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行方

「素性を調べるような真似をしてしまって申し訳ない。」


先に口火を切ったのは、アンドレの父、アシルさんだった。私も慌てて応える。


「いえ、当然の行動だと思います」


アンドレのお母さん、アデールはすでに台所でお湯を沸かし始めている。夫がきたら、すっと下がる。だが耳はそばだてているようで、犬耳がくるくると動いていた。


「とはいえ、あなたの現在の情報は全然得られていなかったのですよ。二年前以降、情報がさっぱりで。まさか直接おいでくださるとは思ってもみませんでした。」


アシル殿の背は、ぴんと伸びている。私もおもわず姿勢を正した。


「あなたは、残りの兄弟の無事を確かめて、アンドレに伝えたいとおっしゃいましたね」


アシル殿にそう言われ、私はこくんと頷いた。


「……こちらで現状、分かる限りのことをお教えしましょう」


「……!」


私は喫驚して目を見開いた。

自分から来ておいてなんだけど、本当に教えてくれるとは思わなかった。

驚いている私に気づいたらしい。アシル殿はふっと微笑んだ。


「悪用しようにも、出来ない情報ですから」


どういう意味だろう、と私は首をひねる。

こん、と軽い音がして、私の目の前に紅茶が置かれた。アデールさんだ。軽くお辞儀をしようとして、この世界にはその文化がないことを思い出す。


「ありがとうございます」

「いえ、」


アデールさんは夫の隣にそっと座った。アシル殿が再び口を開いた。


「私たちでも全て分かっている訳ではないのです。まず、そもそも息子たちを売らなくてはならなくなった顛末についてお話しします。一番上の兄、アドルフは、私と同じく『暁の騎士団』でありながら非常に、その、異性に人気のあるタイプでして」


何故かアシル殿がやや照れながら言う。


「…とある貴族の令嬢が、アドルフを非常に気に入られたようで。しかしアドルフはそれをやんわり断ってしまった。それがそもそもの始まりらしいのです」


……なかなかキナ臭い話になっていたぞ。

なんとなく展開が想定できつつも、相槌を打つ。


「…なるほど、」

「財力を駆使して我々を破産の危機に追いやりましてね、おそらく今思えば、奴隷商人とも結託していたのでしょう。私は息子たちを売らなくてはならないと判断しました」


ふぅ、とアシル殿は一度息をついた。紅茶に口をつけ、また話し始める。


「ですが私も黙って売るような真似はしませんでした。あのセリの前に、懇意の貴族たちへ頭を下げて回り、息子たちを買い取っていただけるよう、お願いしていたのです」


一番上の兄、アドルフは三代前から付き合いのある上級貴族の家人として。

次男、アンドレは騎士団で買い取り、厩舎の厩番見習いとして。

長女、10歳のアレットは兼ねてより婚約の決まっていた中級貴族ネーゼの家に召使いとして。

末っ子のアルノルフはまだ5歳で大した値は付かないだろうと、屋敷を売ったお金で買い戻しを。


「……。」


私は言葉を探したが、なんと言ったら良いかわからなかった。私が思いつきで手を出したあのセリに、この人たちは全てを賭けていたのだ。


「しかし、オークションでは想定外のことが起きました。没落貴族という設定は、人々にとって想定以上に甘い蜜でした。息子たちには法外な値段が付けられました」


うん、そうだ。高いと思ったのだった。

そういう訳だったのか。


「アドルフは、ギリギリまでメイデン家…アドルフを気に入ったご令嬢のご家庭と、二ベル家…私が購入をお願いした上級貴族の争いでした。して、わずかに二ベル家が勝利しました。私たちは二ベル家とは三世代に渡ってお付き合いがありますので、今でもアドルフには偶に会うことが出来るのです」


一先ず、ほっと胸をなで下ろす。良かった。とりあえずアンドレにお土産が一つ出来た。


「アンドレは、あなたの方がよくご存知でしょう。あなたのセリの相手は『暁の騎士団』だったのです。しかし国の騎士団といっても公の財産です。あなたに競り負けることになりました」


「アレットは、無事、ネーゼの家庭に引き取られました。本来ならば長男の嫁として、妻として扱われるはずだった彼女が、召使いの身としてネーゼ家に入ることとなりました。かの家は元々の私たちよりも家級がずっと上でしたし、現在は私たちもただの平民ですから、彼女の無事を確かめることは出来ていません。無下に扱うような家ではないと、思うのですが…」


アシル殿が言葉を濁した。やや不安なのだろう。たった一人の娘だったのだ。

だが、アシル殿の言葉は、そこから更に重くなった。




「…………分からないのは、一番下の息子、アルノルフなのです。彼は……確証は持てないのですがおそらくあれは…メイデンの家の者に引き取られて行きました」




メイデン家。

それは確か、兄アドルフの話の時に出てきた、ケネル家を離散に追い込んだ悪徳令嬢のご家庭なのでは。


「何を思ってかの家がアルノルフを買っていったのか分かりません…。セリの後、彼がどうなったのか……」


アシル殿がぎゅっと拳を握る。アデールさんの肩が震えていた。


「お話、ありがとうございます。」


話は終わったようだったので、私は頭を下げた。


「ご事情は理解しました」


私はやるべき事を数える。

今お話に出てきた貴族すべてにアタックしてみよう。お兄さんのアドルフが引き取られた二ベル家、妹さんのアレットが引き取られたネーゼ家、そして末の弟アルノルフが引き取られたであろうメイデン家。


…うん、メイデンの家が一番後回しだな。


私たち冒険者は、階級の外の身分とされている。訪ねて行く分には、身分は縛られないはずだ。問題はどう言い訳をして訪ねて行くか、だけれど。


少し考え込んでいると、アシル殿が肩の力をふっと抜いた。


「信じるべき人を違え、息子を売らざるを得なくなってしまった情けない男です。こうした身分に落ちていては、できることもそうはありません。いずれは何かで身をたてようとは思っておりますが、お恥ずかしい話、今は生きるので精一杯でして」


目を伏せて彼は言うが、筋が通った人のように見えた。私は急いで口を開いた。


「今度、アンドレをここへ連れてきます」


「…そうですね、近いうちに、会えればいいと、思います」


ちらりと、アシル殿がアデールさんを見遣った。だがアデールさんは毅然としていた。


「時間のある時で、構いません。あの子はあなたの持ち物に、なったのですから。私どもも、一生別離も覚悟して、選択しました。ひどい親です。そう簡単に許されるべきではないのでしょう」


アデールさんはきっと唇を結ぶ。


「…ただ、あの子達の無事だけを知れれば、それだけで…」


私はアデールさんの瞳をまっすぐに見た。


「…私は『猫の瞳亭』にしばらく滞在する予定です。何か分かりましたら、すぐにでもご連絡致します。」


「……本当に、ありがとうございます…」


アデールさんの片方の瞳から、すっと涙が落ちた。ずっと我慢していたのだと思う。


私は今一度、アンドレの兄弟たちを救う事を決意した。

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