


「万水の地がだいぶ近づいたからね」


竜崎は竜の速度を下げ、バッグを探る。取り出したのは一枚の上着だった。


「はい、これどうぞ」


着てみると羽根のように軽く、素晴らしく暖かい極上の一品だった。なるほど、この軽さならば竜も重量を感じない。竜は重さを感じないだろう。



「さて、どこに降りようか。直接村にだと不審がられるしな」


着陸地点を考える竜崎にメストが手を挙げる。


「では僕の家に。敷地は存分にありますから」


「それが一番良さそうかな。そうさせてもらうね」



山の中腹部。メストの家はそこにあった。さくらは思わず声をあげる。

「わっ!すごい!」


そこに建てられていたのはまるで貴族や領主が住むような豪邸だった。


「…あれ?」


だが、この豪邸、なにかおかしい。全体的に古ぼけ、一部は無残に崩れている。庭かと思った場所は全て畑であり、収穫の真っ最中だった。


竜が降り立つのを見て、畑仕事に勤しんでいた人々が寄ってくる。その内小さい子達がメストに飛びついてきた。


「わぁ!お姉ちゃんまた帰ってきたー!」


弟や妹達だろうか。抱きついたり手を引っ張ったり周ったりとはしゃいでいる。メスト自身も楽しそうだ。


「リュウザキ様! ようこそおいでくださいました!」


今度は壮年の男女が走り寄り平伏しようとする。その様子から、メストの両親らしい。竜崎はそれを慌てて止めた。


「いえいえいえ!すみません突然お邪魔してしまいまして」



少しの歓談を済まし、竜崎は竜を停めさせて欲しい旨を伝えた。彼らは快諾してくれた。


「ありがとうございます。助かりました」


「それだけで宜しいのですか? 是非お食事でも…」


「父様、今回は調査で来たんです!」

娘に叱られようやく引き下がるメストの父。もてなしが出来なくて少し不満そうであった。




「さて、あの山向こうだっけか」


別に聳える山を見やる竜崎。メストは平然と提案する。


「とりあえず登りますか?」


「うん。そうしよう」


ここにきて山登り!? 驚きを隠せないさくらだったが、すぐにその驚きは更新された。


「では、さくらさんは僕が。先生はお力を温存なさってください」


「大丈夫だよそんな心配しなくても」


竜崎がそう言っている間にさくらはメストにお姫様抱っこをされていた。


「えっ! えっ!?」


そのままメストと竜崎は空中を移動していく。魔法陣を足場代わりに作り出し、メストは翼も利用しながらあっという間に山頂についてしまった。





「あの村です」


「じゃあ偵察と行こうか」


またもバッグを探る竜崎。取り出したのは二つの望遠鏡だった。


「はい、二人とも」


渡された望遠鏡で村の様子を見てみる。結構な距離があるはずなのにくっきりと見えた。倍率を最大にすると歩いている人の顔まで見えてしまう。


ちらりと竜崎の方を見てみると、彼は杖を取り出し先に空いた穴から覗いている。そんな機能もあるらしい。


「お祭りの準備中だね」


竜崎が呟いた通り、確かに村の至る所に飾りが取り付けられている。屋台の設営をしている村民の姿もちらほら見られた。


「先生、あれって」


メストが何かを見つけたようだ。そちらの方に目を向けてみると、仮設された儀式台が見える。そこには


薪が積み重ねられており、手前には大きな鱗が安置されていた。


「あれって水の上位精霊の『ウルディーネ』の鱗では?」


「間違いないね。なんだってあんなものを? 様子からして雨乞いでもするのかな」


「え、あの方法で雨降るんですか?」

思わず聞いてしまうさくら。竜崎は首を振る。


「いや降らない。あの雨乞い方法は迷信だよ」


メストも首を捻っていた。

「そもそも雨は僕が帰省していた時にも降っていましたし、『万水の地』の近くですから水資源は潤沢です。一体なんで…?」


と、竜崎は杖から目を離し、メストに問う。


「メストは顔、割れてる?」


「はい、ある程度は」


「となると私だけ隠れても無駄か。いいや、普通に正面から行こうか」


そう言うと山を下り始める竜崎。さくら達もそれに続く。一体何が待ち受けているのだろうか。







竜崎達が見ていた村、そのとある地下牢。そこには囚われている男女の姿があった。


「手紙届いたかしら…」


不安そうな女性。男性はそれを励ます。


「あの嘘が通ったならばきっと送ってくれたさ」


「お願い。先生間に合って…」


悲痛な願いはただ牢内に木霊するだけだった。

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