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会話

久々にすっきりと目が覚めた。


「おはよう」


すでに起きているらしきヴィクトールに声をかける。ヴィクトールは身支度をしていた手を止めて、こちらに微笑んだ。


「おはようございます。スズカ殿」



…この違いである。


これだけでも、彼の家族を救う価値があるというものだ。うん。本当に良かった。


「今日は何をされるご予定ですか」


「そうだなー、朝ご飯食べながら話すわ」


寝起きの頭ではまだよく考えられない。大きなあくびを一つして、着替えを手繰り寄せる。


「承知致しました。私は先に朝食を頼んでおきます。卵は何になさいますか」


「目玉焼き」


なんというか、これがスムーズなコミュニケーションというものかと思い、身が震えた。もはや感動のレベルが低くなっているのは自分でも分かっている。


彼が部屋を出た後、着替えをしてから1階へ降りる。多分、この辺も気を使ってくれたのだと思う。やっぱり、根はいい子なんだなぁ。


食堂へたどり着くと、ヴィクトールがこちらに気づいて立ち上がった。椅子を引いてくれていたので、慌てて駆け寄る。




「いやいや、そんなことまでしなくても大丈夫だから!」


「…承知しました」


うん。ちょっとね、急に態度が変わりすぎて逆にこっちが辛いわ。


なんていうか、胸が苦しい。これが心苦しいってことだろうか。あー、ドキドキした。


私はヴィクトールが座ったのを確認して、自分も椅子に座った。


ふぅ。


ちょうど朝食が運ばれてきた。


「えっと、今日の予定なんだけど」


私はパンにかじりつきながらヴィクトールに話しかける。いやね、今までもこうすれば良かった話だと思う。ヴィクトールに何も言わずにあちこち行ってたから、彼を心配させてしまったのだ。


ノーモア、コミュニケーションロス。



「午前の鐘三つの刻に、二ベル家で待ち合わせをしてるの。坊ちゃんの昼寝だかなんだかの時間で、休憩時間なんだって」


「午前中に昼寝ですか?」


「うーん、勉強だったかなぁ…」


ごくり、と牛乳を飲む。冷えた水分が喉に心地良い。


「昨日確認した妹さんの無事に関して、報告しようと思ってる。あとは、アルノルフくんの追加情報があれば聞きたいなぁ、って感じかな」


「なるほど」


「ヴィクトールの予定は?」


私が尋ねると、彼は少し考えて言った。


「実は昨日は、ギルドからではなく、騎士団の昔の上司から直接仕事をもらっていたのです。モンスター中ボス征伐に加わったので、かなり稼げました。今日は国王から地方への支援物資運搬に騎士団が駆り出されるらしく、夕方頃準備をするので手伝って欲しいと言われております」


「オッケー」


私は頷いて、少し考える。


「そしたら、今朝のアドルフさんのところには一緒に行こうか。で、何しろって言われるか分かんないけど、もし時間があったら、ご両親のところにも顔を出そう。で、夕方頃、騎士団の手伝いに行ってきて欲しい」


「そのように致します」


スムーズな言葉のキャッチボールだ。

ちょっとしつこいくらい、さっきから同じことしか考えてない。人と会話をするということが、これほど楽しいことだとは。

伊達に二年もソロプレイやってない。


「そういえばさ。昨日妹さんに会う前に、ネーゼ家のメイド長に渡りをつけてもらったんだけど。お兄さんからメイド長にネックレスを渡してくれって預かったのね。言われた通りメイド長に渡したら、『RACCOON』ってお店の女の子に渡してくれって言われたの。なんか知ってる?」


そう言うと、ヴィクトールは眉をしかめた。


「…そうですか。そのネックレスにはダイヤが埋まっていましたか。指輪に使うような、大きめの石です」


「うん。お母さんの指輪だっけ?」


「…そうです。兄は以前はふらふらしていた人でした。『RACCOON』の娘さんに出会ってようやく関係を清算したのです。メイド長も、メイデン家のご令嬢も、おそらくその時に」


「…なるほどね」


それがうまくいかなくて、メイデン家のご令嬢から恨まれたわけか。ただ、メイデン家には当主のショタコン疑惑がかかっている。本当の狙いはご令嬢の執心するアドルフさんだったのか、それとも当主が狙うアルノルフくんだったのか。


「じゃあ、行こうか」


食べ終わった私たちは、一緒に外に出かけた。朝の日差しすらも心地よい。いやー、心の健康を取り戻した気分だ。


と、浮かれている場合ではなかった。私たちにはまだ大きな課題がある。





二ベル家の門前に立つ。


私は再び門番の男に声をかけた。アドルフ兄さん、ええと、今はなんて名前だったのだっけ。


「ジャンさんを呼んでいただけますか」


思い出した名前を呼ぶと、門番は「承りました」とだけ言って一度持ち場を離れた。しばらくして戻ってくると、前と同じように中庭の東屋に通される。

私は華奢な椅子にそっと腰をおろした。


遠くで鐘がなるのが聞こえた。どうやらちょうど良かったようだ。というか、時計のない世界で早くもなく遅くもない時間につくのは結構面倒くさい。


「…ジャン、というのが今の兄の名前ですか」


ヴィクトールが言った。


「うん、そうらしいよ」


「そうですか…っ、兄らしくて何より」


ちょっとツボったらしい。


「そんなに面白い名前かい?」


アドルフさんは音もなく、また突然に声をかけてきた。


「兄上っ!」


「おお、弟よ。元気そうで何より。まぁお前にはそんな心配しちゃいなかったよ。」


アドルフさんがヴィクトールの頭の上に手を置いて、ぽんぽんと叩いた。


「お前、変なところにこだわるからなぁ。雇い主と喧嘩するんじゃないかなとは思ってたけど、うまくやってるのな」


…すみませんお兄さん、その通りです。昨日大げんかしました。

ヴィクトールもそっとお兄さんから目をそらしていた。


「再会を喜びたいところだがあまり時間がない。スズカちゃん、昨日は妹と会えたのかい」


「ええと、昨日ネーゼ家の妹さんとは話をしたわ」


私はアドルフさんに向き直る。


「今はまだ慣れない生活だけれど、余裕ができたら手紙を書くと言っていたわ。休みの日には両親の元へ帰ると」


「それは良かった。ひとまず3人は無事だな」


アドルフさんは腕を組む。


「僕からの報告は…あんまり芳しくないかな。メイデン家はガードが硬い」


「あの、妹さんが言っていたのだけど」


と、私は昨日の記憶を呼び起こす。


「メイデン家は奴隷商人と繋がって荒稼ぎをしているって噂があるのですって」


「…その噂を、アレットはどこから?」


アドルフさんが鋭く問いただす。


「ええと、奥様の噂話で聞いたと言っていたわ。脱税疑惑があるとか」


「でかした」


アドルフさんはにやっと笑った。


「サロン会の噂ね。そちらの方に探りを入れてみよう。奴隷を性的に扱うことは立証が難しいが、脱税疑惑に関しては騎士団を動かせる」


「せ…せい…?」


ヴィクトールが首をひねった。アドルフさんがはぁ、とため息をつく。


「お前は相変わらず天然か。せ・い・て・き! メイデン家当主パスカルには少年愛者だって噂があるんだよ」


「ひっ」


ヴィクトールが顔を引きつらせた。そういえばまだ話してなかったな。


「そんな。では、アルノルフは」


「それはわからん。だから調査するんだろ」


複雑な表情のまま、ヴィクトールは押し黙った。


「さて、スズカ嬢」


アドルフさんが私に向き直る。胸ポケットから何かカードのようなものを指差し指と中指に挟んで取り出した。


「これは僕から貴女への贈り物です」


何事かと思って中身を見てみる。


「…これは?」


どう見ても、どこかのお屋敷の図面に見えるんだけど。


「ん? これはメイデン家のお屋敷地図ですよ」


「ちょっと待って。これを私に渡して何をさせるつもりなの!」


アドルフさんはどこ吹く風で手をひらひらとふった。


「まぁね。うまくいかなかったら実力行使ってやつかな。その前にまず、騎士団の協力を仰ぐといいよ。そうだな、師団長のシリル殿なら話を聞いて下さるだろう」


「し、師団長!?」


ヴィクトールが目を白黒させている。どうやら偉い人らしい。


「大丈夫。僕の名前を出せば話を聞いてくれるはずだから。じゃあ僕はこれにて」


風のように去っていこうとするアドルフの最後のセリフの意味を一瞬考える。あれ、どっかで聞いたな。めっちゃデジャビュ。




「それ、メイド長の時も言ってたけど上手く行かなかったんですけど!?」



しかし既に彼の姿はなかった。



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