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レッドキャップ―スコットランドに古くから伝わるモンスター。
古城などに住み着き、そこに寝泊まりする不幸な旅人を殺す。その犠牲者の血で赤く染めた帽子こそ、彼らのトレードマーク。
レッドキャップは初めて、口を開いた。
「オマエ バチカンノ マワシモノカ?」
「今更、それを聞いてどうする?冥土の土産にでもする気か?」
「ダマレ!
オマエヲ コロスマエニ キキタカッタ。ソレダケダ。
ニンゲンニシテハ ウツクシイ。ソノドキョウモ ミトメテヤロウ。
ダガ オマエハ ココデ シヌ!」
エリスはフッと鼻で笑うと言い放つ。
「下等妖怪にしては、威勢のいい大口だ。
さあ、やれるものなら、やってみろ!」
まるで、それが合図であるかのように、レッドキャップが斧を手に、エリスへと向かい、舞い上がると、彼女めがけて斧を振り下ろす。
だが、エリスは攻撃を右手で振り払う。いや、右手の5本の指の爪の方が正しいか。
奴の帽子にも劣らない毒々しい赤い爪が突然伸び、レッドキャップの体を吹き飛ばす。
激突した衝撃で大破した座席から、ゆっくりと奴は起き上がる。
その間にも、バスは通りを右折、街中を走り、コロッセオ方向へ向かう大通り、ヴィットーリオ・エマヌエレ2世通りに入っていた。
「オマエ ニンゲンジャ ナイナ」
「やっと気づいたか」
エリスはレッドキャップを微笑と共に見下ろす。
街の灯が、彼女の正体を照らし出した。
笑みを浮かべる口元に、鋭利にとがった八重歯がのぞく。
「キサマ・・・キュウケツキ カ!」
「そう、夜を裂き、生者の血を吸う存在。
私のような女吸血鬼を、人はこう呼ぶ。“ドラキュリーナ”とね」
話も途中ながら、レッドキャップは横目で自分の手から離れた斧を探していた。
あった。左側の座席に刺さってる・・・隙を見れば行ける!
奴はそう思った。
しかし、レッドキャップの手がわずかに伸びるのと同じく、彼女は自らの爪をムチのように振り、斧の刺さった座席―彼女から見て右側の座席一列を叩き割った。
「ヒッ!」
突然のアクションに手を引っ込める間、斧は座席の残骸と共に後方、バスの先頭の床に刺さった。
敵に背後を見せれば、それは死へとつながる。
もう形勢逆転のチャンスは閉ざされた。
「動くな」
エリスは冷たく言う。
爪は、人間と同じサイズに戻っている。
「さて、フィナーレだ。レッドキャップ。
いろんな匂いの混ざった、さぞ不味い血だろうが、仕方ない」
エリスは、任務の終わる安堵と、その血を浴びる吸血鬼独特の興奮を瞳の中でかき混ぜながら、一歩、また一歩と奴に近づいていく。
「ヤ・・・ヤメロ!」
これで、今日の仕事は終わり。
後ずさりするレッドキャップを見ながらそう考えていた。その時。
バスが不意にブレーキをかけた。
エリスは、倒れそうになり、座席につかまりながらも状況を把握するため車外へ身を乗り出す。
テールライトが列を成し、通りに作り出すは、“渋滞”という名の時間的状況。
「何?」
エリスが状況を理解できていないうちに、レッドキャップは斧を持ち、近くの建物の屋根へ飛び移り、逃げた。
「っ!待て!」
イヤホンマイクが鳴る。
―――エリス?
「こちらエリス。ゴメン、逃げられた。
今、K-3地区から、フォロ・ロマーノ方面へ移動中」
―――そのまま追ってくれ。N-5地区に新たな“ラッシュ”が現れた。その交通渋滞も、その影響だ
「テルミニ駅の近くね。今は?」
―――被害状況からして、コロッセオ方面へ移動している
「レッドキャップとぶつかるわ」
―――相手は、未確認体だ。気を付けて
通信を終えると、そのしなやかな体を、再びローマの夜空へとひるがえしていった。




