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27話 召喚術講師 メルティ―ソン

「召喚術を学びたいの?」


翌日。昨日のメストの薔薇魔術が忘れられないさくらは竜崎にそう申し出ていた。


―確かにメストの薔薇は召喚術だな。魔力で生成した造花だが、実によく出来ている―


「じゃ、まずは基礎から教えようか、研究室に行こう」


竜崎がそんな提案をした時、彼のもとに職員が駆け寄ってきた。


「リュウザキ先生、王宮からのご連絡です。至急登城するように、と」


「なにかあったのかな。丁度いい、さくらさんも王城に行ってみる?」


そう言う竜崎を職員が残念そうに制した。


「いえ、それが。リュウザキ先生のみで、と書かれてまして…」


「えー? どれどれ、本当だ。仕方ないな…。一昨日みたいに誰かの授業に入れてもらうしかないかな」


そう頭を捻る竜崎の元に声がかけられた。


「どうかなされましたか…?リュウザキ先生」


そこに現れたのは片目を髪で覆った若き女性召喚術講師、メルティ―ソン。彼は事情を説明する。



「あ、あの。私が教えましょうか?一応専門ですし…」


「ごめんね。お願いしていい?」


「はい。午前は授業がないので一対一になりますけど…」


「え、いいの?」

まさかの提案。申し訳なさそうな竜崎にメルティ―ソンは心中を明かす。


「何もしないとつい寝ちゃって…。私としてもさくらさんが来てくださると有難いです」

これまたまさかの理由。ともあれ渡りに船、彼女に頼むことにした。



と、いうことでさくらはメルティ―ソンの元を訪れていた。職員室の他にも各講座毎に倉庫兼用の研究室という部屋があるらしく、そちらのほうに案内された。


「えっと…。では宜しくお願いします、さくらさん」


ペコリと頭を下げるメルティーソン。部屋は意外と狭く、彼女以外の教員は居なかった。丁度出払っているらしく、さくらとしてもそれは少し有難かった。



「まずは基本から行きますね…?召喚術はその名の通り、何かを召喚する魔術です。色々な魔術に応用されていますから、位置づけとしては基礎魔術の一つです。召喚術には2種類ありまして、誰かを呼び出す術、その場で作り上げる術があります」


そう言葉を切ると、彼女は目の前に2つの小さな魔法陣を作り出す。片方からは妖精、もう片方からは消しゴムサイズのゴーレムが呼び出された。


「例えば死霊術、使役術は前者。ゴーレム術などは後者に当たります。簡単に言っちゃうと、自分の意志を持つものは呼び出し、ゴーレムみたいな操り人形はその場で作り出す…です」



妖精は微笑みながらさくらにピースをし、メルティ―ソンの頭の上で寝転がり始めた。一方のゴーレムはピクリとも動かない。


メルティ―ソンが指で机をコンコンと突く。するとゴーレムはまるで命が吹き込まれたかのように動き出した。彼女の指の動きに合わせ、踊り始める。妖精はそれを見てゴーレムの手をとり一緒に踊り始めた。2人揃って決めポーズをとった後、ゴーレムはまたもや動きを止める。


「ありがとう」


メルティ―ソンは妖精を労う。妖精は彼女の頬に口づけをし、手を振りながら消えていった。同時にゴーレムも消えて無くなる。さくらは思わず拍手をした。



照れくさそうにするメルティ―ソン。誤魔化すように講義を続けた。


「リュウザキ先生が専門としている精霊術は特殊で、両方の性質を持っているんです」


どういうことなのか。メルティ―ソンは団扇を持ってきて扇ぎ始める。起きた風に魔術をかけると、小さな竜巻状の小さな精霊が幾つも現れた。


「わっ!」


「こんな風に人為的なものでも、魔力と各属性の力があれば作り出すことは可能なんです」


「じゃ、じゃあ息でも?」

さくらの問いにこくりと頷いた彼女は唇に指を当て、ふうっと息を吐く。これまた小さな精霊が現れた。


「わあ!」


ここまで喜ぶ生徒は珍しいのか、純粋に目を輝かせるさくらを彼女は楽し気に見つめていた。


「上位精霊などの意志を持つものは基本呼ぶんです。精霊なので作り出せないわけではないんですが…膨大な魔力が必要になります。例えばサラマンドだったら火山一つ分の力が」


そう言われ、ゴスタリアでの一件を思い出す。確かに竜崎はそうしていた。


彼女はもっと精霊について教えようと意気込んでいたが、ふと何かに気づいたようでピタリと止まる。

「精霊術はリュウザキ先生のお株ですし、私が教えるなんて出すぎた真似ですね…」


彼なら寧ろ「いいんじゃない?」とでも言いそうなものだが。とはいえ確かに今回の主旨からはズレてきている。さくらは召喚術の基礎を学びにきたのだった。


気落ちする彼女をなんとか励まし、上手く誘導するのはちょっと面倒だった。



「すみません。変なことを…。誰かを呼ぶ召喚は難しめなのと、召喚してから更に一手間があるのでとりあえず置いときますね。作り出す召喚術の方から教えます」


その時、扉がコンコンとノックされる。入ってきたのは一人の男性教員だった。手には紅茶一式セット。


「2人とも休憩しましょ~」


聞こえてきた声は男声ではない。女声よりの声質。そして独特の口調。もしかして…。


「グレミリオ先生。授業は終わったのですか?」


「終わったわよ。暫く休憩時間ね~。はい、どうぞさくらちゃん」


カップを手渡される。


「あ、はい、ありがとうございます。なんで私の名前を…」


「あらやだ。そういえば初対面だったわね。私、グレミリオ・ハーリー。オカマよオ・カ・マ。メルティちゃんと同じく召喚術講師をしているわ」


よろしくね。とウインクするグレミリオ。


「結構な噂になってるわよ、来て早々練習場に大穴空けた子がいるって。昨日の魔猪退治にも一役買っていたことも聞いたわよ~」

やるわね!と褒められる。それは嬉しいが、あの練習場の一件は意外と広まっているようだ。少し気恥ずかしい。




メルティ―ソンにつきっきりで教わり、グレミリオからもちょこちょこアドバイスをもらってさくらは短時間でかなり上達してきた。


「えい!」


詠唱し、念じる。魔法陣からは綺麗な桜の花が作り出された。


「あら綺麗な花!」


「すごいですねさくらさん。もうここまで使えるようになるなんて」



丁度鐘が鳴り、それを契機に特別講義は終わりを告げた。

「ではとりあえず今回はここまで。何か質問はありますか?」


「あの、魔術と関係ないんですけどいいですか…?」


「? はい?」

さくらはずっと気になっていた。以前風呂場では髪を上げていたのに、今は髪を降ろして片目を隠している。ただのファッションなのか。


それを聞くと彼女は思わず目を抑える。


「あら、さくらちゃん。メルティちゃんとお風呂に入ったの?いいもの見たわねぇ」


私が代わりに説明しようか?と買って出るグレミリオ。恥ずかしがるメルティ―ソンはこくりと頷いた。


「メルティちゃんの片目は魔眼なのよ。『愛眼』といってね。本来サキュバス族が得意とする魅了魔術の変異版。見つめた相手と心を通わすことができるのよ」


魔眼―。睨まれるだけで石になるとかいうあれ? そんな危ない代物だったとは。思わず少しだけ引いてしまう。それを見てグレミリオは笑う。


「そんな警戒しなくてもいいわよぉ。力を籠めなければ普通の目だもの。能力も『心と心で会話できる』というものだから安心なさいな。暴発が怖いからって髪を降ろしてるんだけど、可愛い顔が隠れちゃうのは残念なのよね~」


「じゃあメルティ―ソン先生は魔族なんですか?」


「違うわよぉ、人間よ。ま、強く魔力籠めれば魅了も可能みたいだからサキュバス族よりも優秀かもね」


それを聞いて一安心なさくら。だが面白くないのはメルティ―ソン。必要以上に自分の秘密を暴露された腹いせか、半分自棄気味に彼女は聞いてくる。


「さくらさん、異世界の話聞かせてください!」


ブゥッ!


妙な異音が響く。見ると、グレミリオがお茶を吹き出していた。ゲホゲホと咳き込む声は男声に戻っていた。


「そうなの…?貴方、異世界出身なの?」


ようやく落ち着いた時にはもう女声に戻っていた。流石である。


その後しばらくは2人に質問責めにされ、先程の講義よりも疲弊してしまうさくらだった。


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