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案外、世界はバケモノ達で埋め尽くされていた  作者: 不備来
序章 ~均衡を保つ者達~
2/8

簡易人材

「で、どう思うよ?」


 ()てがわれた部屋へと入った瞬間、僕は同室になった色黒の男に話しかけられた。

 宛てがわれたと言っても、当然個室待遇(たいぐう)などではなく、この部屋にも僕と色黒の男の他に3人の男が存在する。

 直接話しかけられたのは僕のようだが、他の3人にも会話は聞こえているし、僕だけに向けられた問では無いのだろうと思った。

 それでも一応、自分で問い返しておく。


「どうって、なにが。」

「そりゃあ、この状況。さっきの野郎の言葉。それにこれからの事に決まってんだろうが。」


 僕だって『どう』の内容は問い返さなくたって分かっていたが、色黒男が望む答えを僕が持っているはずもなかった。


「さっきの男の言葉はどうって事も無いだろ。『この世界はクソ』それだけの話だ。それ以外は、僕にだって分かるハズないよ。」

「俺らみたいなのを集めてわざわざ『クソ』と言い放ちやがったんだ。よっぽどクソな状況が待ってるんだろうと、俺は読んだぜ。この施設を見てみろ。軽作業やらされるような雰囲気じゃあ断じてねえよ。」

「『俺らみたいなの』ね……。」


 一括(ひとくく)りにされたのが非常に(しゃく)ではあったが、何を言っても意味ないだろうと思えたので、僕は口を(つぐ)んだ。

 ちなみに、施設に関しては同感だった。

 外から全貌(ぜんぼう)を見ることは出来なかったが、まっさらな白を基調にした内装は、何かの研究所だという説明が一番しっくりくる。


「あそこに集まった20人を一目見りゃあわかんだろうが。自分の状況と照らし合わせてもな。お前らも“そう”なんだろ?」


 後半は、他の3人に向けられた言葉だ。3人はそれぞれ色黒男の方を一瞥(いちべつ)したが、ひと(にら)みしたり鼻で笑ったりしてすぐ顔を背けてしまい、それ以降何も言うことはなかった。

 男達のその態度を見て色黒男が舌打ちをした、その瞬間に部屋のドアが勢いよく開け放たれた。  さっき僕達を集めて雄弁(ゆうべん)に『この世界はクソだ』とかなんとか語ったあの男だった。


「部屋の確認だけだって言ったろうが。済んだらすぐにメシだ。さっさと出て来い。」

「……チッ。ガキの修学旅行かよってんだ。」


 再び舌打ちをした色黒男を先頭にして、僕達5人はダラダラと部屋を出た。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 夕食は、予想よりも遥かに悪くない味ではあったが、量の方はお世辞にも充分とは言い難く、これが続く生活は結構しんどいかもなと、そう思った。

 隣に座った色黒男も絶えず愚痴(ぐち)り続けていた。


 再び集められて、食事をしている約20人を眺めていると、本当に修学旅行でもしている気分になってきたが、色黒男に言われるまでもなく、これからの展開が修学旅行なんかとは真逆な『クソ』であることは容易(ようい)に想像がついた。


 大体の人間が食べ終わる頃、今まで何処にいたのか、またしても雄弁男がやってきた。さしずめ、僕達の指導係に任命されてしまったという所か。


「明日以降も、基本的にはこっちからの呼出があるまで部屋で待機だ。食事の時間は決まってるから把握(はあく)しておけよ。それとな、部屋を見て無駄だと分かったと思うが、妙な気は起こすんじゃねえ。こっちの面倒が増えるだけだからな。いいな。部屋に戻れ。各部屋、全員戻り次第外から鍵をかける。」


 男は(きびす)を返して去りかけて、そこで何か思い出したのか再び振り返ってこう言った。


「ああ、名前は教えておく。竹居(たけい)だ。覚えるかどうかは任せる。」


 そして今度こそ去っていく。

 僕としては、面倒な事は後に回して今日はもう寝たかったのだけど、隣で不意に立ち上がった色黒男は、今の説明では満足できなかったらしい。


「待てよ。竹居サン。それで俺達みたいな連中が納得すると思ってんのか。」


 竹居は足を止め、億劫(おっくう)な様子を隠すこともせず、色黒男の方を振り返った。


「単刀直入に訊くぜ。ここは何処だ。俺等はこれから何をさせられる?」

「その時が来たら説明するさ。今は歯でも磨いてグースカ寝てりゃあいい。」

「……いつまでも舐めてんじゃねえぞ!テメェ!」


 拳を握り締め、色黒男は竹居の方に歩み寄って行った。

 怒ったようなセリフと態度は、僕にはただのポーズにしか見えなかったけれど、それでも当然興味はあったので、2人の様子をじっと眺める。

 興味津々なのは集まっている他の連中も同じだ。自然、竹居と色黒男の挙動(きょどう)に注目が集まっていた。


 しかし、歩み寄る色黒男は、食事中から食堂の四隅で僕達を監視していた男達に取り押さえられ、あっさりと床に押さえつけられてしまった。


「ぐっ……離せテメェら!」


 その様子を、(あわ)れな実験動物を見るような目で見下ろしたあと、竹居は、一つ溜息をついて、語り始めた。


「はぁ……面倒くせえな。」


 続ける。


「んじゃあ、例えばの話をしよう。」


 右手の人差し指を立てて芝居(しばい)がかった態度で話す竹居の言葉は、僕達全員に向けられているらしかった。

 20人の中に、ざっと見渡して3,4人しか居ない女性の内の一人が、キョトンとした顔で聞き返した。


「例えばの話?」

「そう。“例えば” ……例えば、砂漠だ。砂漠の地下に、体長5キロメートルのイモムシがとぐろ巻いて眠ってやがるとしたら、お前らどうする?」

「……。」


 沈黙が食堂全体を()り固めた。

 竹居の話は要領ようりょうを得なかった。いや、要領を得ないというか、何が言いたいのか分からなかった。いや、そもそも、何を言っているのかも分からなかった。


「……何言ってんだよ、テメェは。」


 何とかそう絞り出したのは、床に押さえつけられたままの色黒男だ。


「例えば、砂漠の地下に、体長5キロメートルのイモムシがとぐろ巻いて眠ってるとしたら、お前らどうする?」


 竹居は、先程と同じ口調、同じ速度で、一字一句まで同じ台詞を吐いた。


「……馬鹿にするのも大概(たいがい)にしろ。」


 色黒男の言葉には、さっきまでの迫力がなくなっていた。

 理解の範疇(はんちゅう)をあまりにも大きく超えた話と、竹居の態度に、どこか気圧されていた。


「そうだな。馬鹿にすんじゃねぇって思うよな。まあ、今のはただの例だが、それでもな、世の中には案外、馬鹿にすんじゃねえって言いたくなるようなバケモンが存在しちまってるんだよ。そんでな、世間様が騒がねえように、他の連中に先駆(さきが)けて、そのバケモン共を捕獲、収容、場合によっちゃ殺害する。それを生業(なりわい)としてる、こっちも馬鹿にすんじゃねぇってくらいにでかい組織があるってわけだ。」


 滔々(とうとう)と話す竹居は、色黒男に急かされて仕方なく、といった形で始まった答弁を、いつの間にかとても楽しそうに行なっていた。

 でも、ニヤニヤしているのは仮面だけで、その裏には諦観(ていかん)自嘲(じちょう)か、そんなものが隠れている風にも見えた。

 僕はそれを見ながら、この男は結構喋るのが上手いなと、そんなあまりにも場違いな事を思っていた。


「ちなみにその組織の活動はな、まあ営利目的って訳でもないんだろうが、決して慈善(じぜん)事業でもねぇぞ。なんつっても、捕まえたバケモン共を観察、研究して利用する。時には人体実験も必要だろうな。 ……さて、ここからが問題だ。」


 竹居の目つきが、鋭さを増したような気がした。思えば、竹居の今までの熱弁は、僕達20人を代表した形になった色黒男の問いかけに全く答えていなかった。


「何しろ、まさにバケモンみてぇなヤツらだからな。家畜の血をあらかた吸って骨と皮だけにしちまうとか、湖に恐竜の生き残りが居るとか、そんなのは全く、全くもって可愛い方だ。そんなヤツらを相手にする人体実験っても、そう簡単に『人体』が手に入るわけもない。」


……。


「……そこで、受刑者の出番ってわけだ。」






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 《蘭社(あららぎしゃ)》が各国と提携の元、死刑囚を始めとする受刑者達の中から召集し、《簡易人材(ファシル)》と呼んでいる人員達。

 このエリアに定期的にやってくるファシルを管理し、研究・開発部門の職員達が“上”を通して要請してくる案件に適切な人材を派遣する。

 というのが、竹居が指揮する職員達の主な仕事だ。

 直属は管理部門ではあるが、何しろ、竹居達が管理するのは死刑囚を始めとする受刑者達なのだ。

 狂ったように腕っ節の強い輩や、狂ったように頭のキレる輩、あるいは本当に狂った輩を相手にしなければならないため、自然、下手な戦闘・捕獲部門の職員達には引けを取らない程に制圧力が高い集団になっている。


 ファシル達への説明を終え、管理室へと戻った竹居を待っていたのは、今回から管理補佐の一人となった神田(かんだ)だった。


「お疲れ様です。あの、竹居さん、あまりファシル達に色々喋らない方が。」


 管理室には各部屋や食堂に設置された監視カメラの映像が映し出されているモニターがあり、当然音声も聞こえるようになっている。


「説明しないと始まらないだろ。全員まとめて話を聞かせられるタイミングはもう後何回もない。結果的には、いい機会だったさ。」


 神田の言いたいことからズレた返答だと分かってはいたが、竹居はわざとはぐらかした。


「そっちじゃなくて、《オルゴイ・コルコイ》の方ですよ。」


 誤魔化(ごまか)しは通じなかったようだ。

 咄嗟(とっさ)に思いついた中で、最も分かりやすくファシル達を黙らせられると踏んだのが《オルゴイ・コルコイ》という、規格外の大きさの芋虫(イモムシ)だったのだが、ファシルどころか食堂に居た警備員達も口をポカンと開けていたので、流石にやり過ぎたかと自分でも思っていた所だった。

 無論、警戒レベルAのエンティティの情報など、ファシルたちはおろか一下級職員ですら知り得ず、その情報を漏らすことは本来であれば懲戒に値する罪だ。

 竹居は今日何度目か分からない溜息をついた。


「……俺はちゃんと、『例えば』って言っただろうが。アレが本当の話だと分かる奴は居ねえさ。実験こなした後ならともかくな。」


 神田は尚も不服そうな顔で竹居を睨みつけた。十分問題じゃないですか、と目が言っていた。


「わーったわーった。金輪際(こんりんざい)、余計な事は言わねえよ。つーかな、そもそも本来なら、説明なんかのために俺が自ら奴等の前に出て行く事はねえんだ。今後は“上”から案件が降ってきた時以外は、お前等で適当にまとめておけよ。今回は割と、大人しそうなのが集まったって印象だけどな。それから、プロファイリングも忘れんなよ。」


 返事を待たずに、竹居は仮眠室へと入っていった。


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