贈物
弟アルノルフを買い取ったのは、ショタコンの貴族のおっさん。
という衝撃的な情報を残して、アドルフさんは仕事に戻っていった。
うん…あの真面目な両親には聞かせられない内容だ。
同性愛は、悪いことではないのだろうし、私自身、性癖に差別的な感情は持っていない。けれど、子供を無理矢理というのは、ワケが違う。
それでは、メイデン家の狙いは、お兄さんのアドルフさんではなく、弟のアルノルフくんだったのだろうか。
…アドルフさんはまだ確証は持てないと言っていたけれど。どうかただの噂であることを願うばかりだ。
そうこう考えているうちに、繁華街へ来ていた。太陽がさんさんと差し込む、この街で最も賑やかな通りだ。宝石屋なんてあっただろうか、とあたりを見回す。
確かにそれはあった。今まで気にしたこと無かったから気づかなかったのか。
扉を開けると、カランカランとベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
ニコニコと笑う切れ長な瞳。丸まった大きな尻尾からして、栗鼠の獣人のようだ。低めの背丈の割に大きめな顔に笑みを満面にうかべている。
「すみません、アドルフ・ケネルさんの代理でネックレスを取りに来たのですが」
そういうと栗鼠の店員は小さな耳をピンとたてた。
「はい、お待ちしておりました! 特注の一点でございますね」
特注!
私は驚いた。ていうか、そのネックレスを売ったら、いくらか家の生活の足しになったんじゃないの? そりゃ、頼んだ時はお金がまだあった時だったのだとは思う。
けれど、いくら貴族だからって、複数の女性関係の一人にそう気軽に宝石のネックレスを渡す?
ちょっと、キザすぎない?
ていうかそもそも、アドルフがこうしていろんな女性に手を出したから、メイデン家とのトラブルを招いたのではなかったのか。
混乱している私をよそに、店員は細長い箱を開けて中身を見せた。
「こちらの品でございますね」
磨き上げられたシルバーに輝くそれは、想定していたよりシンプルだった。
ペンダントトップは小さな天使。手に持っているのは何かの花だろうか。花束を束ねる手元には、輝く透明な石が埋まっていた。
「お預かりしていた指輪のダイヤモンド、本当に良いものでしたとお伝えください。ジャスミンの花を持つ天使のコンセプトで、とても素敵に作らせていただきました。追加料金は発生しておりませんので、安心してお持ち帰りください。」
…なかなか洒落た作りを注文したようだ。こういうところがきっと、モテる男なのだろう。
ダイヤモンドは再利用だというから、見かけほどお金がかかっていないのかもしれない。もしかしてその指輪も、かつて誰かに贈ったものの再利用だったりするのだろうか。いや、まさか。うん。
「ありがとうございます。受け取っていきます」
「はい、毎度ありがとうございました。今後ともご贔屓に」
再び街を歩き、今度はネーゼ家の門を叩く。
門を叩いてから気づいた。そういえば私、メイド長の名前聞いてないんだけど、「メイド長」で伝わるんだろうか。
私は門番の一人に近づき、二ベル家を訪ねた時のように、恐々と話しかけた。
「すみません、メイド長さんはいらっしゃいますか。ご挨拶申し上げたいのですが」
うん、男性からの贈り物を持ってきましたなんて言わないほうが良いに決まっている。こう言えば、何かの商売の売り込みに来たのだと思ってもらえるだろう。
門番の男は、じっと私の頭上を見た。ステータスを見たらしい。「弓使い(勇者)」から何を読み取っているのだろうか。
「…メイド長、ですか」
「そうです。アドルフ・ケネルの紹介で参りました」
その男はアドルフの名前を知らなかったようだが、一度確認しに屋敷に戻ってくれた。しばらくすると、女性を伴って戻って来た。
「あなたですの。アドルフの紹介でいらしたという方は」
姿を表したのは、印象の強い女性だった。夜会巻きにきっちり結い上げた髪の隙間から、整えられた三角の耳がはみ出ている。とんがった狐目、いかにもキツイ印象を受ける彼女だが、耳からしてどうやら狐の獣人のようだった。尻尾は足首まで広がるメイドドレスに隠れてしまっているらしい。
えっと、年齢が40代くらいに見えるんだけれど。アドルフ兄ちゃんっておいくつでしたっけ。
ひとまず私は彼女に用件を告げる。
「アドルフさんから贈り物を預かってきました」
私は手に持っていた贈り物を渡す。
「彼が…私に?」
すごく怪訝そうな顔をされた。そうだよね、と私も思う。
「アドルフ・ケネルが私に贈り物をするとは思えないのですが。これは一体なんなのですか」
ですよねーーーーー。
何が「喜んでくれる」だ。全然喜んでくれてないじゃん。むしろ警戒されてるじゃん。
「えっと、ペンダントです。ペンダントヘッドはジャスミンの花と持った天使をイメージしてるそうです。ダイヤもついてます」
まゆをひそめる彼女に私は言葉を続けた。
「あのー。本当にただの贈り物だと思います。アドルフさんは妹のアレットさんのことを心配しているのです」
多分。
と思いながら言ってみたが、彼女はぴくんと耳を動かした。
「……そうでしょうとも。」
低い声でつぶやく。そして、鋭い一言を発した。
「この贈り物は、本当は私宛のものではありませんね」
ぎくっ。
私は冷汗をかく。ああもう、どうして私がこんな目に合わなきゃならないんだ! おばちゃん怒るよこれ!
「えーと…あの、その…」
なんとかごまかそうとしていると、彼女はため息とともにこう言った。
「…分かりますよ、ジャスミンの花に、ダイヤなんて。」
彼女はふと目をそらす。
「アレットにはお引き合わせしますから、このネックレスは繁華街のパン屋の娘にやってくださいまし。『RACCOON』という美味しい紅茶とパンの店。道行く人に聞けば分かりますわ」
一気にそうまくしたてると、背を向けた。
「門前ではなんでしょう、応接間にご案内いたします。」
「……。」
なんだか話が通ってしまった。ぽかんと口を開けてる暇もなく、せかせかと歩く彼女に追いすがる。
大きな門をくぐると、そこは広間になっていた。漫画でみたようなシンデレラ階段を中心に、左右に部屋が連なっている。一階を右折したところ、一番手前の小部屋に通された。
一番手前と言えども、床には絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾ってある。促され、ふかふかのソファに座った。
応接間というのにふさわしく、目の前にも小さな机と、ソファが置いてあった。
「では、私はこれで。」
見ると、メイド長の彼女が去るところだった。彼女は下げかけていた頭を、ふと上げる。
「…最後に、お伺いしたいのですが」
「はい、」
彼女がふと振り返る。
「彼は今、何を?」
「彼は…二ベル家のフットマンをしております」
「フットマン…」
彼女はつぶやく。
「奴隷に落ちても、彼らしいこと。ゆくゆくは執事になるのでしょうね。優秀な人ですもの」
彼女の言い方に、なんだか違和感を持った。それがなんだかわからないが、私が言葉を挟めるような状況でもない。
「アレットをお連れいたしますので、少々お待ちくださいませ」
メイド長は優雅に一礼し、身を翻した。