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双子公女の隠し事  作者: 稿 累華
第三章:夏の祝祭

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18/71

3−6

 菓子店をあとにして、スエラとアルンが待つ馬車に戻り、中央区付近まで移動をすると近くで降りた。その足で中央区を案内され、市場まで歩く。市場は目抜き通りに面していて、そのまま真っ直ぐ上り坂を上がっていけば、王都の内壁にぶつかる。あまりの人の多さに目をくらくらさせていると、今は夏の祝いだから、とクラエスから説明される。 


 人酔いを覚えて市場を逸れた先には、小さな広場があった。子どもたちが声を上げて、あちらこちらからはしゃぎながら集まってきたのは、時計塔の鐘が八ノ時を鳴らしてすぐの頃合いであった。


 彼らの中心にいるのは、芝居屋であった。イレイェンは初めてだったが、芝居屋の中でも、紙芝居や影絵芝居を生業とするものであることを教えてもらう。


 子どもの中には、子守をするような比較的大きな子どもから、指をしゃぶるような子、兄弟の手を不安そうにぎゅっと握る子、はたまた座っては立ち、芝居屋の前をうろうろする子など様々であったが、芝居屋は意に介さずに、声を通した。


「さあて、お待ちかね。今日はみんなが大好きな影絵をやるよ」


 やったーという喜びの声が上がる。


 影絵と聞いて、周囲の大人たちもぞろぞろと芝居屋の中心に集まる。子どもたちを内側に大人たちが円を描く。


 イレイェンが足を止めたからだろう。クラエスは何も言わずに後ろに立った。


「今日のお話は何かな?」


 発する言葉はゆっくりと、声に抑揚をつけて、子どもたちに視線をやる芝居屋は、注意を引く方法を心得ている。途端に、


「雪スズメとお姫さま!」


「ダンガンと橇!」


「魔法のタペストリー!」


そこかしこで声が上がる。


 残念、と一言断ってから、芝居屋は題名を語った。


「双子の王子たちのお話だよ」


 イレイェンは、それにひゅっと息を呑む 。吸い込まれるように、影絵芝居が始まる小さな舞台に目がいった。




 むかしむかし、お国には、双子の王子たちがおりました。


 昼は、あかねさす日の光、

 月の夜は、ひさかたの天をうつす、

 新月の夜は、ぬばたまの漆黒。


 霊峰タルタリラの神々に祝福されし髪色は、王子たちにも受け継がれておりました。


 その姿は、鏡を覗き込むかのごとく。


 瓜二つの兄弟は、たいへん仲の良い兄弟でした。


 ところが、年を経るにつれて、兄弟の仲は、冷え切っていきました。


 剣を一合、二合と打ち合えば、拮抗し、

 魔法を唱えれば、相打ちになり、

 政に申出でれば、相違(そうい)せず。


 生まれ出づることのみたがい、それゆえ、兄が帝王となる宿命であることが、弟は不満だったのです。


 ある時、弟は兄から一本やり込めたあとに、言いました。


 兄者よ、次期王位を譲ってくれぬか。


 兄は顔をしかめて、いらえました。


 何を言う、弟よ。気でもやったか。

 いいえ、兄者。気はたしか。われわれは顔も同じなれば、才も同じ。違うまい。

 さようであろう。

 なれば、兄者が王になろうと、われが王になろうと、同じであろう。

 太子として冠されたのは、われであるぞ。

 われは、帝王になりたいのだ。

 われとて、同じ。

 譲れぬのか。

 譲れぬ。


 いよいよ目に見えて、兄弟たちは険悪になっていきました。


 今上の帝王が病に伏せると、さもあらん。次期帝王位をめぐって争いが起きました。


 兄弟の骨肉の争いは、王族のみならず、貴族や、領民をも巻き込んでいきました。


 国土には、無類の屍、血潮が川を作り、ルメニ湖にそそぎ。

 血と肉片を苗代に、赤い花が咲き乱れ、綿毛が挽歌(ばんか)の旋律をなぞる。


 帝王が崩御してもなお、争いは数十年と続き、はたして、勝利したのは兄でした。


 兄は弟から剣を引き抜き、言いました。


 愚かな。

 弟は返しました。

 すまぬ、兄者。


 荒れ果てた国を立て直すのに、兄王は数十年を費やしました。

 以降、お国では双子は凶兆として、言い伝えられるようになったのです。



 影絵が動きを止めても、広場の空気は、静まり返っていた。どこからか喧騒が聞こえてくるが、遠い場所のことのようだった。


 乳飲み子や幼子が泣き出すのを皮切りに、不穏な気配が漂う。大人は顔を見合わせ、子どもたちは肩を寄せ合う。いやだわ、と囁き声が木霊し、それはイレイェンを侵蝕する。


 やはり双子は忌まわしき存在。人々の反応が物語っているではないか。王都に来たことが間違いであった。今すぐにでも、ソーニャと共にリリエーシュへと引き返そう。


「ばからしい」


 ざわめきは、一言に取って代わられた。


 クラエスは、透明な声を響かせて言う。


「こんな夏のいい日に、楽しませてもらえるかと思えば。所詮、昔日のできごと。昔の愚かな行いを繰り返さなければいい。

 ——さて。こんな辛気臭い芝居はやめにして、祭りでも楽しもう」


 軽々しく言うと、クラエスはイレイェンに歯を見せて笑い、手を取った。


 人々の間からも強張った表情が霧散し、笑顔が戻る。立場をなくした芝居屋は、ひっそりと舞台を畳んで路地へと消えていった。


 イレイェンは、サユールの川に落ちた白い花びらを掬われたような心地を持て余す。市場に戻って露店をめぐり、お土産だと言われて手渡された木目の(しおり)を、丁寧に懐にしまう。


 帰りの馬車に乗り込んで、クラエスと向かい合った時、街路樹の木もれ陽が差し込んで、明るく照らした。氷の双眸を見て、からんからんと胸奥の氷片がうち鳴ると、堰を切ったように、奔流に呑み込まれた。


 ——……わたし、このひとのことを。


 馬車の中に、蹄鉄と車輪の音が響く。向かいのクラエスはうつらうつらと頭をかしげはじめた。その動きに、銀に陽があたり、白銀に近い色に染めるのを見ながら、鼓動の高まりと疼きを覚える。


 屋敷の前で馬車が止まると、クラエスは微睡(まどろ)んでいたのが嘘のように、ぱちりと目を覚まして、イレイェンの手を握った。


 自覚をしたからか、急に恥ずかしくなってそっぽを向くイレイェンに、クラエスがやわらかく言った。


「楽しい時間をありがとう、イレイェン嬢」


「こちらこそお誘いから付き添い、それからお土産まで、ありがとうございます」


「たいしたものではないから、気軽に使って欲しい」


「はい」


 肯くと、降りてきたスエラのあとにしたがって、屋敷の前の階段を上がる。このまま気恥ずかしい思いを持て余しているだけではいけないと思い、イレイェンは振り返ると思い切って言った。


「手紙の約束、お忘れなく」


「かしこまりました、お嬢さま」


 仰々しい紳士の礼をすると、クラエスはイレイェンに目配せと親しげな笑みを送る。イレイェンもまた仰々しく淑女の礼を返して、前に向き直ると真っ赤になった顔を隠すようにして、室内へと飛び込んだ。

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