羅馬追加部分1
同時刻
コロッセオ付近
言わずと知れたイタリアを代表する観光地で世界文化遺産。
古代ローマ時代、ここで様々な余興が執り行われた。グラディエーターと直轄地から連れてこられた猛獣との戦いから、水を敷き詰め軍艦を浮かべ、過去の海戦の再現まで。また、奴隷や異端とされた人々が嗜好のために殺された負の記憶も存在する。
そんなコロッセオ周辺は数多くの発掘調査が行われ、古代ローマ時代の町並みがそのまま地中に残っていたり、残虐非道で知られる皇帝ネロの私邸が存在しているなどの歴史のロマンが、温泉のようにどんどんと湧き出てくるのだ。
各国の観光客で賑わう遺跡。周辺でもガイドがコロッセオを指さしで説明し、グラディエーターに扮したボランティアとラフな格好の女性が写真を撮りあう。
コロッセオに近い発掘現場の入口。緊急走行のパトカーを筆頭に、黒のアウディ Q7が4台。車列が迫る。
観光バスが複数停車する路肩に、無理矢理に頭を突っ込ませ停車すると、黒スーツに身を包んだ人たちが一斉に車から降り、吸い込まれるように発掘現場を仕切るシートの中へ。
その後をローマ市警の警官が追う。
先頭を行くヤンは、真っ先に地下へ降り立つと、待ち構えた警官と関係者と出くわす。
「バチカン警察のヤン・フォルモントです」
「イタリア国立考古学研究所のヒューゴです」
「研究員の避難は?」
「できています。妖怪の逃亡ってのは、もう慣れっこですから」
眼鏡をかけた丸顔の男は、そう言いながら、彼を案内する。
「遺跡の総延長は?」
「発掘できている個所は、南北に1.8キロ東西に2.3キロのエリアで、いくつかの大通りと小路が入り乱れている区画になります。将来的には市内で発掘している3つのエリアとぶつかるとにらんでいますが」
「ここに入る別の方法は?」
「あの入り口が唯一ですが、最近になって古い上下水道や地下鉄のトンネルともぶつかる可能性が発見されています」
「じゃあ、そこから進入できると?」
「確証はありませんが」
「仮に、小型自動車並みの大きさの生物が入ってきたとしたら?」
「進入路さえあれば簡単でしょうな。この辺りの遺跡は大通りが多いんです」
「最後に、崩落の可能性がある個所は?」
「どこもかしこもそうですよ」
それを聞くと、ヤンは言った。
「ありがとうございます。貴方も避難を」
「神のご加護を」
「ありがとう」
ヒューゴを見送ると、ヤンはイヤホンマイク越しに話す。
「俺たちA班は北側の区画。B班は東側区画、C班は西側区画を捜索する。小路へ別れるときは3人一組で行動。連絡を密にし、土蜘蛛を追い詰める。
研究員の話では、この遺跡は上下水道や地下鉄にもぶつかっている。万が一観光地に出られれば、大混乱になる。できるだけこの地下で奴を封じ込める。いいな」
ヤンの指示が終わると、彼らはホルスターから銃とペンライトを取り出した。
統一されたベレッタ M92F。その眼光は鋭い。
彼らの正体は、ヤンと同じバチカン警察の特殊部隊員と、世界各地に派遣される妖怪・悪霊払いのエキスパートともいえる存在 エクソシストである。
エクソシストと名乗れる悪霊払いは、バチカンに公認された者のみで、その存在は崇高。
土にまみれた悪路から、十字路へと場面が変わると、彼らは堰を切ったかのように行動を始めた。銃を構え走りながら、遺跡の中を走り回る。
そこに広がっていたのは、古代ローマの町並み。商店や住宅が軒先ごと残っているのだ。
見捨てられた過去を、光源と足音が走り回る。
小路に差し掛かると、すぐさま列から3人外れ、内部を探索する。
ヤンも同じように、ひたすら大通りを走る。
後方から3人、また3人と列を外れる。
そして最後には。
「!」
ヤンが右手を挙げて、静止するように指示を出す。
デッドエンドまでもう少しの場所で、大きな穴を見つけた。それは学芸員が開けたとは思えないくらい大きく、乱雑なブラックホールだったからだ。
「ヤン捜査官。ものすごい妖気を感じます」
後ろにいた若手のエクソシストが言う。
「エリスと戦った後、この遺跡に隠れていたのは確かだな。
ウゴ!この先には何がある?」
呼ばれたバチカン警察の捜査官 ウゴが紙の地図で確認する。
「どうやら内務省の近くですね」
「こんな空洞が?」
穴の中を覗くと、熱気を帯びた風が通り過ぎてゆく。
それと同時に、騒々しい音が。
「まさか、地下鉄!?」
するとウゴは言う。
「そうかもしれません。この先で遺跡は、地下鉄A線にぶつかることになります」
ローマ地下鉄は1955年に作られた。当初は4路線が開業する予定であったが、現在まで路線はA、Bの2路線のまま、工事は進んでいない。その理由の一つが、このような遺跡にぶち当たるからである。これはローマに限らず、遺跡を抱える世界中の歴史的都市の裏の一面と言えよう。
瞬間、ヤンに動揺が走る。
「確か、地下鉄A線は、イタリア政府の主要施設や観光地が密集している真下を走っているな」
「バチカンの傍も、この路線が走ってます!」
「まさか、奴は地下鉄に?」とエクソシスト
「結論を急ぐな。あれだけの大きさの妖怪が地下鉄に潜んでいれば、既に発見されていなければおかしい。仮に妖術を使って姿を消したところでテヴェレ川と、その両端2駅に設置されたセンサーが、バチカンで作動しているはず。テヴェレ東岸には、妖怪や魔術師の攻撃に対処できる、特殊なセンサーが設置してあるんだからな。
だとするならば、奴はこの地下鉄のトンネルから、別の場所に移ったとみたほうが自然だ」
「ですが、奴は日本の妖怪です。ローマに土地勘のない妖怪が、そんな器用な真似ができるでしょうか?
この古代都市でさえ、人目につかず眠っているカタコンベが無数にあるというのに」
ウゴの意見は最もだった。
そんな時、ヤンのイヤホンマイクから声が。
―――ヤン!
「ロットか?どうした?」
それは市内にあるカタコンベ発掘現場を捜査指揮していた仲間のロットからだった。
―――A-3で、土蜘蛛の痕跡を発見。
「確かか?」
―――真新しい白骨が幾つか。それも人間の骨じゃない。
ヤンはすぐに見当がついた。
昨日、エリスの目の前で食われたレッドキャップ。
「そいつは昨日、食い殺されたラッシュの可能性があるな」
―――やっぱり。
「A-3というと、どこになる?」
―――ちょっとまってくれ!
しばらくの沈黙ののちに。
―――カタコンベ第7発掘現場。トリノ通りの工事現場で見つかったアレだ。
「分かった」
―――それと
「?」
―――市警を動員しただろ?ギルバートが御冠だ。
するとヤンは
「こんな時に警官に仕事させないで、どうする?アイツときたら・・・あの男の顔色なんて、伺うんじゃない!
兎に角、そっちに向かう。共和国広場へ向かえばいいな?」
―――ああ。ミツコシに迎えを置いておくよ。
ヤンは、後の捜索を残ったメンバーに任せ、数人を引き連れて地上へと戻った。




