8−2
ぬくもりの通った室内から外に出ると、ざわめくような寒さが沁みた。冬場は一時ほどしか現れない陽は、まもなく山の端に沈もうかとしている。
「あまり長くはぶらぶらとしないようにしよう。帰らなければいけないからね」
早足で進むかと思えば、ダランはあくまでもイレイェンの歩幅に合わせて街を案内してくれた。
エリエラたちが向かった街長の屋敷や、馬屋や橇屋、保存庫、ガットの店などを巡ったが、開いている店は少なかったので四半時もしないうちに周り終える。
固くなった雪道をざっざっと踏みしめながら、詰所への道を戻っていると、ダランがおもむろに切り出した。
「……イレイェン嬢は、」
間があった。言おうとして言えなかった。そんな間だった。
「最近、なにかあった……?」
青い目のなかにためらいの残滓が舞っていた。まるで、窓の陽に照らされた埃のようだった。ちらちらと舞う冬の埃は、静かな美しさがあると、ぼんやりと思った。
「別に、なにもないわ」
上手く笑えただろうか。口の端が引きつっていないだろうか。
「大丈夫よ、ダランさん」
青い目のなかで、塵埃がゆらゆらと光っている。しだいに揺れていた塵が積もっていった。
「……そうか。なら、いいんだ」
来た道を戻りながら、沈黙が流れる。家々に帰っていく人々と行き交いながら、イレイェンは思いついたことを口にする。
「そういえば、さきほどの事故はなにか難しいことでも?」
「え?」
「大変な報せと言っていたから。もちろん、人がひとり亡くなったのだから、大変ではあると思うけれど」
ああ、と合点がいったようにダランがうなり、途端に苦渋を浮かべた。
「隣家の雪の下敷きにと言っただろう? それが問題でね」
「不慮の事故でしょう?」
「そうだね。けど、保障はだれが行う?」
「保障?」
「うん」
ざくざくと長靴の歩を進めながら、ダランは語った。
「たとえば、領内で家屋を貸し出している対象の家族が死んだ場合、葬式の費用は領主が全額負担する。また、不慮の事故で主たる納賃者が死亡した場合、定額の賃料を三分の二にすることで、残された家族を保障する。今回、亡くなった男は家族の主たる納賃者だった」
「ということは今回の事故は、領主の保障の対象に当たる、ということになるのね」
「そうだ。……これにはさらに続きがあってね。事故にあきらかな過失がある場合は、納賃の義務を過失元が一部負わなければならないんだ。これには過失に対する罰則の意味合いが含まれているから、定額の三分の一という決まりがある」
「じゃあ、過失がはっきりした事故で、なお且つ納賃者が死亡した場合は、領主が三分の一、過失者が三分の一、残りをその家族が支払うということ?」
「そういうことだよ」
そこまで説明を受けて、イレイェンは思い至った。
「つまり、隣家に過失性が見られるか、が焦点?」
「困ったことにね」
「……でも、雪の下敷きなんて、冬場であれば、どこにだって起こりうることだわ。そんなことの過失を検分するなら、過失元は雪姫に問うべきよ」
イレイェンが言えば、ダランは苦笑した。
「まったくだよ。今回遺族は、隣家が雪下ろしをきちんとしていなかったことが原因だと言っているみたいでね。それで、直接事情を聞かないといけない」
「そういうことね。現場は……?見ないの?」
「もちろん、見てきたよ。時系列で追っても、事故でしかない。けど、遺族が主張するからには無下にはできないさ。場合によっては裁判になるだろう」
「そうね……。急に家族が失われたんだもの。その気持ちには寄り添わなければいけないわね」
家族が失われる悲しみなら、イレイェンはよくわかる。
「うん、そうだ。領主補佐としてもそうだし、僕自身も……人の心には寄り添っていたい」
積もっていた塵が、ふわりと舞い上がった。きらきらと細かい光が舞う。
「君になにがあったのかは知らない。でも、もし、何か不安なことがあったら、言っておくれ。僕は、イレイェン嬢の力になるから」
誠実な青い瞳が、そう言った。
イレイェンは、何とはなしにその瞳からそらす。
「……ええ、ありがとう」
薄明に、雪片がゆっくりと下降していった。




