権力を奪取したレーニンが最初にした事とは
はじめに言いたいことを全て言ってしまおう。共産主義はゴミです。生まれてはいけなかった歴史の奇形児です。こんな醜い思想を高尚だと嘯いて周囲を見下す精神に心底吐き気がします。この救いがたい汚物を信じる人間がいまだにいるのですか? しかも日本にはその共産党よりも左に位置する連中が堂々と存在している訳です。コワッ!?
さてウラジーミル・レーニン。言わずと知れた共産主義国家ソビエト連邦の創始者で、アカ共にとって永遠の偶像のひとりだ。さて、この偉大なる革命家が最初にした事とは一体何だったのか?
《反革命・サボタージュ取締全ロシア非常委員会》の設立である。略称ヴェーチェーカー、チェーカーとも呼ばれる秘密警察組織である。そこで勤務する者はチェキストと呼ばれ、のちに作られる秘密警察組織であるKGBやGPUといった組織に属する者も同様にチェキストと呼ばれる。レーニンは「よきコミュニストはよきチェキストでもある」との言葉を残した。チェキスト共がしたことは、勿論、言論弾圧と血の大粛清だ。
日本で秘密警察というと戦前の特別高等警察(通称:特高)などが思い浮かぶだろうか? だがレーニンのこの組織はそんな生ぬるいレベルの組織ではない。チェーカーは令状なしに逮捕・尋問が可能。(ここまでは特高と同じ)そして裁判なしに処刑する権限があるのだ。ある日、レーニンがリストを渡され、書類を確認したという意味でバッテンを付けた所、即座にそのリストの人間は皆銃殺された。このような暴虐は勿論非難されたが、レーニンはその党員に対して「小さな過ちに泣きわめく心の狭いインテリ」などと言い放ったのだ。まっこと人命の軽い世界だ。
そう、人民を搾取と帝国主義からお救いになられた救世主様が最初に成したことは、人民を恐怖で縛り付ける事だったのだ。流石は謀略史観や唯物史観の持ち主である。信頼だの忠誠なんてあやふやなものは存在すら認めないという事だ。『恐怖』のみが確かに存在する非物質的存在である。彼はテロを賞賛し有効活用した。内戦終結後になってもテロは共産主義の原理原則であるとまで裁判所に手紙を書いている。
そもそも、レーニンをはじめ共産主義者が偏執的な独裁者になるのは別に不思議な事でも何でもない。まともな政治活動によって政権を取ろうと考えていない時点でそうなるのは当たり前なのだ。なぜなら扇動と謀略、テロルによる暴力革命で権力を奪取しようという究極の下剋上万歳思想だからだ。さて、この偉大な革命戦士たちに対して”信頼”だの”忠誠心”だのを期待する事が出来るだろうか? 優秀な教え子であればあるほど信頼だの忠誠を期待するのは無駄であろう。
よくアカ共は共産主義がうまくいかないのは”真”の共産主義で無いからだ~レーニンに帰ろうなどとほざく。「ふ~ん」としか言いようがない。はっきり言ってスターリンの方がまだまともである。この界隈の共産主義者にまともな人間などいない。”まこと”を実行した結果がテロと虐殺である。そしてそんな不穏分子しかいない以上は徹底的にシバキあげて統制するしかない。統制を緩める事は死を意味する。毒殺者は毒を恐れるの故事通りに謀略者は謀略を恐れ、極度の人間不信に陥りどんどん偏執的になっていく。
ぶっちゃけ、こんな流れはマキャベリが君主論を書く前から分かりきっているお定まりの話なのだ。彼らの社会は進歩的のうたい文句と裏腹に、権力構図は何もかもが前時代的だ。中世初期の暗黒時代そのものの御粗末ぶり。彼らの批判の常套句である封建社会以下である。
まさしくヤクザやマフィアそのもの。いや、自分を正義だとか思っている時点でヤクザ以下のゲスだ。かくも恐ろしい共産主義者どもだが、わが国にはこれより更に左の連中がいる。既に語ったように共産党は厳しい統制が布かれた政党だ。ソレはそこから更に弾けた連中である。キチガイという言葉すら生ぬるい超キチガイ。その名は『社〇党』
彼らとまともな対話が出来ると思わない方が良い。それは歴史が証明している。彼らは暴力革命して永久闘争を繰り返す事しか考えていない。ヘルシングの少佐辺りを更にどうしようもなくした存在である。彼らが『対話』を求める時はそれは俺の要求を100%飲めと言っているのだ。それ以外の回答に対しては『対話をするべきだ』と昔のRPGみたいに返してくる。そしてゲロを吐きたくなるほど自分にゲロ甘である。他人を殺しても革命の為だといえば許されると本気で思っているのである。そんな人間かどうかすら怪しい精神性のご同輩が野党代表にいたのだ。
彼らの国会での行動を見ていればわかる。彼らは議論の妨害ばかりしている。はじめから議論で何かを決める気など毛頭ないのだ。国会議事堂にいるより日本赤軍やISILと一緒にふっ飛ばされる方がお似合いのテロリスト。いやテロルすら保護されなければ出来ない似非テロリスト共である。彼らのお仲間が沖縄で何をしているのか見ればわかる。マスコミが自分たちを悪く報道しないと確信して好き放題している。
もっとも、この精神性が極まると全世界に中継されている前で堂々とクズ行為が出来るようになる。スケートのショートトラックの渡邊啓太選手の活躍をご覧になられたであろうか。二度も危険な妨害行為にさらされても予選2位で通過する素晴らしい活躍である。妨害行為をした北朝鮮の選手は何のためにあの場にいたのか? 試合中の妨害行為であそこまで露骨に行われた事がオリンピック史上あったのであろうか? おそらく唯一無二の存在となったであろう。世の中にはあそこまで自分本位に行動できる集団というものが実在するのだ。話し合い(笑)
まともな統治手法で社会をまとめられないと考えたレーニンは全く正しかった訳だ。こんな連中をまとめようと思ったら銃口を突き付けて動かすしかない。そしてそんな畜生だけ残るイデオロギーが革命闘争史観である。
もっとも最近は自分は共産・社会主義者ではありませんと言う隠れアカが多い。そんな連中はもうどうしようもない。気色悪いレベルで自尊心が過大な精神の奇形児である。彼らを批判するのに言葉を無駄に言葉を重ねる必要はない。彼らは文化大革命とポルポトを賞賛していた。これだけで彼らのトチ狂った精神性を説明できる。だいたい、超極左勢力の至上目標としている『共産革命の為に文化をリセットしなければならない』という命題をどのように実施するのだろうか。
所詮、マルクス主義などと言うものは産まれた瞬間から無価値だと看破されているゴミ学説に過ぎない。アカは人類を救済する素晴らしい計画などと誇大広告を打っているが、それが本当にまともな計画なら、多くの分野から各種ちがった賛同が得られるはずだということも。あまりに手段のことにばかりこだわるあまり、それがそもそも何のためのものかを語ろうともしない。こう聞かれるとアカはマルクスを読めと壊れたレコーダーのように繰り返すだけだ。
最後にマルクスのことばを借りてマルクスの感想を述べよう。「神学文献と並んで最も役立たずであり、いずれにしても言語的な創造物として最も退屈きわまるものだ」今更マルクスに立ち返ろうなどはアホの戯極みである。