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長かったのか、短かったのか。しばらくしてゆっくりと唇が離れ、2人は互いに深く息をついた。
土煙の中からクモが現れる。
エリスは右手で口についた血をぬぐい、再び立ち上がった。
直後、再び苦しみだした。
彼女の体内でめぐる二つの感覚。
今までにない程満ち溢れる力、一方で心臓に襲い来る刺すような激痛。
<今思えば、あの血の味も、おかしかった。
人間の血であって、そうでない。
彼、一体・・・くっ!・・・>
痛みが増す。
クモは、そのグロテスクな体を揺らしながら走り、迫る。
その顔は、笑っているようにエリスには見えた。
<とにかく、逃げなきゃ!>
その時だった。
視点が高くなる。
大介が彼女の肩を担ぎ、遺跡出口へと走る。
途中、方向転換したクモが、糸を吐き、2人を捕獲しようとしたが、柱や木に隠れて難を逃れた。
2人はやがて、道路に出た。
かつてムッソリーニが建設した、フォリ・インぺリア通りだ。
歴代ローマ皇帝の像が沿道に飾られた一直線の道が、コロッセオとタイプライター状の外見を持つ、ヴィットーリオ・エマヌエレ二世記念堂を結ぶ。
「お前、どうして・・・逃げなかった」
「苦しんでいる女の子を放って逃げるなんて、できなっかったからね」
「フッ。お人好しか
と・・・かく、どこかへ逃げないと・・・」
「君の家は?」
エリスは、首を振る。
「この状態では、帰れない。
大変なことになる」
「え?」
一瞬、今までで一番の痛みが彼女を襲った。
歯を食いしばり、その場にうずくまりそうになる。
「大丈・・・!・・・」
大介は、見てしまった。
とがった八重歯を。
「この歯・・・君、まさか!」
「それより、お前、観光客だったな。
なら、お前の宿に、私をかくまってくれ!」
「はい?
もう、訳が分からないよ!家も救急車も拒否して、苦しんで!
家があるなら、そこまで送るから、それか病院に・・・」
「黙れ!言うとおりにしろ!
さもないと、お前の動脈、噛み切るわよ!」
「・・・」
彼女の威圧的な言動に、大介は負けた。
クモの足音が近づく一方、記念堂方向からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「市警の連中、意外に早いな」
コロッセオ方向からも一台の車が来た。
屋根に行灯をを付けた、白いセダンタイプのメルセデスベンツ。
「よかった。タクシーだ」
大介はそう言うと、手を上げ、タクシーを止めた。
ドアを開け、乗り込むと、宿泊先のホテルの名前をドライバーに告げた。
タクシーは、その場を離れ、パトカーとすれ違い、記念堂前のロータリーを周回する。
大介は苦しむ彼女を心配そうに見る一方で、自らの中に生み出した、彼女に対する仮説を半信半疑のまま、膨らませていった。




