精霊装備
サーシャの足元に並べられた服は至って普通の者ばかりである。冒険者をイメージした時、そのイメージの人物が着てい服と言っても過言は無いだろう。しかし、この服達は特別な様である。
「実はね、この服には精霊たちのご加護があるのよ。」
そう言って、サーシャは服を着るようにクリシュに勧めてきた。言われたとおりにクリシュは服に袖を通すも、至って変わった所はないように思えた。
「んだよ母ちゃん!なんも起きないじゃんか!!----っ!?」
いきなりサーシャが近くにあった箒でクリシュの鳩尾辺りをついた。クリシュの体は後ろに突き飛ばされた。壁にぶつかり、ドンっと大きな音がなって、天井から少しばかり埃が降って来た。
「----あれ!?痛くねえぞ?」
普通であれば安倍に打ち付けられるほどに鳩尾を突かれてしまえば呼吸も苦しくなるほどの激痛が襲うハズであるが、クリシュはそれほどの痛みを感じていなかった。飛ばされたという感覚はあるのだが、痛みに関して少し鈍くなったような感覚である。
「その服はね、あんたの父親が昔来ていた服をアンタ様に作り直したモノよ。あの人はいつもはこの服を着て冒険に行ってたんだけど、結婚して初めての冒険の時には着て行かなかったのよね。」
そう話し出すサーシャ。
「私もよく分からないんだけど、その服が大抵のことからならあなたを守ってくれるわ。・・・そしてこの剣。」
サーシャは置いてあった剣をクリシュに渡す。見た目はずっしりと重そうなのであるが、15歳の少年が片手でも触れるくらいに軽いものだった。
「その剣については、実は私も夫もよく分かっていなのよね。気づいたら家の中にあったんだけど、人のものかも知れないからって使わないでおいたの。でも、もう何年経っても取りに来る人なんていないから、あんたが貰って行きなさい。」
精霊服の凄さを実際に体験した後にこの良く分からないという剣を渡されては少しだけ物足りないが、それでも初めて手にする本物の剣は、確かにクリシュを冒険者として認めてくれたような気がした。そして、この剣の持つ力に気付かされるのは、もう少し先の話となる。
「・・・結局、ティファちゃんは来なかったわね。・・・さて、もうすぐ船の出る時間だし行っておいで。またいつか、その元気な顔を見せに戻っておいでね。」
笑顔である。しかし、どこか寂しそうに見える母の顔を見てクリシュは泣きそうになってしまったが、冒険に出る前から頼りない所は見せられないと、必死に笑顔を作った。
「それじゃ、行って来る!」
振り返って母親の顔を見る事が出来なかった。元気よく家の扉を開け、潮の臭いのする方へと歩き出す。途中でティファの家の前を通りかかり、言ってくると大きな声で呼び開けるのだが、返事は無く、いつもだったら聞こえてくるガブの声も無かった。
「じゃーな・・・。」
母との別れよりも、なぜかより一層寂しさを感じたクリシュは、その寂しさを振り払うかのように港まで走って行った。街中で聞こえてくる親しみのあった笑い声や海鳥の鳴き声が、今日はどこか素っ気なく聞こえた。
「はい。確かにね。もうすぐ出航だから早く乗んな!」
母から貰ったお金を使って船に乗り込んだクリシュ。船の最後部に向かい、今まで育ってきた街を眺めた。
----ブオーーーーーーーーーン
耳をふさぎたくなるほどの轟音と共に、ゆっくりと船が動き始める。甲板にはクリシュの他に数名の乗客がいるが、だれもタリムを見つめるモノは居ない。他の乗客たちはタリムで育った人達では無い事が顔つきや肌の色から分かった。この中で、唯一タリムとお別れするのが、クリシュ唯1人である事を感じ取った。
「・・・さよなら。」
街に向かって囁くようにそう呟いたクリシュ。次の瞬間には気持ちを切り替えるようにと、船の先端部に向かう。眼前には地平線しか見えなかった。
これから船は約2日間ほどかけてタリムの街があった大陸とは別の大陸、ナッサル大陸へと向かう。どこかの海では大きさが10や20メートルもあるという大王イカが出るらしいが、この辺の海域では特にそういったモンスターは出ない安全な海域だった。
これからの2日間は特に何もする事が無いだろうと、自分の部屋で目を閉じたクリシュ。次に目を覚ましたのは、波ではなく、何かに衝突して船が大きく揺れたからであった。
「なんだ!?なんだ!?」
急いで騒がしい甲板へと向かうと、なんとそこにいたのは5人の海賊と人質だった。そして、その人質の中にいるはずのない人物の姿と犬の姿があった。
「・・・ティファ・・・??」