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案外、世界はバケモノ達で埋め尽くされていた  作者: 不備来
序章 ~均衡を保つ者達~
4/8

突きつけられた死の宣告

 それは突然やってきた。

 昨晩、馬場(ばば)と名乗った色黒男は、ドミニクから聞いた事も含めて同室の男達と話したかったようだが、僕が早く寝たいと言って聞かなかったので実現することはなかった。

 そして次の日、昼食を終えて部屋に戻った頃だった。

 ノックもなく部屋のドアが開けられ、“呼び出し”が降ってきた。


唐山(からやま)諸星(もろぼし)度会(わたらい)、来なさい。」


 現れたのは、黒髪を短く切り揃えた女性だった。

 一見すると、公園のベンチで昼食にサラダを食べているようなOLと見分けが付かない。いや、ココの事は良く分からないが、職員だとすれば一応OLという事にはなるのか。


「わお……。こんな所で綺麗なネーチャンに会えるとは思わなかったぜ。あんた、あの竹居って野郎の部下か?どうだ、あんな奴の下にいたらストレス溜まんじゃねぇか?」


 馬場が、今時分かりやすいチンピラですら使わないような台詞を吐かし始めた。


「……。馬場、今回はあなたではない。下がりなさい。」


 お叱りを受け、今度は口笛を吹いた馬場がニヤニヤしながら下がっていく。


「タカくん、ご指名だぜ。いーなあ、おいしーよなあ。」


 僕は本心から馬場を睨んだ。状況がわかってるのか。それに、いつから気安く名前で呼ぶような仲になったのか。

 僕と、唐山、度会と呼ばれた男が部屋を出ると、すぐさま手錠がかけられた。女の後ろに、警備員が僕達の人数と同じだけ待機していた。


「話、聞かせろよ。 ……生きて帰れたらな。」


 声に振り返ると、馬場の表情から笑みは消えていた。

 僕達にこれから起きる事がどんな類のものか、あれだけ疑っていた馬場ですらも想像できている。

 昨日の今日だから、多分僕達が“最初”なのだろう。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 出不精(でぶしょう)で散歩を嫌がるペットを無理矢理引きずるようにして僕達三人を連れた警備員達は、たっぷり15分程も施設内を歩き回ったところで、目的地と思わしき場所に僕達を押し込んだ。

 そこはまさに実験場だった。

 天井も含め広々とした空間。

 上方にはガラス張りのギャラリーのような場所があって、これが映画なら、あそこから金持ち達が道楽とかなんとか言って僕達モルモットを鑑賞するのかな、なんて不意に思ったが、今はそこには誰も居る様子がない。


 実験場に居たのは白衣を着た数人の男達だ。

 更に、部屋の隅には、黒やグレーのベストを重ね着して、警察の特殊部隊のような格好で待機している男達も見えた。

 その隊員達の手に、さも当然のように銃が握られているのを見て、僕が最後までか細く持ち続けていた疑念は完全に打ち砕かれた。


 “ここ”は、間違いなく“本物”だった。


「ご苦労様です。危険ですので、外で待機していてください。」

「了解しました。千石(せんごく)博士。」


 白衣の男と、僕達を連れてきた警備員が会話をしている。

 危険。危険ってなんだ。世界がスローダウンしていくのを感じた。

 千石と呼ばれた男がパンパン、と手を叩いて注目を集めた後、喋り始めた。


「小規模ではありますが、重要で危険な実験です。皆さん気を抜かず作業は速やかに。そして私の指示に必ず従ってください。 ……では、一人こちらへ。」


 部屋の隅で、大げさとしか思えない格好をして待機していた隊員達がこっちへ歩いてきた。

 3人並んで呆然と立っている僕達の内、僕と反対側の端に立っていた同室の男が、隊員達に両脇から取り抑えられた。

 片や手錠をかけられて身動きは取れず、片や複数人で必殺の兵器すら持っている。力関係は歴然(れきぜん)だった。


「お、おい! ちょっと待て! 何なんだ!? 一体何なんだよ!? 教えてくれ!!」


 取り抑えられ、思い出したように暴れ始めた男のそれは最早懇願(こんがん)だった。

 自分の命か、あるいは他の何かが失われることについては既に諦めていて、せめてこれから何が自分に降りかかるのかを知って覚悟を固めたい。僕にはそんな風に見えた。

 千石と呼ばれた白衣の男は、暴れる男を一瞥(いちべつ)しただけで意にも介さず、助手と思しき男に何やら合図を出した。

 その助手が、取り出した注射器を暴れる男に(おもむろ)に打ち込むと、それだけで男は、あっさりと、死んだ。

 ……いや、麻酔だろうか。僕にはもう、何も判断が付かなかった。


拘束台(こうそくだい)へ。」


 ぐったりとして動かなくなった男は、千石の指示で拘束台へと縛り付けられた。


「唐山 秀章(ひであき)。30歳。177cm、68kg。血液型はAです。」

「分かりました。まずは睡眠状態でウィルス投与を行った際の反応を見ます。岸戸(きしど)さんは投与後、対象に声を掛け続け、言語でのコントロールを図ってください。それから、鎮静剤(ちんせいざい)の用意を。すべて記録をお願いします。」


 岸戸と呼ばれた助手は、今度は先程の麻酔とは打って変わって、厳重に保管された注射器を丁寧な手つきで取り出した。

 それを持って、ゆっくりと、拘束台の上の唐山に近づいていく。

 上方のギャラリーをふと見上げると、いつからそこに居たのか、白衣の男達が実験を見守っていた。記録員だろうか。

 助手は拘束されて横になっている唐山の前に立つと、注射器を掲げ、ゆっくりと唐山の腕に打ち込んだ。

 その間、他の物音は何一つしなかった。これから何が起きるのかを一切知らない僕達でさえ、固唾(かたず)を呑んで状況を見守った。


 そして、その時がやってきた。


 何分経っただろうか。あるいは何秒だったかもしれないが。


「オオオオオォォォオオオオォォオォォォォオオオオオオア!!!!!!!!」


 地を揺るがしさえするような(たけ)りが、眠っていたはずの唐山から発せられたものだと理解するのには時間がかかった。

 唐山は目を見開き、仰向けになったまま天井に向かって吠えていた。


「岸戸さん!! 鎮静剤を!!」


 唐山に負けず劣らずの声量で叫んだのは千石だ。呼ばれた岸戸はハッとして、速やかに鎮静剤らしきものを暴れる唐山に打ち込んだ。


「唐山! 唐山秀章!! 応答しろ!! 唐山!」


 尚も暴れ続ける唐山は、岸戸の呼びかけを認識しているかどうかも怪しかった。

 そして、(あき)れたことにその膂力(りょりょく)だけで、自らを縛り付けていた拘束台を破壊してしまったのだ。


「お、おいおい……。」


 カラカラに乾いた僕の口から辛うじて出てきたのは、そんな言葉だけだった。

 二本の足で立った唐山は、明らかに数分前と体つきが変わってしまって、そこかしこで血管が浮き出ている。表情からは理性とかそんなものが失せてしまっていた。


「オ……オオァ………」


 不意に、唐山の姿が消えた。僕には消えたようにしか見えなかった。

 でも、消えたように見えた唐山は既に岸戸の目の前に立っていて、勢いのたっぷり乗った拳を岸戸の腹に叩き込んだ後だった。


「ごッ……」


 岸戸には悲鳴を上げる暇も与えられなかった。

 僕は生まれて初めて、パンチだけで人が5メートルも6メートルも吹っ飛ぶシーンをこの目で見た。


「オアアアアアアァァァァァアアアアァァァオ!!!」


 再び雄叫びを上げた唐山の次なるターゲットは千石らしかった。今まで飄々(ひょうひょう)としていた千石も、流石に目を見開いたように見えた。

 僕だけじゃなく、多分この場に居た全員が、次の瞬間の出来事を無意識に予測したと思う。

 でも、瞬きの後広がっていたのは、予測したものとは違う光景だった。

 吹っ飛んだのは千石ではなくて、寸前で横から蹴りを入れられた唐山の方だったんだ。


「オガッッ!」


 千石を守ったのは特殊警察みたいな格好をした男の内の一人だった。


「……。ったく、前線退いた人間捕まえて。人使いが荒いったらねえっつーの。」


 僕はその声をつい最近聞いたことがあったような気がしたけれど、思い出すだけの精神的余裕などあるわけがなかった。

 顔はヘルメットの影に隠れて、イマイチハッキリしない。


「おい千石サン、アイツ、殺しても文句はねえな? どうせ死ぬんだろう。」

「……麻酔弾を用いての生け捕りが理想です。しかし、効果があるかも分かりませんし、我々や竹居さん達の安全が第一ですので……。無理であれば贅沢(ぜいたく)は言いません。」

「既に一人ぶっ飛ばされたけどな。 ……よし。お前らァ!! 遠慮はすんな!! 殺せ!!」


 ウオオオオオォ!! と隊員達の声が上がった。


「……え、いや、聞いてましたか? 第一目標は一応、生け捕りで……。」

「あー、聞こえねえ。聞こえねえ。」


 蹴り飛ばされた唐山は既に立ち上がっていた。

 その目は邪魔をした張本人である男に向いていて、一つ唸った後、その男に向かって走り出した。いや、僕にはやっぱり、走り出したんじゃなくて消えたようにしか見えなかった。

 男はこちらも凄まじいスピードで、唐山との直線上から(からだ)を外した。

 今まで男が居た空間に、血管が浮き出た唐山の足があった。

 放たれた蹴りを、男が避けたのだと理解するまでに、僕はまたしても時間を要した。

 しかし、唐山の攻撃はそこで終わらない。続けて振り抜かれた拳が、男の側頭部をヘルメット越しに直撃した。


 男は後方に吹っ飛んだが、他の隊員達が戦闘に割り込んできて、追撃を防いだ。

 その隊員の一人がついに銃弾をぶっ放した。

 銃撃まで始まって、いよいよ目の前の光景にリアリティが無くなってきたな、なんて思った。

 でも、その射線に既に唐山の姿はなくて、銃を放った隊員はいつの間にか真横に出現した唐山に顔面を鷲掴(わしづか)みにされてしまっていた。

 唐山がそのまま隊員を地面に叩きつける。

 ゴッ、と、ボーリングの球を床に落としたような、今までで一番痛そうな音が聞こえた。

 その時だった。

 今度はプシュッ、と、炭酸の気が抜けるようなやや地味な音が聞こえてきて、唐山が左腕を気にし始めた。

 そこに刺さっているあれは……麻酔弾か。

 撃ったのは実験場の端に退避した千石だった。


 僕は銃に造詣(ぞうけい)が深いわけではないから分からないのだけれど、多人数が入り乱れた戦闘の最中、一瞬止まったとは言え、目にも止まらないようなスピードで動いていた唐山に弾を当てるなんて事ができるんだろうか。

 しかも、毎日研究室に(こも)ってウヒウヒしていそうな、あの白衣の男がだ。

 僕は驚いたけれど、それはともかく、麻酔弾の効果はどうやら全くない様子だった。

 唐山は何食わぬ顔で小型の注射器のようになっている弾を抜いて、シャケを見つけたヒグマのような目で千石を()めつけた。


「オアアアォ……」

「おいアンタ! 手ぇ出してんじゃねえよ死にてえのか!」


 叫び、千石の元へ走り出したのは初めに唐山に殴り飛ばされた隊員だ。側頭部への一撃でヘルメットは取れ、額からは血を流している。

 竹居だった。

 同じタイミングで唐山も千石に向かっていった。しかし攻撃は千石に届くことはなく、竹居が横から繰り出した蹴りによって(はば)まれてしまった。

 ()しくも先程と同じような形で千石を守ることになった竹居だが、今度は倒れ込んだ唐山にすぐさま追撃を行った。取り出したのは軍用ナイフだ。


 竹居は馬乗りのような体勢になり、唐山の髪を引っ掴んで躊躇(ちゅうちょ)なくナイフで喉を掻っ切ってしまった。


「ガッ………カッ……」


 唐山の喉元に薔薇(ばら)が咲いた。

 あれ程人間離れした力を見せ付けた唐山だが、その血の色は真っ赤なままだった。

 竹居は暴れる唐山に蹴飛ばされて後方へ押し退けられたが、それは唐山の最後の足掻(あが)きで、もう生命活動を維持できないことは明らかだった。


「ガァ……ァ……」


 しばらくもがき苦しんだあと、唐山は力尽きて、動かなくなってしまった。

 それを見届けた隊員達は、息をついてへなへなと座り込んだ。

 竹居の前には千石が歩いてきて、流石に疲れた様子で会話をしている。


「終わりましたか。 ……ご苦労様です。」

「……ハァ。あのな、俺達に一任したんだったら、余計な手を出すんじゃねえよ。面倒事が増えんだろうが。」

「いえ、あなた方が捕獲を視野にも入れてくださらないようでしたので。しかし、睡眠中に投与して、強制的に対象を覚醒(かくせい)させてしまっただけあって、麻酔の効果はありませんでしたね。」

「チッ。……しかしとんでもねぇな、そのなんたらウィルスってヤツは。《ゲゲル》とでも戦ってんのかって気分だったぜ。」

「いやいや、ハハ、竹居さん《ゲゲル》と戦ったことなんて無いでしょう。」

「うるせぇな。 ……そんで、続けんのか? 実験は。」


 そこで2人の目が一斉に僕の方を向いた。

 僕は今の今まで、出来の良すぎるアクション映画でも観ているような気分でここに立っていたけれど、ようやく、僕が立場的には唐山と全く同じ、実験用の“人体”であることを思い出した。

 僕の隣で、僕と同じく一言も発せないまま、ビクビクと目の前の戦闘を観ていた度会という同室の男も、千石と竹居の視線に気付いて身体を震わせた。


「……いえ。理性を完全に失い、麻酔も効かないとなると、現行の方法では感染者をコントロールするのは恐らく不可能ですので、中止にしましょう。サンプルは取れました。充分です。」


 千石の部下達が、唐山の死体をせっせと回収していった。


「そうかい。じゃ、そこの2人は帰していいぞ。大丈夫だとは思うが、一応そいつらの部屋は監視強化しとけ。あー……と、神田に伝えとけ。」


 後半は、実験場に入ってきた警備員に対する言葉だ。


 スローダウンしていた世界の速度が、元のペースに戻っていった。


 これから先、僕達を何が襲うのか。正体は分からないけど、『クソ』である事に間違いはなかった。

 今日この実験場に来て起きた事と言えば、その事実を眼前に突きつけられた事だけだ。それから、受刑者が1人死んだ事。


 僕達は警備員に連れられて実験場を後にした。

 警備員3人に対して、僕達は2人。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「マジだった、ってわけかよ……。」


 部屋に戻った僕の話を一通り聞いた馬場は、そんな反応を漏らした。

 驚いてはいたが、唐山が消えた事と、僕と度会の様子を受けて、疑いの眼差しは最早見られなかった。


「驚くのも無理はない。アレを直接見た俺も、結局何だったのか、未だにわからないんだ……。」


 度会はまだ震える手を見つめながらそう言った。


「アイツ等はウィルスって言ってた。今回の実験ではそのウィルスが竹居の言う『バケモン』だったんじゃないかな。」

「『バケモン』利用して生物兵器でも作ろうってのかよ。ゾッとしねぇ話だ。」

「他人事みたいに言うなよ。僕達がその実験に付き合わされるんだ。場合によっちゃ唐山って男みたいに生物兵器にさせられて、失敗すれば唐山って男みたいに職員に殺される。」

「お前こそ他人事みてえじゃねぇか。タカくんよ。目の前でその現場を見たんだろうが。」


 僕も、まだ恐怖でプルプル震えている度会のような反応の方が、この場合の“正解”なんだろうと思う。だけど、どうにも現実を現実として受け入れられていない自覚があった。

 僕は溜息をついた。


「名前で呼ぶなよ。馬場。 ……とにかく、今日はもう寝る。頭が一杯なんだ。」

「やたら寝たがるなあ、お前。ガキか。」


 それにも答えずに寝床に入った。それを見た馬場は、ケッ。と既視感のある反応をして渋々自分の寝床に入っていった。



 ……目を瞑ると、今日見た光景がフラッシュバックする。

 何故、今日、唐山は死んだのか。

 簡単だ。

 3分の1の確率で、ジョーカーを引いたからだ。

 じゃあ、何故、僕と度会は死ななかったのか。

 それも簡単だ。

 ジョーカーを引かなかったからだ。


 要するに、そういう事なのだ。生死の選択権は僕自身の手にない。僕はこの状況で、自分がこの先、生き残れるという希望的観測は持てそうになかった。

 それに正直、もう大して生への執着もない。


 でも、まだ生きてる。


 生きている限り、僕のするべき事は一つだけだ。

 というか、ここ最近、僕はコレ以外に目的意識を持ったことがなかった。


 “この状況”を作り出した奴を……


「……捜し出して、殺すだけだ。」


 つい口に出してしまってから、同室の連中に聞こえただろうかと、ほんの少し後悔した。


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