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案外、世界はバケモノ達で埋め尽くされていた  作者: 不備来
第一章 ~ファシル編~
7/8

will

 扉をノックした。


安繰(あぐる)か。入れ。」


「失礼します。」


 管理者室に入った安繰を待っていたのは、厳しい顔で腕と足を組んで椅子(いす)に座る一人の男だった。

 何か退()()きならない事が起きたというわけでもなく、この男はしかめ面を常に刻み付けている。

 主税(ちから) 修司(しゅうじ)

 エリア管理者。

 このエリアにおける『戦闘・捕獲』『研究・開発』『諜報(ちょうほう)』『管理』からなる全ての部門の権力は全て目の前のこの男に集約する。


 《蘭社(あららぎしゃ)》では、『主席研究員』『総隊長』等と大層な肩書きを持つ者も、蜜源(みつげん)を探す蜜蜂(みつばち)の如く現場を右へ左へと飛び回るのが常である。

 それは『理事官』として管理部門のトップに立つ安繰自身も同じ事だ。


 だが、エリア管理者は違う。

 主税も基本的にはこの管理者室で各部門の情報統合(とうごう)のみを行い、現場には姿を見せず、方針にも口出ししない。

 エリア管理者、あるいはその更に上を通さなければならないような大きい事案にのみ、その力を使う。

 安繰の要件は、その情報統合のための報告だった。


「報告します。特殊部隊<皮剥(かわは)がし>により、《キキ》の捕獲に成功しました。収容後、現在は私の部下と研究・開発部門員の監視、観察下にあります。」

「そうかい。ご苦労だったな。で、担当責任者は?」

千石(せんごく)次席研究員です。」

「千石か。まあアイツもコソコソとウィルス観察してるよりは、こういう案件の方が好きだろ。 ……しっかし、まさか管理のお前が、戦捕のアクの強い連中をまとめ上げて、このでかい作戦を成功させちまうとはな。そら、お前に特殊部隊の編成権限を渡したのは俺だが、何も自分を組み込む必要はなかっただろ。」


 確かに、特殊部隊の編成権限を受け取った管理部門の人間が、部隊に自分を組み込んだ前例はあまりないかもしれない。

 だが、<エンティティ>捕獲の仕事は必ずしも戦闘捕獲部門の人間が行う、と言う程明確な線引きが行われているわけでもない。


「……はぁ。連中を率いるのは大変でしたけどね。他に事案が立て込んでて、即席の隊を指揮する人材が不足してたんで、今回は俺が自ら()くのが適切だと考えただけです。」

「そんでちゃんと付いて来たんだから、お前が腕っ節の面でも一目置かれてたってこったな。」

「……どうしたんです? 今日はやけに()め殺しますね。」

(ねぎら)いくらい素直に受け取らねえか。 ……そんじゃ、<皮剥がし>は解散か。」

「《キキ》の収容手段が確立されればそうなります。逆に、近いうちに脱走事案か何か発生した場合は……。」


 安繰は肩をすくめた。


「そうならねえように、わざわざ別件に取り掛かってた千石を召喚したんだろうが。」

「ま、そうですね。そう願います。 あーそう、それともう一つ、別件で連絡が。ファシルを任せている竹居管理官からの報告なんですが、《胡蝶(こちょう)》の定期実験中、対象となった睡眠中のファシル数人が立て続けに死んだ、と。」

「何だと?」

「昨日の事です。死者が3人を数えた所で、ファシルの無駄な消費を防ぐために実験中止。《胡蝶》の担当には研開部門の人間は付けていませんでしたし、現場だけでは正直、判断材料が無いようで。」

「そうか……。まあ、あんまファシルを出し惜しみするなよ。直ぐに研究開発の人間付けて、脳波活動その他情報を全て可視化した状態でもう数人試せ。んで、それから……」

「あー、ええ。追加実験と研開の人間の手配はもう済んでます。 ……それから、なんです?」


 主税が言葉を濁したので、安繰は聞き返した。返ってきたのは答えではなく、更なる質問だった。


「……。 《胡蝶》ってのは知っての通り、眠ってる対象に予知夢(よちむ)を見せる蝶の事だ。んじゃあ、被験者を殺しちまう予知夢ってのはどういう夢だと思う?」


 突然、学校の授業でも始まったのかと思ったが、学生はこんな事習わないなと思い直す。


「……さぁ?」

「真面目に考えろ、アホ。 ……今までも、《胡蝶》はそりゃもう色んな予知夢を被験者に見せてきた。その殆どが他愛もない内容だったが、ごく稀に、とんでもねぇ予言を見せられることもあったろ。」

「ありましたねぇ。この国で大規模なテロが多発するとか、核積んだ艦船の艦長が水棲(すいせい)エンティティに出くわして気を狂わせて核発射しちまうとか。まあ、どの事案も《蘭社》が前もって回避してきましたし、そもそも《胡蝶》のこの定期実験自体、それを未然に防ぐ事を目的にして行われてるわけですが。」


 ちなみに、他愛もない内容とは、それこそ天気予報の方が余程有用性があるのではないかという、そのレベルの他愛もない内容だ。


「そうだな。そんで、今までもそのレベルの予知夢があったにも関わらず、被験者がショック死しちまった例なんざ一つもねえんだよ。」

「確かにそうですね。じゃあ、更にでかいクソッタレ事案が起きるってことですか?」

「いや、単純な規模で言えば、恐らくはそれ程でもない、と俺は思う。」


 驚いた。まさかこの男、今の伝聞(でんぶん)情報だけで事の目星を付けているというのか。


「……じゃあ何です?」

「真面目に考えろっつったろうが。いいか、被験者はファシル、つまり受刑者なんだよ。ここに来るような“最低でも殺人”って野郎共が、国が2つ3つ潰れる程度の夢を見たところで一斉に死んじまうなんて事が有り得ると思うか。」


 なるほど、話が見えてきた。と安繰は思った。

 主税の推理は尚も続いて曰く、


「だとすれば、夢の内容は“世界”ではなく“自分自身”に関する事だ、ってのが現状の俺の予想だな。自身に何か、世にも恐ろしい出来事が降りかかる。その未来を見せられてるんじゃねえか?」

「なるほどですね。じゃあ、3人続けて死んだって事は……。」

「ああ、恐らく近いうちに、ファシルを巻き込んだでかい事案が発生するな。」


 安繰は、胸の中に霜が降りていくような感覚を味わった。


「……主税さんの推測が正しければ、ファシルを使った追加実験に意味があるかどうか分かりませんが。それでも例外が居るかもしれませんので、数人は試させます。それから、その後は一般職員を使用した実験を……。」

「ああ、許可する。最悪、その夢の内容が分からずじまいだったとしても、ファシル内に留まるものなのかは確認する必要があるからな。もし一般職員でも同様の結果になるなら、ファシルだけでなくエリア全体、あるいは国、あるいは世界を巻き込むクラスの事案だってことになっちまう。」

「クソッタレですね。……では、急ぎます。《胡蝶》の見せる未来はいつの事か分かりませんので。」


 安繰は速やかに部下に指示を与えるべく、管理者室を出ようと立ち上がった。

 その背中越しに、主税の声が掛かった。


「戦捕に混じって捕物(とりもの)の次は、研開まがいの仕事か。悪いな。美槌(みづち)も千石も別件で使えねえとなると、お前を酷使(こくし)しちまうことになる。まあ、それだけお前が優秀だって事だ。」

「だーから褒めちぎらないでくださいってば。気持ち悪い。」






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 意外にも、と言うべきか、あのウィルスの実験以降、僕の仕事は、食堂の掃除や何が収容されていたのかもわからない部屋の掃除など、一般的な雑用と言える類のものが大半を占めた。

 僕も、大抵の雑用を一緒にやらされていた馬場(ばば)も、やや拍子(ひょうし)抜けな感は否めなかったものの、それでもあの実験の日の事を夢や幻だったんじゃないかと疑う事はなかった。


 食事の際に集まる受刑者達の数が、日に日に減っているからだ。


 始め、20人以上という、数えるのが億劫(おっくう)になる程の人数だった僕達は、あの日唐山(からやま)が消えた後ポツポツと姿を消し始め、それから数日経った今、この昼食に集まった人数は14人にまでなっていた。

 消えた人間達がどのような目に遭遇したのかは想像に難くない。


「ようネーチャン。カラサワとか言ったか? 俺は馬場ってんだ。まあ囚われの身同士、よろしくやろうぜ。」

「……。」


 いつの間にか昼食を終え、立ち歩いていた馬場が何の脈絡(みゃくらく)もなく声を掛けたのは、初日、僕達全員に自己紹介していたあの女だった。

 確か柄澤(からさわ)。下の名前は忘れた。

 流石に数日経って、受刑者同士での会話もそれなりに見られるようになっていた。

 それにしてもあの馬場って男は、女を見たら声を掛けずに居られないのか。

 ……いや、多分そうじゃないのだろう。今、このタイミングで柄澤に声を掛けた理由は。


「なあカラサワ、一緒に居た女二人、どこ行っちまったんだ?」


 そう、初日から柄澤と一緒に居た女受刑者2人が今日の朝から姿を消していた。

 馬場は、女2人と同室だったはずの柄澤にそれを訊き出そうとしたのだろう。


「……死んだわ。」

「何だと?」


 言葉とは裏腹に、馬場の表情に驚きはなかった。


「死んだ。昨日。見たことない模様のチョウチョが、あの子達の周りをひらひら飛んでた。あの子達は眠って、そのまま死んだわ。」

「あ? チョウチョだぁ?」


 今度は流石に驚いたみたいだ。


「どういう事だ。その話、もう少し詳しく聞かせてくれないか。」


 2人の話に割り込んだのは、初日、僕達にドミニクと名乗った男だ。

 僕は、話の内容に興味はあったが参加するのは面倒だったので、まだ残っている昼食をつつきながら、3人の会話に耳を傾ける事にした。


「実は、俺の同室の人間も一人、昨日から居なくなっていてな。俺は部屋に居たから何が起きたかを見ていないんだが、柄澤、君は見たのか?」


「アンタ、日本語喋れるのね。 ……じゃあ多分、アンタの同室の男も同じだと思う。昨日死んだのはそいつと、あたしの同室の女の子2人。実験室にいた男達は“未来の映像を見せる蝶”って言ってたわ。」

「未来の映像を見せる……?」

「あたしにも分かんないわよ。 ……どうも、3人が死んじゃったのは連中にとっても想定外だったみたい。それで実験は中止になって、あたしは帰された。」


 どうやら柄澤は、僕と同じような境遇に()わされたようだった。

 3人の人間の“眠”が“死”に変化する様を目の当たりにした心境はどのようなものなのだろうか。

 短い金髪とややキツイ目を持つその顔からは読み取れない。口調も淡々としている。


「未来の映像を見せる蝶……そんなものが存在していると言うのか。」

「いや、おいおい、にしてもそれで死んじまうってのはどういう事なんだよ?」


 ドミニクも馬場も信じ難い話を聞いて、頭を(よじ)るようにして各々思案に(ふけ)るが、長くは続かなかった。

 食堂に職員がやってきたのだ。

 あのウィルスの実験の日、僕達の部屋にやってきて死刑宣告未遂を行った、あの小柄な女職員。

 確か神田(かんだ)とかいう。


「食事が終わった者は速やかに部屋に戻りなさい!」


 厳しいお母さんか、と突っ込みそうになった。あるいは引率の先生か。

 ともかく、と僕は立ち上がった。


「おい馬場、戻るよ。」

「……ん、ああ。」


 その声で、話し込んでいた3人も散り散りになって部屋へと歩き始めた。

 食堂を出る間際、柄澤が、ボソリと呟くように言葉を発するのを、僕は聞き逃さなかった。


「……ナメんじゃねえよ。」






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「おい、俺は決めたぜ。タカ。」


 部屋へと入るや否や、馬場が僕に話しかけてきた。


「はぁ。ついに『くん』も消えて呼び捨てか。指摘するのも面倒になってきた。」


 ハッ、と笑ってから、馬場は続けた。


「俺ぁ、『バケモン』の力を利用して脱獄(だつごく)する。」

「……。」

「『超人を生み出すウィルス』『未来の映像を見せる蝶』、この分だと竹居の野郎の言ってた『5kmのイモムシ』も実在してるんじゃねえか? ま、俺はどれも実際にこの目で見た事ねえけどな。」

「はは、最初のヤツの実在は保証するよ。」

「例えばそのウィルス、お前の話によりゃ、身体の力を箆棒(べらぼう)に上げるんだろ。死んだ唐山はコントロール出来なかったようだが、早い話、その力をコントロールしちまえば俺は最強だ。脱獄もやって出来ないことはねえだろうさ。」

「……。」


 決して本人には言ってやらないが、実の所僕はこの馬場という男を、見た目や行動通りの軽薄(けいはく)浅薄(せんぱく)なだけの男だとは思っていない。

 ここへ来た瞬間から、状況を正確に把握して、それを僕達と()り合せようとしていたし、その他にも随所に思慮の深さが見て取れる。

 例えば初日、竹居に食ってかかった場面なんかも、話を聞き出すのにあの態度を取るのが最もやりやすいと考えてのことだったのだろう。

 そして更に言えば、馬場が今言った案は、僕もここ数日ずっと考えていた事そのものだったのだ。


 ただ、それでもやはり、どうしてもその案が現実的な事だとは思えなかった。


「そう簡単に行くかよ。大体、僕やお前があのウィルスの実験に呼ばれるとは限らないよ。」

「わーってるよ。例えばっつっただろうが。タカ、お前も分かってんだろ。俺達に他の選択肢は無えんだよ。ただ待ってるだけじゃ、いつかはクソに巻き込まれて、訳もわかんねぇまま死ぬんだ。」


 それも事実だった。

 多分、ここに集まった僕達受刑者はそう遠くない内に全員死ぬ。

 外の世界に、この(たが)の外れた組織のことが伝わっていないのがその証拠だ。

 ここに放り込まれて、生きて帰った人間は居ないか、ほぼそれに等しいのだろう。

 もちろん、その事実は僕達の脱獄が困難を極めるという事も示唆(しさ)しているのだけど。


 僕はしばらく考えた。

 と言っても、既に結論は出ていたけれど。


「……わかったよ。やってみるよ。」


 馬場は目を細めた。

 僕の出した結論を初めから見透かしていたような態度が(しゃく)に障った。


「って、言っても、何をやってみるのかは検討もつかないけどね。」

「ハッ。足掻(あが)きゃいいのさ。なぁ、お前らも乗るだろ?」


 馬場は振り返って言った。

 この部屋では、僕と馬場以外に2人の男が寝起きしている。

 その男たちに向けた言葉だ。


「え、あ、あぁ……。」


 曖昧に答えたのは、中背で角刈りの度会(わたらい)という男。

 度会に対しては、いつもビクビクしているという印象以外持ち合わせていないが、こんな状況に追い込まれた人間の反応としてはこれが正常なのかな、とも思う。


「……俺だって黙って死んでやる気はないが、お前達と意思を共有して得があるとは思えないね。結局は、一人で抗うしかないだろ。」


 連れない態度をとったのはもう一人の男だ。

 色白の青年だが、眼光は鋭く、成程犯罪者かと言った印象だ。

 この施設に来て数日を過ごしてきたが、この男の声を聞いたのはこれが初めてだった。

 こいつ口が利けたのか、と僕は思った。


 馬場が答えた。


「何だお前、寂しい奴だな。今までの例からして、同じ部屋の奴が同じ実験に呼ばれる可能性は高ぇだろうが。そん時ゃ、互いが役に立つかもしれねぇ。仲良くしようや。」

「……。」

「名前なんてんだ? お前。」

「……。白縫(しらぬい)竜二(りゅうじ)だ。」

不知火(しらぬい)くんか。カッコイイねぇ。」

「字が違うぞ。多分な。」


 ハッ、とさっきよりも大きい声で、馬場は笑った。


「さーてお前ら、そんじゃま、“死線”、超えてやろうじゃねえか。」

「何仕切ってんだよ。馬鹿。」


 僕と白縫の突っ込みが被った。


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