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作戦

レイモンというのは、入り口のところで会った門番のうちの一人だったようだ。


「レイモン殿は見習い時代の二つ上の先輩です」


シリル殿の執務室から帰る途中、ヴィクトールはそんな話をした。


「シリル殿の隊に所属していらっしゃいますから、兄アドルフの後輩にあたります。父は師団長として見習いの調練をみることもありましたので、師弟関係でもあります」


「なるほど」


つくづくアシル殿はすごいなと思う。下級貴族でありながら師団長にまでなった努力の人、だっけ。


「もしメイデン家に忍び込むのであれば、父の指示を仰ぐのが良いでしょう」


ヴィクトールの提案に深く頷く。アドルフ兄ちゃんのメイデン家見取り図は、私なんかよりアシル殿の方がずっとうまく活用してくれそうだ。


門のところまで戻ると、レイモンさんが待っていた。すでに門番は別の人に代わっている。


「勇者スズカ殿」


彼は礼儀正しく声をかけてくれた。うっわー、久しぶりに呼ばれたわ。


「先ほどはご挨拶もせず、ご無礼いたしました。暁の騎士団第18師団所属レイモン・フェレと申します。以後お見知り置きを」


しっかりと深くお辞儀をしてくれる。


「…はじめまして。鈴鹿と申します」


私がそう答えると、レイモン殿は紫がかった灰色の犬耳をぴくんと動かした。騎士団のほとんどが狼の獣人と聞いている。彼も狼の獣人なのだろう。


「メイデン家の調査に関して、現状どの程度わかっているのですか」


「いや、ほとんど分かっていないです。これからアシルさんにご意見を仰ぎに行こうかと思っていて」


「なるほど」


レイモンさんは顎に手を当てて、考える仕草を見せた。


「急いではことを仕損じます。私も、父や母からの情報を探して来ましょう。」


「それは有難い。スズカ殿、フェレ家は先祖代々騎士団師団長を輩出している由緒正しいお家柄です。何かご存知である可能性は高いでしょう」


アンドレが説明してくれる。レイモンさんは今一度ヴィクトールに向き直った。


「アンドレ、いや、今はヴィクトールというのか。今日の騎士団の手伝いは免除になったとシリル殿から言付かっている」


「そうなのですか?」


アンドレが不思議そうに首をかしげた。


「アルノルフくんの救出に力を注ぐようにとのことだ」


「有難いご配慮です。」


「今後の動きについて、スズカ殿には何かお目当てがおありか」


そう言われて、私はアンドレと目を見合わせた。


「ひとまずアシル殿を尋ねようと思っております。他に情報がないので」


「承知しました。私は今日はこの後、家に戻って情報を収集する予定です。フェレ家と関係深い家にも、探りを入れて笑みましょう」


「助かります。何かありましたら『猫の瞳亭』まで言付けをお願いします」


ヴィクトールがそう締めくくり、レイモンさんとは一度別れることになった。










ヴィクトールたちが去った後の、シリル師団長の執務室はしんと静まり返って居た。


「エマ」


書類から目もあげず、シリル師団長が呟いた。


「こちらに」


静かに答えたのは、師団長の机の脇で片膝をつく女だった。いつからそこに居たのか誰もわからない。もしかすると、ヴィクトールたちが居た時からずっとそこに居たのかもしれない。そんな静かさを持った女性だった。


一見、唯の騎士団事務員に見える。


「追跡を。」


シリル団長の言葉は、ほとんど声にならないような小さなものだった。


「御意」


女はいなくなっていた。初めから居なかったかのようだった。

窓から吹き込んだ風で執務室のカーテンが揺れていた。






「…お屋敷地図とは。あの子は随分なものを手に入れましたね」


アドルフさんからもらった書類を目にするなり、アシル殿はそう言った。


「つまりスズカ殿は、メイデン家の脱税疑惑にのっとって、かの家を失脚させ、アルノルフを救出する計画を立てているわけなのですね」


アシル殿にそう言われたものの、私はぴんと来なかった。あれ、そういう話になるのか。

ただ私は、自分にできることをやっただけのつもりなのだが、いつのまにか首謀者という立ち位置にいた。解せぬ。


「…そこまで事を荒立てるのもどうなのでしょうか。私たちはただ、アルノルフが無事ならそれで良いのですが」


アデールさんが心配そうに眉をひそめる。

通常は、そうだろう。だが、私たちには「メイデン家当主はショタコンでやばいかも」っていう情報が入っている。本当ならば、一刻も早く救い出さなければならない。


「シリル師団長の協力も仰いでおります。レイモン・フェレ殿をお借りし、ともにメイデン家の不正を暴くつもりです」


正義感に燃えたヴィクトールが身を乗り出した。


ヴィクトールもショタコンの話は両親にしない方針のようだ。


「…シリル殿か。」


懐かしそうに、アシル殿が目を細めた。



「本当に彼が動くと言ってくださったのか。それでは私も動かない訳にはいかないだろう」



アシル殿はメイデン家の見取り図を大きく広げた。


「正面入り口と、召使裏口、女性用裏口。侵入するなら、そうだな、」


アシル殿は図を初めて目にしたはずなのだが、テキパキと意見を口にした。


「スズカ殿が動いている事を敵がどの程度知っていて、警戒を強めているかわからない。さて、どうするべきか…」


アシル殿は、メイデン家のお屋敷から一番遠い一角を示した。庭園のバラ園の向こう側である。


「スズカ殿、アンドレにできる事をまとめよう。ぐだぐだしているうちに情報が広まらないとも限らない。あなたが騎士団を訪ねたという情報が耳に入っただけでも、彼らは警戒を強めるだろうからね。決行は明日の夜。明日の日中、レイモンくんとアドルフの情報を待って、夕方今一度この場所で作戦会議だ」


「そうですね、それが良いでしょう」


そうと決まったら、どんどん話をすすめていくアシル殿。そしてそれにきちんと意見を言えるヴィクトール。さすが本物の騎士団は違う。二人とも元、だけれど。


一通、作戦を練り終わると、アシル殿の家を後にした。









「いよいよなのですね」


私たちは宿に戻り、軽い食事を済ませた。


宿に戻る前に、森で大量に薬草を取って来ていた。ベッド脇の狭いスペースにドサっと下ろす。そのまま床に腰を下ろした。


「…そだね」



私は『-薬草反射(ポイズンリフレクト)-』を唱えると、先ほど取ってきた薬草を種類別に並べ始めた。広範囲に展開するとなると難しいスキルだが、薬草に直接触れる手元や、肌だけを覆うのであれば、そんなに難しくはない。言わば医療用全身スーツのようなものである。


薬草は色々取ってきたし、何かに使えるだろう。


「何か、お手伝いいたします」


作業をしているとヴィクトールが近づいてきてそう言った。


「うーん、危ない薬草とかもあるから、触らない方が良いかも」


私は毒草を手にして言った。だから私も防御スキルの範囲で触ってるわけだし。


「……そうですか、」


ヴィクトールは犬耳をしおらせた。


「明日決行だと思うと、眠れなくて」


「そっか」


私は少し考えて、私の後ろを指差した。


「じゃあここ座る? っていうか、ここしかないんだけど」


私の座る場所は、前も右も左も薬草で埋まっていた。スペースがありそうなのは後ろくらいである。



ヴィクトールは何を理解したのか、ぽんと手を叩いた。


「なるほど、背もたれですね!」


「いや違うから」


そう言ったにも関わらず、ヴィクトールはその狭い場所に背中合わせに体操座りする。


ふわり。


尻尾の毛が私の背中を撫でた。



なんだこの状態。


場所もないので、互いの背中が触れてしまう。人肌の気配を感じると、自分の背筋の緊張が解けるのを感じた。



「………」


あ、私も、緊張していたのか。


ヴィクトールに溶かされて初めて気づいた。そのまま少しずつ体重を預けると、触れたところが暖かい。

その熱で、肩の筋肉が緩まるのが分かった。



…緊張しない訳がないか。だって、今もアルノルフくんはどんな目に遭っているか分からない。その家に乗り込もうというのに。


「…ヴィクトール、」


そっと名前を呼ぶと、彼がぴくんと反応したのが伝わったきた。


「はい」


「寝落ちそうだったら起こしてね」


そう声をかけると、ふっと彼の肩から息が緩んだのを感じた。あ、もしかして今、ちょっと笑ったのかな。


背中合わせだから顔は見えないけれど。



「…はい、」



彼が答えてくれたことに安心して、私は自分の頰が少しだけ、綻んでいるのを感じた。

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