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羅馬追加部分2

 挿絵(By みてみん)


 少し前

 共和国広場。


 テルミニ駅から目と鼻の先にある一等地の広場。石畳の路面に盛大な噴水。周囲には客待ちのタクシーが時間をつぶし、趣ある白壁の建物が人々を見下ろす。あまり知られていないが、あの名作映画の舞台の1つで、逃亡した王女が最初に降り立ったのがここである。

 出発から約10分。黒のアウディは、この広場に面する日系百貨店 ローマ三越前に停車。そこで待っていたのは眼鏡をかけたアジア系の男。

 アウディから降りてきたのは、ヤンを含めて6人。

 「君がリーか」

 「ヤン・フォルモントですね?こちらへ」

 男の後を追い。ヤンたちは広場から離れ、小路を折れる。トリノ通りを進むと、銀色のバンが停車する小路現場に着いた。老朽化したビルのリフォームが行われていたのだが、下水管工事の最中に古代ローマ時代に造られたカタコンベが見つかった。それも疫病が流行した時代のものであろうことも判明しており、歴史的にも貴重な遺跡だ。

 そこに停車していた車は、学芸員のものではなく、バチカン警察が使う偽装バンだ。

 建物に入り、床下に開けられた穴へ伸びる梯子を下りてゆく。

 設置されたライトが照らすのは、未発見のカタコンベ―共同墓地だ。

 古代ローマ時代に、植民地のあちこちに作られ、寝台にも似たスペースに御遺体を安置する形で葬られた。

 今回発見されたのは、まるで火をくべるかの如く積み重ねられた人骨の山。地層の年代から、当時ローマで疫病が蔓延していたことが判明。この骨は感染者ではないかとして調査が進められているのだ。

 共同墓地といっても、その広さは人がすれ違えるほど。

 「ロット!」

 ヤンの声に、1人の茶髪の男が答えた。ヤンと同年代に見える。

 「来てくれたか」

 ロットはペンライトを彼に向ける形で答えた。

 「例の骨は?」

 「こっちだ」

 問題の場所は、入って直ぐのカタコンベ内だった。先述の感染者を葬ったと推定される場所で、明らかにその時代の者ではない、真新しい白い骨が、重なり合った人骨の上に置かれていた。そこには頭蓋骨も。その上、形は人間と似て非なるもの。

 「動かしていないのか?」

 「骨には酸性の粘着物が付着していて、手袋を使っても溶けちまうんだ。それで1人やけどを負って」

 「ということは、胃酸の類かな?奴さん、口から吐き出したに違いない。ニホンの芸能通りだ」

 「奴が、昨日襲われたラッシュか、分かるか?」

 「エリスほど完璧とはいかないが、これでもあの子のパートナーだ。特定はできる」

 ヤンは手袋をはめると、人1人がやっと入れるほどの入口から中に入り、頭蓋骨に近づく。

 ロッドは入り口で、ペンライトの光を、ヤンの足元に向ける。

 粘着物に包まれたそれは、微かにブルーチーズのような異臭を放つ。

 「どうやって土蜘蛛は、この中に入ったんだろうか?」

 「この先の、未発見のカタコンベに大きな穴が開いていたんだ。そこから入ったんだろう」

 「どことつながっている?」

 「さあ?どうやら使われていない下水道のようで、今、水道局に資料を請求したところだ」

 「成程・・・このカタコンベ、大きさは?」

 「まだ発掘段階だが、ここ1ブロック程度で、そこまで大きくない。土蜘蛛を見つけていれば、今頃銃撃戦か、俺がこうなっているか」

 ロッドはペンライトで、頭蓋骨を照らした。

 「どうだい?」

 「骨の大きさや、頭部の状況からして、レッドキャップとみて間違いないだろう」

 「じゃあ、土蜘蛛はここに・・・だとすると、どうやって来たんだ?フォロ・ロマーノで消息を絶った土蜘蛛は、コロッセオ地下の発掘現場に潜んでいた訳だろ?アソコとココを結ぶものなんて・・・」

 ロッドは自分で言いながら、ある結論に辿りついた。

 瞬間!

 ―――ヤン捜査官!

 イヤホンマイクが叫んだ。

 「どうした?」

 それは、コロッセオの調査班の1人からだった。

 ―――市警の無線に緊急連絡です。走行中の地下鉄が、何かと接触したと。

 「何だって?場所は?」

 ―――それが・・・。

 相手は口をすごませる。

 「もったいぶらずに言えよ」

 ―――こ、コロッセオ駅です。すぐ先です!

 「そんなバカな!犠牲者は?」

 ―――そこまでの情報は・・・ぶつかった電車は無事にコロッセオ駅に到着したとしか。

 ヤンは動揺する気持ちを抑え、指示を出す。

 「そこから2、3人を駅に送って、市警と合流。それから地下鉄A、B両線と政府主要施設、観光地に警戒情報発令!特にクイリナーレ宮殿は狙われたら厄介だ」

 ―――ですが、それだけの範囲に警戒情報が発令されたら、ローマはパニックになりますよ?

 ヤンは「そうだな」と言いながら、背広からスマートフォンを取り出し、地図を見た。

 (土蜘蛛は昨日の夕飯を、とっくに消費している。その上あれだけの量で、満腹になったとは思えない。地下鉄に接触したのが人間を捕食するためだとすれば、次に現れる可能性が高いのは人口密集地域。

  このローマで簡単に、大多数の人間が捕食できる場所と言えば・・・観光地!

  だが、テヴェレ川にはバチカンの警報装置が設置してある。とすれば・・・)

 「いいか?発令地域を一部変更。テヴェレ川東岸~地下鉄A線南側・B線西側の範囲にある、フォロ・ロマーノとコロッセオ周辺を除いた、世界的に有名な観光スポットだ。スペイン広場、パンテオン、トレヴィの泉、ナヴォナ広場は重点的に警戒するんだ。

  奴は人間を捕食するために、必ずここに現れる!これは賭けだ!」 

 ―――分かりました。

 通信を終えると、ヤンは叫ぶ。

 「コロッセオに戻るぞ!」

 

 15分後

 地下鉄B線 コロッセオ駅


 ローマ中心部を南北に走る地下鉄路線。観光地や政府主要施設沿線を走るA線に比べ、B線はそれらを避けて通っている。否、観光地を走っているとすれば、コロッセオの地下を走っていると言えよう。

 そのコロッセオの地下で、事態は動いた。

 北の終着駅レビッビア駅に向かっていた電車が、チルコ・マッシモ駅を発ちコロッセオ駅に向かっていた最中、駅手前で減速した途端、中間車両が「ドン」という衝撃と共に左右に大きく揺れ、乗客4名が軽傷を負った。

 燕返しとはいかないが、最初の場所の近くに戻ったヤンは、コロッセオ駅に。人ごみをかき分けて、市警が封鎖している駅のホームに走る。

 そこには市警の警官と消防隊員、鉄道局の関係者がいた。ホームの中間にはひときわ目を引く地下鉄B線の車両。青い車体というカンバスに万遍なく描かれたアート、もとい落書き。ここはニューヨークかと錯覚するほどの汚さだ。


 挿絵(By みてみん)


 ホーム端ギリギリで停車する4両目。確かに痕跡があった。中間部分がホーム側に向かってへこみ、ガラスが割れている。脱線しなかったのが奇跡と言えるほど。

 鉄道局員に話を聞くと、車両に異常はないとのことで、このまま自走させて地上の車両基地に持っていくとのこと、既に運転手が車内で待機していた。

 「成程ね」

 「ヤン!」

 呼びかけられた声に、彼は嫌な予感しかしなかった。

 振り返ると若くすらりとした背広男。その瞳は冷酷さを物語るように鋭く冷え切っていた。

 「どういうことだ?お前を呼んだ覚えはないが。ギルバート」

 「たわけ。市警を動員しての捜査に、原因不明の地下鉄事故ときた。俺が動くのは時間の問題だ。

  それに、ここはローマだ。バチカンじゃない。ガキみたいにいちいち了承なんて取るか」

 そう、この男はローマ市警特別捜査官のギルバート。ローマ市内で妖怪犯罪など特殊事案が発生すると出てくる捜査セクションである。

 彼はそこのトップであり、人間とエルフの混血、所謂ハーフエルフなのである。

 「そんなことはいい。エリスを出せ。ここに来ているんだろ?」

 「残念だが、ここにはいない」

 「では呼び出せ」

 「随分彼女に、執着するな?恨みでもあるのか?」

 「エリスの存在は、モンスターハンターであり、妖怪犯罪の抑止でもあるはずだ。そうでなければ、あの汚れた存在を、俺は認めない。

  分かるだろ?イリジネアの存在が―人間が忘却の彼方へと追いやり、幻想とした世界があったとなれば、今の人間は受け入れるか?いや、パニックになるだろう。

 人間が我々の世界を忘れ壊して幾世期を越した?その分人間も歴史を紡いできた。それらが一気に崩壊すればどうなる?二世界の均衡が崩壊し、取り返しのつかないことになるのは間違いないんだ」

 「その引き金になりかねない妖怪犯罪を止めるのがエリスの存在意義と?」

 ヤンは、長い演説につかれ、大きく息を吐いた。

 「安心しろ。簡単にそうはならん。そのためのバチカンとISPだ。現に、世界的な大事件に妖怪や魔術師が介入していたケースは1つや2つではない。にも拘らず人間が騒がず、次世代の子供たちが学校でありのままを学んでいる。違うか?」

 「・・・」

 「それに、二世界の均衡を保つのはトーノサミットに出席する各国代表妖怪の存在だ。なんでもエリス1人に背負わせるな」

 言葉を吐いたと同時、電車が警笛を鳴らし、駅から離れ始めた。

 「ここからは俺たち、バチカンの仕事だ。お前も来るか?」

 「エリスはどこだ?参加するならば、考えてもいい」

 瞬間、ヤンはギルバートの胸倉をつかんだ。

 「このバカやろうが!お前の魂胆は分かってるんだ」

 「ほう?」

 「エリスの殉職。つまり合法的な殺人によって、彼女を殺すこと。そうだろ?」

 「さあね」

 「とぼけるな。そうでなければ、2年前、彼女が重傷を負うことはなかったんだ。傷の程度が悪ければ足を切断していたんだぞ?カオス・プリンセスと言えども彼女たちは年頃の女の子で、化け物じゃない。足が自然に生えるなんてことはないんだよ!」

 感情的になるヤン。ギルバートは口を開いた。

 「そんな事件あったか?」

 彼はとぼけた。

 ヤンは手の力を弱め、ギルバートから離れた。

 「もういい。俺たちでやる。お前は、この事故の口実を鉄道局と考えておけ」

 「簡単に言うなよ」

 「簡単に言ってやる。運悪くトンネル崩落に遭遇した。そんな感じで発表しとけ」

 「あーあ。そう言う事も出来るな?」

 嫌なにやけ顔を浮かべて、ギルバートは言う。

 「最後に教えてくれ」

 「?」

 「エリスが来ない理由は何だ?」

 「・・・」

 ヤンは無視をするが

 「男・・・か?」

 瞬間、ヤンは足を止めた。

 「成程な。お前、言ったよな?奴は年頃の女の子だと。だったら、答えは1つだ」

 「・・・お前がそう思うなら、そうなんだろ?」

 「不幸な奴だ」 

 「エリスがか?」

 ギルバートは言う。

 「いや、男の方さ。奴は人間でも妖怪でもないんだから。

  ・・・そうか、そうか!ヤン、土蜘蛛を地上へ呼び出せ!」

 走り迫ったギルバートは、ヤンの肩を叩いて背後でそう言った。

 「正気か?」

 「観光地に妖怪が出てきたら、否が応でもアイツはやってくる。そうなれば男も一緒だ。連れてこなくても、俺たちが連れてくる。自分が付き合っている女が化け物と知ったら、どうなるだろうな?」

 ヤンの怒りは、その熱で湯が沸けるほど煮えくり返っていた。

 エリスは確かに男と行動しているが、それは彼を護るため。第一、相手はエリスを“化け物”と知っている。知っていて自分から声をかけたのだ。

 この男の冷酷さと、そこから起因する狂気の妄想劇場の果てはどこなのか、気になるが知りたくもない。

 だが、こっちも・・・

 「警察官が市民の命を犠牲にすると?いい、心構えだ」

 「?」

 「だがやってみるがいいさ。そうなって市民に犠牲者が出たら、その発言をお前の秘密と一緒に、トーノサミットに持っていく。議長やISPは、どう判断するかな?」

 瞬間、彼は狼狽し、轟音を立てて反対側のホームに無人の回送電車が進入する。

 「ふざけるな。お前にそんな力は―――」

 「もう忘れたか?俺はバチカンの人間だ。掌にでも書いて覚えておけ」

 そして吐き捨てる。

 「たわけ!」

 不愉快に眉を寄せるギルバートを無視し、共に来たエクソシストに指示を出す。

 「これからトンネル内に入る。万が一のために、いつでも銃を撃てるようにしておけ」

 「了解」

 そこへ1人の中年の男が。

 「鉄道局のライルです。私が道案内を」

 「よし、行くぞ!」

 ヤンは再び銃を取り出し、彼らを引き連れて線路へと降り立つと、漆黒の中へと消えていくのだった。


 

 10分後

 ヤンはトンネル内にいた。

 コロッセオ駅から南に約400メートル地点。先ほどの遺跡発掘現場からは大きく離れた場所に、もう見飽きた大穴。

 「・・・どうだ、ウゴ?」

 中を見てきたウゴは、頭を出して言う。

 「ダメだ。少し先が崩落している。相当古い配管みたいだな」

 「となると、第二次大戦前に使われていたアンティークってことか」

 間髪入れずに、ロットから連絡。

 ―――水道局の資料が手に入った。そこに1900年代初頭に作られた下水道管があったそうだ。地下鉄工事の際にルート上にあるとして、新設の下水道に作り替え、廃止。そいつはテヴェレ川に注いでいる。

 「仕事が早くて助かった」

 ヤンは、地上班の無線に切り替えた。

 「ヤンから地上班へ。土蜘蛛はテヴェレ川に逃亡した可能性が高い。市警と協力して、沿岸付近のカステロ・サンタンジェロとナヴォナ広場を封鎖。各員、緊急事態に備えろ」

 するとウゴは言う。

 「勘、当たりましたね」

 「ああ」

 ヤンは地下鉄の壁にもたれた。

 「エリスさんがいてくれたらいいんですがね」

 「彼女は我々の誰よりも、ローマの事を知り尽くしている。だからこの町で犯罪を起こそうとする地元妖怪民はいない。どこへ逃げても捕まるからな」

 「大丈夫ですかね。例の警護」

 「そうだな。奴が地上に出たかもしれないとなると、彼が危険に晒されるかもしれん。

 エリスに連絡して、ホテルに引き上げるように―――」

 その時、無線が叫んだ。

 ―――き、緊急連絡!

 「どうした?・・・何だって!?」

 ヤンの顔が、みるみる青ざめていき、そして叫んだ。

 「ギルバートの馬鹿は相手にするな!すぐに向かう!」

 ヤンたちは駅へと急いで走ると、ホームへ降り立つ。

 と、同時にスマートフォンが振動を始めた。

 「エリスか」

 彼女からの電話だった。

 深刻な顔でスマートフォンをタップし、耳に当てるのだった。

 「エリス。土蜘蛛がナヴォナ広場に現れた」

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