Hawk and Orchid
「この世界は、クソだ。」
集められた僕達を前にして、男はそんな事を言った。
言葉とは裏腹に、男は薄気味悪い笑みを浮かべて、僕たちの反応を見るような顔をしていた。
小説を読んでいる友人に向かって、その小説の『衝撃の結末』ってヤツをバラしてやった時みたいな顔。
まあ、小説なんて読んだ事ないから分からないけど。
僕はと言えば、『そんな事』は言われるまでもなく思い知っていたから、ネタバラしをされて怒ることはない。
むしろ眼前の男は今更何を言っているのかとぼんやり思っていた。
そして、それは周りにいる20人そこそこの連中も同じみたいだった。
それぞれ名前も知らない程度の連中だし、わざわざ顔を窺い見る事もしなかったけれど、男の言った事に驚いたり、怪訝な様子をしている雰囲気がない事は分かった。
要はここにいる奴等も、僕と似たような人間なんだろう。
男はそんな僕達の反応を一通り見回して何を思ったか、今度は心なしか満足そうな顔をして深く頷いた。
「そうそう。その顔だ。ここに来る連中にコレを言うとな。全員決まってその顔をする。なーにを分かりきった事言ってんだ?ってな具合にな」
続く男の言葉に、僕はようやく少しだけ違和感を感じ取った。
「だが、それでも言っておく。今のうちにな。」
「この世界は、クソだ。お前らが思ってるよりも、ずっと。」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
居間にあるテレビには、宇宙人や、この国ではUMAと呼ばれている未確認生物に関する特番が映し出されている。
父親としては、折角少し酔いも回ってきた所だったし、プロ野球中継でも観てまどろんでいたかったのだが、たまに家に帰ってくるような者にはチャンネル争いの主導権は無く、息子の観たがったこの番組を何とはなしに眺める事になっていた。
相変わらずこの手の番組というのは、推測、もとい、妄想の部分だけ一丁前で、肝心の映像の部分はネットから集めてきたようなものばかりで極めて不明瞭だ。父親にとっては随分と杜撰な番組に思えた。
「なあ、これ観てて楽しいか? この映像なんて何が何だか分かりゃしねえじゃねえか。」
主導権を握れないなら握れないなりに、ささやかな反抗を試みてみる。
この父親は、自分の目で見たモノ以外は信じない、等といった頑固な考えは全く持っていなかったし、むしろ人間が理解できているモノの範囲などほんの一部である事を知っていたが、この番組はそういった考えとは別に、ただただつまらなかった。
息子の言葉は、父親の予想した数パターンの返答のどれにも当てはまらなかった。
「なんでこういう番組で流れるのが、ボヤけたり暗かったりして良く分からない映像ばっかりなのか、知ってる?」
「……は? ……いや、ネットから集めてるようなもんばっかだからだろ。」
「それはそうなんだけどさ。なんでそんな映像しか出せないのかって話。」
息子は続ける。
「この世界には、裏で世界を管理している組織があるんだ。それで、未確認生物とかの目撃情報があるとすぐにすっ飛んで行って、そいつらを捕まえて世間から隠しちゃうんだ。その時に、マトモに撮られた映像もぜーんぶ回収されちゃうんだよ。」
父親は反応に困った。この息子はこう見えてそこそこ頭が良いので、今の話を本当に信じているわけではなく、そうあったらいいな、という程度の願望を持っているだけのように思えたが。
もしかしなくても、学校のクラスで流行っている都市伝説の類なのだろう。その証拠に、先程から息子の顔にはニヤニヤ笑いが貼り付いている。
そこで、父親もそのニヤニヤ笑いをトレースしてみた。
「……へえ。」
とにかく、チャンネル争いの主導権を握ろうとする攻撃は躱されてしまったようだ。と、そこまで考えたところで台所の方から母親の声がした。
「お父さーん。帰ってきたんだったら洗濯物とかさっさと出しちゃってよ。」
「おう。」
父親はのっそりと立ち上がった。自分の部屋へと入る。壁にはスーツが掛かっている。休暇は数日しかなく、その後はまた出突っ張りなので、スーツもクリーニングに出しておかなければならない。
スーツのポケットから名刺入れを取り出す。
父親自身の名刺には《蘭社》という文字が刻まれていた。