きっかけ
フォン・・・フォン・・・。
精霊石が光を放っている。何が起きたのか、何が起きているのかティファは一切理解が出来なかった。現実離れしたこの光景に目を奪われつつも、不思議と恐怖は感じていなかった。
クリシュの顔を見ると、これから起きる事が楽しみで仕方がない子供のような表情をしていた。どんなに非日常の出来事が起きようとも、クリシュにとっては待ち望んでいた事でしかないのだった。
「すっげーー!!何が起きんるんだ?これから!!」
子供のようにはしゃぐクリシュ。クリシュはずっとキラキラと光を放つ精霊石を眺めていた。すると、精霊石の中から光が抜け出して、目の前をゆらゆらと揺れる。
「----私達はあなたを待っています。どうか---まで来てください---。」
何やら光から女性の声が聞こえてきた。今にも消え入りそうな声で話しかけてきたため、途中が聞き取れなかった。誰の声か見当もつかないティファだったが、クリシュは違った。
「あれ?今の声って・・・。」
クリシュは今朝の事を思い出す。
「さぁはじめましょう、私達の----」と時々聞こえてくるその女性の声と同じだった。
「なぁ!いつも俺に語り掛けてくる人だよな?教えてくれよ!いつも何て言っているんだ!?」
クリシュは光の玉に向かって話しかける。しかし、光の玉はその質問に答える事はなかった。
「私の名は・・・フレイ。貴方を待っています、クリシュ。」
フレイと名乗る光の玉はそう言って精霊石の中に戻った。そして、精霊石は普段と同じように薄い光だけ放っている。
「なん・・・だったの?ねぇクリシュ・・・?」
「わかんねぇ。でも、フレイが俺を待ってるって事だけは確かだよ!!」
クリシュが何を理解して何を考えているかは分からなかったが、ティファはクリシュがどこか遠くに行ってしまいそうな気がして、胸の奥が痛くなった。
そして、2人は元来た道を返って街へと帰る。外は既に暗くなっており、そう言えばお昼ご飯を食べていなかったと空腹を感じた。帰り道、いつもより少し早く歩くクリシュの背中を放されないようにティファは追った。今、クリシュがどんな顔をしているのか、ティファは確認するまでも無かった。
2人はクリシュの家に辿り着いた。ティファは時々、サーシャにご飯を作って貰う。今日はなんだかクリシュと離れてはいけない気がしたため、御馳走になる事にした。
「あら、おかえり。服が汚いのは元気な証拠で良い事ね。手を洗ってきなさい、すぐに晩御飯よ!」
サーシャは格好いい女性であるとティファは思っている。家事は全般的に得意で、料理は本当に美味しい。色あせてしまっているような洋服でも、サーシャはしっかりと着こなしている様に見えた。そして、旦那をなくしても毅然とした態度で、クリシュの父親と言われても納得してしまいそうなその人となりを尊敬していた。
「なぁ、母ちゃん。いきなりなんだけど、俺冒険に出る!」
クリシュは手を洗う前に、ただいまを言うよりも先に突拍子も無い事を言い出した。流石にサーシャも毅然とした態度は取れないだろうとティファは考えていたが、甘かった。
「はいはい。その話は食事しながらね。」
馬鹿にするでも止めるでもすることなく、話をするといって受け入れたサーシャをティファはやっぱりすごいと思った。だが、食事をしながらまさか、あんな展開になるとは流石に想像の斜め上を行っていた。
「それで、いつ冒険に出る予定?」
「明日!明日の朝一番の船で冒険に出る!」
「そう、どこに行くの?」
「分かんない!でも、とりあえず冒険には出る!!」
全くもって計画性の無い話に、ティファはあきれさえしてしまった。しかし、驚いたのはこの次である。
「そっか。分かった。お金は貯めてあったから持っていきな。あと、渡したいものがあるから、明日家を出る前に私の部屋に来なさい。」
なんと、サーシャがクリシュが冒険に出るのをあっさりと許可し、さらには援助までしようとしている。
「ちょ、ちょっと待ってください!サーシャさん!クリシュはまだ15歳ですよ!?まだ冒険に出るには早すぎますし、今時冒険家なんて現実的じゃないです!」
ティファはサーシャがクリシュをなんとか止めてくれるように説得を試みる。
「確かにそうよね。冒険家なんてお金も手に入らないし、危険だしね。でも、ウチの旦那が冒険家になったのも15歳の頃だったし、何より、私は冒険家だったあの頃の旦那キラキラした目や話が大好きだったのよね。」
昔を懐かしむように亡くなった旦那さんの事を話すサーシャさんの笑顔は卑怯だった。そしてやっぱり、美しくて尊敬できる人だと思った。
「おっしゃ、明日に備えて俺はもう寝る!母ちゃんごはんありがとう!御馳走さまでした!ティファも明日俺を見送る為に早起きしなきゃだから早く寝ろよ?」
そう言って立ち上がったクリシュは自分の部屋へと向かった。今迄の日常がこれからも続くのだと思っていたのだが、終わりというのは意外にもあっけなく訪れるものだった。
「じゃあ、また明日ね。ティファちゃん。」
「ごちそうさまでした。」
ティファは重りが着いていると錯覚する位に重い足取りで、家へと帰宅した。家に帰り着くと、大型犬のガブが迎えてくれた。ガブの頭を撫でながらティファは呟いた。
「明日からはガブと2人で冒険しなくちゃいけないね・・・。」
その日、ティファは眠る事が出来ずに次の日を迎えた。
コンコン。サーシャの部屋にノックする音が響く。
「母ちゃん。入るよー。」
クリシュが扉を開けると、そこには仁王立ちしたサーシャが待っていた。
「ふう。これが母親としてあんたにしてあげられる最後の仕事かな。というよりも、アンタの父親が最後にしてあげられる父親の仕事かな。」
サーシャの足元には上下セットの洋服と、剣が置かれていた。