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12話 竜崎を追え

「そこの角を曲がった!」

「ばれないように静かにね」

「もっと詰めてよー」


竜崎を追い、巨大図書館を挟み学園の反対側に位置する研究施設、通称『学院』に来たネリー、モカ、アイナ、さくら、そして監督役のナディ。学園に所属する人は学院にも出入り自由らしく、特に問題なく忍び込めた。


追ううちにスパイ気分になってしまった3人とさくらは、身を寄せ合って壁に張り付きながら彼の動向を窺っていた。邪魔しないように少し離れているナディの呆れた顔や、学院職員に面白がってみられていることには気づいていない。



ある広間にたどり着いたところで急に竜崎の姿が消えた。慌てて追いかけてみるも、既に広間内には姿はなかった。


「見失っちゃったー…」


「モカ、先生の後追えない?」

そう頼まれ、モカは帽子をとる。ぴょこんと覗かせた耳はあちらこちらへと向きを変えて音を探っていたが、残念そうに報告する。


「だめ。音が多いし、反響していてわからない」


「そっかー…どうしよう」




「あれ、さくらさんとナディさん…?」


急に話しかけられさくらは振り向く。そこにいたのは髪で片目を隠した女性だった。


誰だっけ…と記憶を探るさくら。ナディは面識があるようで挨拶をする。


「メルティ―ソン先生。こちらのお仕事ですか?」


「はい。調査隊の報告関係で呼ばれまして…」


その名前は聞いたことがある。お風呂で質問責めにあわされ、手料理を振舞ってもらった召喚術講師だ。あの時は髪をかきあげて留めていたため、パッと見ではわからなかった。


「あー!メルティ先生だ!」

3人も気づいたようで駆け寄ってくる。わちゃわちゃと取り囲まれて困惑したように彼女は問う。


「えっと…ネリーさんとモカさんとアイナさん。なんで皆さんここに…?」


「リュウザキ先生探しに来たの!でも見失っちゃって」


「今さっき調査隊の受付に向かっているのを見ましたけど…」


「え!それってどこ?」


メルティ―ソンが指さした方向は今来た道とは真逆。


「じゃあ先生も道を間違えていたってことかな?」

「先生なのに?変なのー」


とりあえず彼女に礼を言い、教えてもらった方向へと進む一行。ふと、さくらはあることに気づく。


そちらに近づけば近づくほど人の服装が変わっている。先程の広間にいたのは動きやすい服装や、竜崎のようなローブを纏っている人がほとんどだった。しかし調査隊受付という場所に近づくに連れ、鎧を着込んだ兵士や戦装束を着た戦士が増えてきた。窓の外には武器の調整を行っている弓兵や杖で詠唱練習をしている魔術士の姿もあった。回復薬等を売り歩いている人とも遭遇した。移動用であろう馬や竜には鎧が付けられているのも確認できた。


ようやく受付らしい広間に出てみると、そこには様々な種族の人がいた。特に年齢は幅広く、さくら達と同じ歳と思われる人から、精悍な体つきの青年や髭を蓄えた老人まで老若男女様々な人物がいた。意気盛んな雰囲気が漂う様は、まるでギルドの待機場所のようだった。


「おー、ここが調査隊の…!」


「すごい、熱気に溢れている」


「私たちも、もしかしたらここにくることになるのかなー?」


昨日賢者に会いに行った酒場よりも武装した人物が多い広間に思わずたじろぐさくら。ナディが説明をしてくれる。


「ここは調査隊の待機場所なんです。この世界には未だ解明されていないことが沢山あって、それを調べるために各地に派遣されるのが調査隊なんです。色々と危険なこともあるので、傭兵の方々に付き添って頂いているんですけど、ここはその方達が準備や休息をとる場所も兼ねているんですよ」



「お嬢ちゃん方、学園の子かい?」

と受付職員が話しかけてくる。


「見学かい?それとも調査隊参加予定?」

あちらこちらを楽し気に見回すネリーに代わり、アイナが尋ねる。


「リュウザキ先生を探しているのですけど、こちらにいらっしゃっていますか?」


「あの方なら先程書類提出にいらしてたよ」


「どこにいかれたかわかりますか?」


「んー。詳しくは聞いていないけど、確か賢者様に呼ばれているって仰っていたから学院中枢部に向かったんじゃないかな」


「ありがとうございます。行ってみますね」

「はいよー」


手を振る職員に頭を下げ、ネリーを引っ張り学院中枢部とやらに向かう。道はわからなかったが、ナディが道案内をしてくれたため、迷わず着くことができた。



「なに…ここ…?」

ついた広間の壁には、余すことなく得体のしれない呪文や魔法陣が描かれていた。空中にも呪文が沢山浮かんでおり、渦を巻いて消え、また浮かび出たりを繰り返していた。


そして最も目を引いたのは、広間中央部にある光輝く巨大な球体だった。


「これは…?」


「それは魔力の結集体での。ワシらの都合上、魔力消費が激しいから溜めてあるんじゃよ」

その疑問に答えるように現れたのは『賢者』ミルスパール・ソールバルグ。突然の大物の登場に姿勢を正すネリー達。


「学園の生徒かの。ナディちゃんとさくらちゃんがおるし、リュウザキを探しにきたのかの?」

初めまして、と3人に挨拶をする賢者。彼女達は慌てて深々と頭を下げた。ナディが代表して事情を説明する。


「お久しぶりです、賢者様。実はその通りでして。こちらにいらっしゃると伺ったのですが…」


「来る予定なんじゃが、まだ来ていないみたいじゃのう。最近魔力消費が著しいみたいじゃからの、ここからあげようと思って呼んだんじゃが」


彼は球体を横目にそう答える。すこし負い目を感じるさくらだったが、ネリー達が小さく手招きしているのに気づいて顔を近づける。


「さくらちゃん賢者様とお知り合いだったの!?」

小声だったが羨望が込められているのは充分にわかった。


「昨日、竜崎さんに紹介されて…」


「すご…!やっぱりさくらちゃんってとんでもない力を秘めているから学園にきたのかな!」


小さな声で憶測を巡らす3人。さくらは気まずかった。何かすごい力、例えば扱いきれないほどの魔力をもっていたりすれば胸を張れたのだろう。しかしそんなものはなく、ただ異世界から来たというだけの女の子とは言うことはできなかった。



「丁度、調査隊がとってきた遺物の鑑定をしていての、少し見学していくかの?」


「はい!ぜひ!」

ネリーが元気よく返事をし、とある部屋に案内される。


部屋の中は障壁が張られていた。その中には小型の石像や、古ぼけた武器、朽ちかけの紙が並んでおり、それを何人かの職員が魔術や道具を使って調べていた。


「この障壁より中には入れることはできんでの。すまないのう。何があるかわからなくての」

かぶりつくように鑑定の様子を見つめる3人とは打って変わって、ナディは賢者に質問をする。


「あの紋様、魔界のものですね」

「左様。魔界の、しかも世界暦2000年頃の物じゃろう。ちょうど魔術がエルフの国に伝わったとされる頃じゃの。何分正式な記録がないから正確にはどうかはわからんがの…」


さくらはその紋様に見覚えがあった。どこでみたのだろうか、と記憶をたぐると、思い当たるものがあった。


「あの鏡の紋様と同じだ…」

竜崎がマリアに渡した鏡には確かに似たような紋様が刻まれていた。


「鏡、か。リュウザキはあの鏡をさくらちゃんの武器にしたのかい?」

賢者に問われ、さくらは先程の武器について簡単に説明をする。



「ホッホッホッホ。面白い発想をするのぉ。リュウザキもマリアちゃんも。巨大な手鏡みたいな武器ということか。しかし、ちょいと心配じゃのう」


「もしかして、曰くとかあるんですか…?」

怖くなり、思わずそんなことを聞いてしまう。


「いやなに、そう大したことではない。魔界で戦っていた際に現地の人から礼代わりに譲り受けたものなんじゃが、貴重な宝扱いを受けていて、よく狙われていたらしいんじゃよ。まあリュウザキが高位精霊との闘いに使って勝って以来、界隈では宝というよりあの子の所有物扱いを受けているみたいじゃがの」




見学を終えて広間に戻ると竜崎が座って待っていた。


「来ておったか」

「えぇ。魔力は頂きました。ありがとうございます」


「気にするな、色々と入用じゃったのじゃろう。そろそろ日も暮れてきた。この子達を送っていきなさい」

「はい。これでなんとか精霊伝令が行えます。さ、皆、帰るよ」


3人を学院の外まで案内し、帰路につかせる。竜崎は賢者に言われた通り女子寮まで送ろうとしていたが、彼女達に止められその場で別れることになった。


「そうだ。さくらさん女子寮のほうに住んでみる?友達ができたみたいだし」


「そうだよ!一緒にいようよ!」

「私達は歓迎するよ」

「さくらちゃんなら皆とすぐに仲良くなれると思うよ」

3人は乗り気だったが、さくらはまだ少し怖かった。


「まあ王都に来たばかりだからね。もう少し慣れたらでいいと思うよ」

竜崎の言葉もあり、とりあえず断ることに。


「そっかー。んじゃまたねー!」

「今度は遊ぼう」

「先生、さくらちゃんに変なことしないでくださいね」


けらけらと笑って帰っていく彼女達を見送り、竜崎とナディは体を伸ばす。


「さて、私達も帰るか。ナディ、ありがとうね。どう?さくらさん。探検楽しかった?」


「バレてたんですか?」


「ニアロンがいるからね。気づいちゃった」


―思いつきで騙してみたが、まさかメルティがいたとはな―


笑いながらニアロンが出てくる。ナディはだいたい予測がついていたようで同じく笑っていた。



「ところで異世界からきたことは明かしたの?」


「いえ…なんか言うの怖くて。私、何もないし…」

才能なんかない自分が正体を明かしたところで期待の重圧に負けるだけだろう。そう半ば諦めた心持ちだった。


「そう?魔力容量は多いし、専用の武器も作ったし。みたとこ魔術の才もありそうだし、怖いものなしだと思うけどなぁ」


竜崎はそう言ってくれたが、その実感はさくらにはない。寂しい気持ちのまま帰路についた。


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