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妹、そして、

しばらくすると、小さな女の子が扉を開けた。




「は、はじめまして…」




ふわふわの亜麻色の長い髪を、うしろで一つに束ねている。リボンがうまく結べないのか、真新しいメイド服が、まだ不恰好なようだ。アンドレと同じ形の耳。尻尾は、長いドレスで隠れてしまっているが、間違いないだろう。10歳と聞いていたが、年齢より小さな印象を受ける。



「アレット・ケネル嬢ですか」



私は声をかける。とりあえず、ほっとしていた。傷などは見当たらないし、顔色も元気そうだ。彼女はこくんと頷いた。




「はい。あの、今はただのアレットです。あの…兄様のお知り合いの方でいらっしゃいますか」




どうやら名前は同じらしい。おどおどとした瞳だが、言葉遣いはしっかりしていた。そっとベージュの絨毯へと踏み入れる。



「そうです。アドルフさんとも知り合いですが…私は、アンドレの持ち主です」



そういうと、彼女ははっと息を呑んだ。


「そうだったのですか…兄上様方はお元気でしょうか」


この家族、みんな互いが心配でならないらしい。


「え、あぁ、うん。アドルフさんもアンドレも元気ですよ。あなたのご両親、アシル殿とアデールさんもお元気そうでした」


「そう…良かった。」


ほっと息をつき、彼女は私の向かいにちょこんと座る。しばらく黙ってから、きまずそうに口を開いた。





「……アルノルフは、」





これは私も答えにくい質問だった。10歳の女の子にどう答えるべきか。


「いま、アドルフさんと、探しているところです。必ず、私たちで探します」


「…そう、ですか。やっぱり」


彼女はわずかに下を向いた。そしてすぐに顔をあげる。



「父と母に伝えていただけますか。私は元気です、と。そしてこのお屋敷では、半年に数日、いとまをいただけます、と。今はなかなかこの生活に慣れなくて、夜は疲れてすぐ眠ってしまうのですが、先輩方には就寝までの間に手紙を書いていらっしゃる方もいらっしゃいますわ」



そう告げる彼女の顔を見て、とりあえずほっとする。良かった。これでひとまずは、アンドレも安心してくれることだろう。




「それからーーー」




彼女は躊躇いがちに小さな口を開く。


「あの、アルノルフの買い手のお方。私、どなたか存じ上げなかったのですけれど、先日奥様とご一緒させていただいたパーティーでお見かけしましたわ。あの、メイデン家の方だと思うのです。何故だかはわからないのですが…」


また一つ、確実な情報が入った。アルノルフの買い手はメイデン家で間違いないようだ。


「ありがとうございます。アドルフさんにもお伝えして、詳しいことを調べてみます」


「あ、あの、えっと、その」


彼女は慌てた様子で言った。


「あのお家は、なんというか、あんまり評判がよろしくないんです」




そりゃそうだろうよ。当主ショタコンだもんね。10歳の少女に聴かせられる話ではないが。


だが、彼女は続けた。




「あの、お噂なんですけど。奴隷商売でかなりお金を稼いでいらっしゃるみたいで。ですが王国には報告していないみたいで…その、税金を、あまり払っていらっしゃらないようなんです」




小さな声で「…と、奥様がおっしゃってました…」と自信なさ気に続ける。




私は一瞬、声を失った。だが慌てて問い正す。




「他には、他には奥様はどのようなことをおっしゃっていましたか?」


「いえ…。ただ、奥様は噂話がお好きなんです。サロンを開いて、よくいろんな階級の方をお呼びしてお話を聞いていらっしゃるのですわ。メイデン家の方に関しても、パーティーでお見かけした時にお話をお伺いしただけで」


「…なるほど、」




彼女の情報だけでは確かにただの「噂話」だが、いろんな人の話と符号する点は多い。奴隷商人と繋がっていたのだろう、とアシルさんも言っていた。

女主人の噂話、か。信ぴょう性はどの程度なんだろうか。わからないが、明日アドルフさんに相談してみるべき案件だろう。



「ありがとうございます。何か思い出したことがありましたら、『猫の瞳亭』のスズカまで言伝を頼んでください。…その前に、まずはご両親を安心させてあげてくださいね」


「はい、ありがとうございます。…父上も、母上も、兄上も…元気だと聞けて…」




彼女の小さな瞳から、すっと涙が出た。泣き方がお母さんのアデールさんと同じだと思った。瞳には強い意志を秘めたまま、ただ水滴だけがそっと頰をなぞる。




「良かった…ありがとう、ございます…」




少女はふわっと笑った。あぁ、良かった。初めてケネル一家の心からの笑顔が垣間見れた気がした。



いつかアンドレにも、こうして笑ってほしいと思う。






ネーゼ家を後にして、私は再び繁華街に戻った。

今日の夜は、奴隷商人の集まる居酒屋で情報収集をする予定である。だが、日が暮れるにはまだ時間がありそうだ。私はネーゼ家のメイド長が言っていた『RACCOON』を探していた。


道行く人の誰もがその店を知っていた。有名な店のようだ。たどり着くと、そこは小さなカフェのような場所だった。

店の前には、小さな白い花の植木鉢が並んでいる。控えめに咲くその花は、素朴で小さなその店にぴったりのイメージだった。




「いらっしゃい!」




扉を開けると、元気そうな女の子が声をかけてくれる。焼きたてのパンの匂いがした。店頭には、カゴに入った幾種類ものパンが並んでいる。なるほど、イートイン付きのパン屋みたいな感じらしい。



「お一人様ですか?」


「あー…えっと、」



私は要件を思い出す。あぁそうだ。アドルフさんからメイド長に、って預かったネックレスだ。メイド長から『RACCOON』の娘に渡してほしいと頼まれたのだった。

メイド長はそう言ったけれど、本当にその娘宛なんだろうか。




「あの、アドルフ・ケネルさんからお預かりもので。この店の娘さんはいらっしゃいますか」




「この店の店主の娘、って意味なら、あたしだよ」




彼女はきょとんとして私を見た。

決して美人ではないが、愛嬌のある顔だった。顔は丸めだが、太ってはいない。長い黒髪を後ろで一つに縛っている。耳は丸く、茶色い。店名の通り、狸の獣人なのだろう。瞳は大きく、不思議そうにこちらを覗いている。




「アドルフさんの知り合いの人? 最近あんまりあの人来なくなったね」


「あの、預かりもので」




私は懐からペンダントの入った箱を取り出した。彼女は眉をひそめてそれを受け取る。



「贈り物なんて…どうして自分で持ってこないんだろう。あんなにうちに来てたのにな」



彼女はつぶやいて、箱を開ける。銀色のペンダントを見ると、はっと顔をあげた。




「これは…これは、受け取れないよ。」




彼女は箱ごとペンダントを突き返した。私も困ってしまう。



「あの…どうして、」



「だってこれは、あの人がいつもしていた指輪のダイヤじゃないか。お母さんからもらって、いつか自分のお嫁さんにあげるんだって言っていた指輪だよ」




彼女も狼狽しているようだった。




「あの…アドルフさんからこれを預かった時は、誰宛のものか分からなくて。これを別の人に見せた時に、あなた宛のものだと教わったんです。ジャスミンの花を持った天使のイメージらしいんですが」



本当は別の人に渡そうとしていたことなんて、言わないほうが良いだろう。


「ジャスミン…」




彼女は一瞬、言葉を失った。




「じゃあ、あの人、本気だったのかな…」


彼女はペンダントを取り出して、そっと自分の首にかけた。





「お店の前に、ジャスミンの花があっただろう。うちのお店でも、ジャスミンティーを出しているんだ」





そう言われて、店の前に白い花の植木鉢があったのを思い出した。そうか、あれがジャスミンの花だったのか。




「私がジャスミンの花を手入れしている時に、あの人は初めてうちの店に来た。それから何度か通ってくださるようになって…。でもきっと、貴族のお方だろう。騎士団の制服を来ていらしたし。なんでうちの店なんかに来てくださるんですか、って一度あたし、聞いたんだ…。」




彼女は思い出すようにつぶやく。そして私を見て、こう言った。




「あたしのことなんて、忘れてらっしゃると思ってたよ。あの言葉だって、きっと…。だけど、こんなものをこしらえててくれたんだね。あの人は今、お仕事かい?」




そう聞かれて、私は曖昧に頷く。奴隷だとしても、仕事であることには変わりない。



彼女は小さな声で、そっか、と言った。


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