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双子公女の隠し事  作者: 稿 累華
第二章:再会

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2−2

 ソーニャと共に屋敷の庭を散策していると、不思議な感覚になった。いとけないイレイェンが、庭を一緒に歩いたのは母とだった。屋敷を囲うようにして植林された木々は、小さな林を作り、世界から隔絶されたようだったが、穏やかな時間を過ごすことができて、幸せだった。


 母と歩いた思い出は、今でも根づいている。だが、幼い頃の記憶にはソーニャと過ごした日々がなかった。


「ねえ、わたしたちって小さい頃、あんまり一緒にいなかった?」


 イレイェンがソーニャとの思い出を振り返ることができるのは、母が病死してからだ。それからの日々には、どこを想起しても妹がいる。


「わたくしは部屋で本を読んで過ごして、姉さまは母さまと外で過ごしていることが多かったかしら。姉さまは母さまが大好きで、家のなかにいてもべったりだったから、覚えていないのも無理ないわね」


 言われてみて、イレイェンは得心する。かろうじて残っている記憶に、たしかに、今と変わらず室内で本を読んでいるソーニャの姿があった。


「そうだったわね。懐かしいわ。でも、今じゃわたしは、ソーニャにべったりね」


 笑みを向けると、妹は頬をほんのりと染めて、そっぽを向いた。感じていることをあまり口にしない妹だが、こうして時折ささいな動きで、気持ちをこぼす。


 母が死んだ時、泣き叫ぶ自分をそっと抱きしめながら、妹しずしずと涙をこぼしていた。ソーニャとて、悲しかっただろう。最愛の母だ。けれど、自分の感情を吐き出すことよりも、姉のわたしを慰めることを優先した。同じ八歳の子どもなのに。あの時、自分はどれだけ救われただろう。前を向こうと思えたのは、優しく包み込んでくれたソーニャがいたからだ。イレイェンは、感謝してもしきれない。


 逍遥( しょうよう)しながら、トウヒの梢を見上げる。木もれ陽が差し込んで、雪スズメやバーヨ(カラスに似た茶色の鳥)のかそけき鳴き声が響いた。うっすらと茂る草のあいだには、薄紫や水色、桃色の小さな花々が蒼天の空に顔を出し、会釈する。春の香りを孕んだ空気を吸い込むと、小枝を踏みしめた父の姿が目に入った。


「話がある」


 父キャンスは、右手に封筒を握りしめていた。少し息が上がっているところから、早足で来たのがわかった。


「あら、こんなところで話すこと?」


 イレイェンが茶目っ気を出して言うと、父の眉はしかめられた。


「娘たちと散歩をしながら、と思ったのだが」


「お父さまにしては、珍しい発想ね」


 父キャンスと庭を歩く違和感は、ソーニャ以上だった。子どもの頃、父はほとんど屋敷にいなかった。リリエーシュの領地だけでなく、リュメール領全体、果ては帝王領を駆け巡っていたという。たまに姿をみかけても、険しい表情を浮かべてばかりの父のことを、どこか他人のように感じる日々だった。


 キャンスが領地に引きこもるようになったのは、母が死んでからだ。最低限の領地運営と書斎での読書。あれほど多忙なキャンスが、十年という月日をほとんどそれに使い果たした。この十年があったから、キャンスを父と思えるようになった。けれど、転じて出不精になった父と庭で過ごすのは、初めてのことだ。


「来月、帝都に向かうことになった」


「お父さまだけで?」


「私だけではない。イレイェン、それから、ソーニャもだ」


  舞踏会で父とマルヌーシュ公爵の話を聞いた時に、予感めいたものを感じていた。だから、招待状を受け取った時の動揺はなかった。けれど、不安は覚える。


「どうして、わたしたちもなの?」


「お前たちの可能性を潰したくないからだよ」


「可能性……?」


 ソーニャがいぶかしげに問い返す。イレイェンもまた首をかしげた。


「可能性ってどういうこと?」


「リリエーシュの領地にずっといたところで、見えないことがたくさんある。それを知らずに、この地に骨を埋めることがあっては、もったいないと思うのだよ。帝都に行けば、双子の伝承など気にしない者がほとんどだ。心配する必要もないだろう」


「王族は気にするわ」


「気にするも何も王族はめったに表に出てこない。たとえ、陛下の御前に出ることがあっても、どちらか一方であれば、お気付きになることもあるまい」


 無論、とキャンスは続ける。


「最終的に行くかどうか判断するのはお前たちだ。だが、私はできれば来て欲しいと思う。——どうしたい?」


 唐突に決断を迫られて、イレイェンは口を引き結んだ。


 天秤が傾ごうとして、水平に戻る。リリエーシュの安らぎと帝王領の輝きと、からからと転がる氷柱の欠片が、天秤のぐるりを踊ってはじけ、粒子となって皿に分配された。傾(かし)ぐ音がした。


「わたしは、お父さまに付いて参ります」


「だったら、わたくしも」


 ソーニャもまた、イレイェンと同じ答えであった。


「本当に? 合わせてない?」


 姉贔屓な妹についつい疑いの問いを向けると、ソーニャは笑顔をみせた。


「わたくしはただ、王宮にある蔵書が興味深いだけだわ」


 綺麗な笑みに、イレイェンはしばし見とれた。自分と同じ顔なのに、別の顔を見たような心地がして、慌てて首を振り、父に向き直った。


「わたしたち、ふたりとも王都に行くわ。ただ、やっぱり双子であることを表沙汰にするのは不安だから、皆に知られないようにしたい」


「……お前がそういうのなら」


 イレイェンにとって、譲れない話だった。双生の伝承を王族が気にせずとも、古くから語り継がれた噺は、深層に根づく。公にすれば、表立って害そうとする者がいなかったとしても、忌まわしいものとして避けられる可能性は高いだろう。それだって、ましなほうかもしれない。本当なら、領地から出ないという選択をするのが、一番なのかもしれない。けれど、この機会を逃したら、自分たちは一生屋敷から出ずに過ごすことになるかもしれない。その未来を考えると、たまらなくなった。


 舞踏会に参加する前の自分だったら、迷わず領地に引き込もる選択をしただろう。今の心持ちが、イレイェン自身も不思議であった。


「何かいい方法はあるかしら?」


「まずは出発をばらばらにしたほうが良いだろうね。そうだな……私とソーニャが先に出て、イレイェンは一日置いて追いかける形で、王都に向かうのはどうかな?」


「どうして、分けたほうがいいの?」


「同時に姿を見られる危険性は回避したほうが良さそうだからね」


 父の返答に、納得する。たしかに、同時に姿を見られなければ、言い訳できる。


「わかったわ。それで大丈夫」


「出立は、二週間後だ。それまでに準備をしておきなさい」


 踵を返した父の背中を見送ると、イレイェンはソーニャに振り返った。


「さて、二週間大忙しね?」


「ええ。でも、新しい本に出会えるのは楽しみだわ」


 妹の声は明るい色に染まっていた。心なしか、トウヒの葉が、鮮緑に輝いているように見えて、碧空(へきくう)を見上げる。あたたかな陽差しが、二週間後の自分を前向きに照らしている気がした。

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