22話 賢者の力
「頭痛い…」
次の日、竜崎は完全に二日酔いだった。宴席では酒を一滴も飲んでいなかった彼だが、ニアロンから受ける影響は強く、グロッキー状態である。当のニアロンは竜崎の体に引っ込み爆睡しているらしい。
「ニアロンさんを止めたりしないんですか?」
竜崎を労わりながらさくらは聞く。
「あんまり小言を聞いてくれなくてね。あと、あいつが楽しく飲んでいる姿を見るのが楽しいんだ」
頭痛を堪えながらも彼は朗らかに笑う。さくらにはよくわからない感覚だが、少なくとも2人の間に信頼関係があるのだけはわかった。
と、街の方から学園の生徒が走ってくる。
「リュウザキせんせーい!」
「どうしたの?」
「酔っ払いが暴れてて…。大通りを占拠しているんです」
「こんな朝早くからか。仕方ないな、止めに行くよ」
生徒達に引っ張られ、着いた場所にはなるほど、10人ほどの酔っ払いが武器を振り回している。
「俺らは昨日魔熊の巣を幾つも潰してきたんだぞぉ!どっからでもかかってこうい!酒持ってこうい!」
戦士の一団全員が快勝祝いがてら夜通し飲んでいたのだろう。止めるメンバーはいなかった。街の人は距離をとり、通報を受けた騎士も上手く近づけない様子だった。
「これは酷いな」
そう言い、竜崎が一歩踏み出すと、反対側から老人が彼らに近寄っていった。
「あれ、賢者の爺さんだ。丁度いい。みんな、賢者様のお力が拝見できるぞ」
足を引っ込め完全に傍観者となる竜崎。いくら賢者といってもあのご老体をほっといて良いのか、さくらは不安だったが、周囲の様子を見る限り杞憂のようだ。周囲がザワザワと騒ぎ出す。
「賢者様だ…!」
「ありがたい…!解決したも同然だ…!」
「これこれ、皆の迷惑になっておる。お止めなされ」
賢者はまず優しく諭した。しかしそう言われて聞く酔っ払いではない。目の前にいるのがあの賢者とわからないぐらいには正常な思考能力を失っていた。
「なんだジジイ、邪魔だ!」
容赦ない蹴りが賢者に向かって飛ぶ。しかし、彼は平然とそれを片手で掴む。
「なっ!?」
「ほいっとな」
掴んだ足を引っ張り転ばせる。その勢いで武器がすっぽ抜け宙を舞うが、賢者がもう一方の手でそれを掴むような動作をとると不思議なことに武器は宙に浮かんだまま静止した。
「酔い覚ましには水の摂るべきじゃの」
パチンと指を鳴らす。すると快晴の空のどこからともなく、酔っ払い達の頭上にピンポイントで滝のような水が降りかかった。
「ガボガボガボ!」
「ゴボォ、つ、冷た!ガフッ!」
突然の水流爆撃に溺れかける酔っ払い達。水は数秒で収まった。
「さて、冷静になったかの?」
悪戯気に聞く賢者。残念ながら怒りを付与しただけのようだった。
「「「何しやがる!」」」
他の場所を向いていた連中も一斉に賢者に襲い掛かる。それでも彼は落ち着いていた。いや、寧ろ楽しそうだった。
「ホッホッホ」
今度は足を少し持ち上げ、パタンと地面を打つ。目の前の地面に大きな魔法陣が描かれた。
「あん? うわ、ああああ!」
「なんだこりゃああ!」
酔っぱらい達が足を踏み入れた瞬間、その体が浮き上がる。次々と空に浮き、屋根より高い位置で止められていた。
「そうれっ」
手に掴んでいた一人もぶん投げられ、暴れていた全員が浮遊させられた。続けざまに賢者はその塊を両手で包み込むような動作をとる。すると空中の彼らを魔法陣が包み、玉のような見た目になった。
「ほいっ」
手の上の架空の球を回転させる。それに呼応して酔っ払いの球も凄い勢いで回転し始めた。
「ぎゃあああああ!」
「やめてくれえええ!」
「ごめんなさいいい!」
よほど怖いのか、下にいるさくら達にまで悲鳴が聞こえてくる。
「このぐらいでいいじゃろう」
賢者は酔っ払い達を地面に降ろす。ようやく解放された彼らはその場でへたり込んだ。
「これで懲りたかの?」
「はい…もう飲みません…」
「それが本当なら良いんじゃがの。さて―」
騎士をちょいちょいと手招きする。小走りでやってきた彼らに賢者は取り上げた武器を渡す。
「吐かない程度には抑えたのでな。後はよろしく頼むぞい」
「はっ!ありがとうございました!」
騎士の敬礼と人々の感謝を背に受けて、彼は学院へ向かう。当然そちら側から来た竜崎達とかち合った。
「賢者様。お見事でした」
「おぉリュウザキ、いたのか。生徒だけの時は敬語じゃなくて構わんじゃろ」
「もう癖になってしまいまして…」
弁解をしながら頭を抑える竜崎。それをみた彼は苦笑い。
「しょうがないのう。頭をこっちに寄せい」
言われた通り頭を近づける竜崎。賢者は彼のおでこに指をあてた。
「ほれ、治してやったぞ。ニアロンはどうするかの?」
「おー。すっきりしました。ありがとうございます。あいつはまだ寝てますし、いいですよ。私が治しときます」
「そうかの。そいじゃ今日も一日頑張ろうかの」
ホッホッホと笑う賢者。竜崎に隠れながら様子を見ていた生徒達は興奮した様子で飛び出した。
「すげえ賢者様!どうしたらそんなに魔術上手くなれるの?」
「あの空に浮かばせる魔術ってどんなの?」
その場に親や他の先生がいたらひっぱたかれて謝らされるほどの敬語の無さだった。しかし竜崎は止めない。賢者がそんなことを気にしない人だと知っているからだ。
「そうじゃのう、日々の研鑽は必須じゃな。よく休み、よく練習をするのがよいぞ。あの魔術は浮遊魔術の応用じゃの。自分にかけるのじゃなく、魔法陣にかけることで相手に効くんじゃ」
彼は質問してきた子供達の頭を撫でながら答える。あの実力、そしてこの好々爺ぶり。さくらは彼が慕われる理由がわかった気がした。




