失敗
「…………本当にこれでうまく行くのかしら」
作戦実行のため、私たちはメイデン家を訪れていた。
日はそろそろ暮れようとしていた。空が赤く燃えている。
ちなみにアドルフ兄さんに作戦を話したら「なるほどねー、流石は父上。じゃあ後は頑張って!」と言われた。なんだそりゃ。
「父上の作戦です。問題ないでしょう」
ヴィクトールは服装を騎士団の正装に改めていた。見習いには着られないもの、アシルお父さんの若い頃の服装だそうだ。
「召使い程度であればステータス魔法はほとんど使えません。見破られることはないかと」
「まぁそうなんだけど」
そろそろレイモンさんも来る頃だろうか。空を見ながらキョロキョロしていると、やがてレイモンさんが現れた。
「すみません、少し遅くなりまして」
レイモンさんは、急いで来てくれたのか、やや肩で息をしていた。
作戦の第一段階は、レイモンさんとヴィクトールが、騎士団に扮して(というかレイモンさんは本物の騎士団なのどけど)メイデン家を訪問するところから始まる。
割と正面突破だ。
「本当に正面から行くのですか」
心配そうにレイモンさんが眉をひそめる。レイモンさんには「現行犯逮捕」という大事な役割があるので、特に役割はふっていない。自由に動いてくださいとだけ伝えた。
「うん、いくよ。じゃあ、100数えたらスタートね」
ここから私は別行動だ。彼らを正面入り口に残し、私は建物の西側に回る。暮れかけた太陽は今、西からさしているから、非常に的が見えやすい。木に登ると、丁度正面に二階の窓が見えた。
100秒のうちに、ヴィクトールたちがメイデン家の門番たちと話をし始めるだろう。
「メイデン家に脱税疑惑がかかっております」
などと、堂々と話しているに違いない。門番たちはもちろん知らない事だろうから、ただ顔を見合わせて困惑するだろう。
そうこうしているうちに、窓が割れる音がするのだ。
「…まぁ、私が割るんだけど」
私はキリキリと矢を張る。矢の先には手紙を結んだ。矢に文を結ぶのはヴィクトールの案で、かなり直前に加わった作戦だ。
さぁ、ドラマのはじまりだ。シナリオ通りにいくだろうか。
なんとなく気持ちが高揚する。私はにっと笑う口元をそのままに、矢を放った。
弧を描いて空気中を割く。
その矢が日常の全てを貫いて、窓ガラスを派手に割った。
「なんだ、今の音は!?」
とかなんとか、玄関先では会話がなされているに違いない。騎士団が調査させていただきます、そんな宣言で館に踏み入るだろう。ここからは遠くて見えないけど。
あとはヴィクトールがうまくやってくれるだろうと、高をくくって私はその場を離れた。矢の軌道が推測されれば、この場所はすぐに分かってしまう。
木から飛び降りて、正面入り口の方へ向かおう。今頃は矢につけられた文に、屋敷の主人も気づいただろう。
『奴隷で稼いだお金はいただいた』
だが、私の前に、予定外のものが現れた。
「…!?」
道を塞いだのは、地味な女性だった。なんでもない、その辺にいそうな女性。目の前に居られなければ忘れてしまうような女性を私が認識できたのは、その視線がまっすぐに私を狙っていたからだ。
な、に、
「作戦は失敗です。やはり裏切りがおきました」
彼女は静かにそう言った。
え、何。何が起きたか分からないのだけど。
「あなたは…?」
「私はエメ。シリル師団長の遣いのものです。あなたは今すぐに屋敷に踏み入らなければなりません」
彼女は鋭く、素早くそう言った。だが私の頭の中はまだ混乱していて収集がつかない。
作戦はこうだ。ヴィクトールとレイモンさんが正面入り口からメイデン家を訪問。素直に脱税疑惑を告げ、時間を稼いでいるうちに、全く別の方向から私が矢を射る。物音に驚いた主人や家人に混じって、ヴィクトールとレイモンさんも屋敷内に侵入。矢文に書かれた文字を見る。すでに宝は奪われた旨の文章を書いておけば、慌てて主人が金庫を確認しにいくだろう。そこを現行犯逮捕だ。
アシルさんのたてた作戦はそうだったはずだ。
私は遠くから矢を射るだけでいい。そのはずだったのに。
私の前に立つ謎の女は、作戦の失敗を告げている。彼女は懐から縄のようなものを取り出しながら、冷静にこう告げた。
「急いで。フェレ家のレイモンは謀反を起こしました。入り口にてヴィクトールと交戦中。ここから直線距離で屋敷内へ向かいなさい」
エメと名乗る女は、縄を投げて柵の向こうの何かに引っ掛ける。すごい技術だ。ステータスを確認したが、表記がない。ギルドに登録がないのだろうか。
「早く! 作戦が完全に破綻する前に」
罠、かな。
一瞬迷ったが私は縄を手にすることを選んだ。ほとんど勘だった。
縄をつたって登り、柵を越える。嫌な予感が、確かにしていた。私は先ほど自分で破った窓のある場所へ走る。一階の空いている窓から侵入し、屋敷内地図の記憶を引っ張り出す。
私は屋敷内に入る役ではないから、覚えなくて良いと思っていたのに。
階段を登りながら、アシル殿に感謝する。念のために覚えておけと助言をいただかなければ、ここで迷ってすべてが終わっていただろう。
二階へたどり着くと、召使やメイデン家の人々がすでに集まっているところだった。
ヴィクトールが、居ない。
私は廊下の調度品の陰にかくれながら、目を凝らす。ほとんど悲鳴に近いような声が聞こえた。
「…お父さんっ、!」
手紙を読み終わったのだろう、丁度、当主らしき男が形相を変えて走ってくるところだった。
やばい、こっちに来る。
しかし当主は目を血走らせ、前を見て走り去った。私はその跡を追う。
「お、お前っ!? 何者だ!?」
後ろから誰かの声が聞こえる。追ってきているのが分かったが、無視する。ただ夢中で走る当主を追って、階段を下った。
広い屋敷を飛び出し、厩に向かう。いやいやまさか、そんな。
扉を開けると、飛びつくように中へ入っていった。
「…この金は渡さん…渡さんぞ…」
彼は必死で藁の山をかき分けている。やがて一番奥から、黒い金庫が出てきた。滑る汗で失敗しながらも、震える手でダイヤルを回し、扉を開けた。
どっと、彼は尻餅をついた。
「……っ!」
私は見た。金庫の中にはいかにも典型的な、金貨の山がぎっしり詰まっていた。
「…あるっ、金があるぞっ、」
ほとんどうわごとのように男が呟いている。えっと、そんでどうすれば良いんだっけ。そうだ、逮捕だ。
レイモンさん居ないじゃん!
あれ? 裏切ったんだっけ?
脳みそが熱でパンクしそうだ。思考が真っ白になったところで、私の動きが止まった。
「捕まえたぞ、こそ泥め!」
しまった。
私の首に腕が回るのを感じた。後ろから追ってきていた召使いたちだ。ぎゅうぎゅうと首を絞めてくる。
おそらく首を絞めた経験などないのだろう。全然気道が締まっていないが、苦しいものは苦しい。
「…けほ、」
「…!? なんだ貴様は!?」
我に返った主人にも気づかれた。万事休すだ。
今日は2回更新です。昼頃もう一話upします。