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揺らぎ姫と閉じた迷宮  作者: 深雪
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序章

連載に変更いたしました!

高く天まで、手をかざしてみる。

 いろんな人が届きそうで届かないといった空。

 今日のそれは白い綿と水色のフェルトがいい感じに構成されていた。そのまま写真とったら写真展なんかの一角にでも飾れそうに、きれいな空。

 かざした手が痛くなるまで、私はやめない。

 だって、届きそうとか、届かないとか、関係ないから。

 好きなんだ。

 いっそ、このまま誰かに、雲の上にいるはずの人ならざる誰かに、引き上げてほしいと思う。連れて行ってほしいと思う。現実は、ひどく重たいから。

 人はきっと昔は空を飛べたんじゃないかと、思う。

 でも、翼を動かすのを面倒くさがるうちに、飛べなくなってしまったんじゃないかと思う。

 だから、こんなにも、空に惹かれるんだ。そう、思う。

 でも、私は飛びたいんじゃない。ただ……

 ただ、逃げ出したいだけなんだと、弱気な私は自己分析をする。

 重すぎるんだ。この世界は。重力よりずっと重いもので、満たされてる。

 昔の人が翼をいつしかなくしたように、私もいろんなものをなくしていっているのかもしれない。

 翼ですら、重かったのかも。

 今の私では、なにも持ち上げられないんだろうな、と思う。飛びたいとは思っていても、翼をもつ力もないんじゃ……。

「ルカ様! ルカ様ー!」

 誰かが私の名前を呼んだ。

 いや、格好つけた。誰かなんかじゃなくて、レイだ。

 私は行かなくちゃいけない。いつになったら、私はちゃんと逃げ切れるだろ? かくれんぼに勝てるだろ?

 そんなの無理だよ、と頭の中でお父様の顔が笑った。渋みの利いた整った顔。一国の王にして、かつて伝説とうたわれた武人だったこともある、偉大なる男。だめだな、お父様がそんなこと言うはずないのに。弱っているんだ。だから、いつまでもここに来ることをやめない。

 風が、私の体をさらおうとしていた。音はない、しかし、それなりに力を持っている。今なら跳べるかもしれないな、なんて冗談を考え付いた。笑えなかったし、笑ってくれる人もいない。

 塔の上はいつも私一人の場所。

 この国で一番空に近くて、そのくせ、空の高さを否応なく突きつけられる場所。

 右手でつかんだ国旗が揺れていた。そうだ。この国は揺れている。文字通り、揺れている。

 片をつけなきゃいけない問題に、ぐらぐらと地盤を崩されかけている。シロアリみたいに力強くて、しつこい。

「ルカ様!ルカ様ぁ!!」

 敬称なんてつけたって、意味なんてないのに、レイは律儀だ。城の誰かに聞かれるかもしれないときはいつもこうだ。

 私だって別に、レイを困らせたいわけじゃない。

 だから、そろそろ行こうか。

 今日は何が待っている? 社交ダンスか? 戦勝パーティーか? 国葬か?

 うんざりするくらい忙しいスケジュールを想像しながら、信じられないくらい重たい足を気をつけながら、一歩一歩、レンガを伝っておりていく。

 遠くから見れば芸術品として文句ないこの王城つきの塔も、こうしてレンガの一つ一つを凝視してしまえば、きれいでも何でもない。ただ、煤けて、汚れて、ひび割れている一塊の建築物の一部に過ぎない。

 見下ろすと、城門前農民たちの抗議の行列が豆粒みたいに小さく見えた。結局どんなにすごい王様がすごい政策を打ち出しても、抗議の声を完全になくすことはできないのだ。

 だったら、王様なんて、身分なんて、なくしちゃえばいいのに。冗談でもなくそう思う。

 そういえば、最近、巷ではお姫様ごっこというのが流行ってるらしい。

 みんながみんな、私や妹のレイアのマネをして、城中の優雅な暮らしを夢見てるらしい。

 どうぞ、勝手にやってくれと思う。勝手に夢見ていてくれと思う。ただし、叶わない方がきっと幸せだろうな。

 もし、そんなにいい暮らしだとしたら、私は……。きっと逃げ出したりなんてしないだろうから。こんな古ぼけたレンガ造りの塔の上に登っていたりなんてしないと思うから。




「ルカ様、いいですか、こんなふうにちゃらんぽらんな生活をしてると、お兄様のような最後を遂げることになりますよ」

 レイは不謹慎なことを平気でネタにする。私個人からしなくとも、今の発言はかなりまずいだろう。いくら、ひどい最期を迎えた情けない王子といえども、そんな風に教訓に使っていいということはない。あと百年はあたためておくべきだ。リオットお兄様はとても優しかったし、確かにそのやさしさは世の女性(特に器量よし)すべてに平等に分け与えられたものだったけれど、そんなお兄様のことを私は嫌いではなかった。むしろ、好きだった。彼は私にとって、決して、そんな風に笑い話にされていい人ではないし、実際、立場的にもされるべきでない。そんなことを分かっているうえで、レイは言うのだ。それも、今回ばかりでない。何度も、何度もだ。

「ねえ、レイ。あなたリオットお兄様に恨みでもあるの? そんな言い方はあんまりだわ」

「ええ、ありますとも。おおありです」

「リオット様には散々振り回されましたから」

「それだけ?」

 あきれて、思わず首をひねった。それが、まずかった。

「それだけ? ですと? ルカ様に何がわかるというのですか! 私の苦労が! 心労が! 疲労が! あの方は、あなた様よりもずっと向こう見ずでやんちゃで、手のつけようのない方だったのです!」

 すっかり、興奮し熱のこもった声で話し始めてしまったお付のお世話役。さて、どうしたものか。逃げようにも壁に両手を突き、閉じ込められるような体勢になっていて厳しそうだ。というか、この体勢は平気なのか。お父様がたまたま見てしまったなんてことになったら変な勘違いされて下手したら失業、もしくは牢屋いきなんてこともあり得そうだ。だから、大声で助けを呼ぶこともできないし。

 レイの舌は普段錆びついている分、回りだしたら止まらない。

「あの方は私の役職と立場をよおく理解なさった上で、いろいろとやらかしてくださいましてですね、なにかあの方が禁則事項を破るたびに私が呼び出され、こっぴどくしかられ、あげく、ようやく解放されたと思いきや、今度は違うところで呼び出しを食らって、隙間なくしかられ続け、罰則を受け続けたこの五年間。言っては何ですが、神がその慈悲深い心でわたしを救いなさったに違いありません。その時から、私は信仰心をさらなるものへと昇華いたしました。私は日ごろ、ルカ様にいろいろと厳しいことは言わせてもらってはいますから、私をもしかしたらお嫌いかもしれませんが、私はルカ様のことを思って言っているわけでありまして、あ、別に変な風な想っているではないですけどって、どうしました? ルカ様っ! お、お顔色が……」

「う、うん……。じつはさっきから調子悪くて……」

 そこでがくりと首をうなだれるふりをしてみた。

「そ、そんな……ルカ様!ルカ様!」

 思いっきり肩をつかまれて、ゆさゆさというより、がくがくと前後にゆすられて、目が回りそうだったが、耐えた。

「い、意識が……。う、迂闊でした!おそばにつかえておきながら、ルカ様の体調の異変に気付けないとは……。い、今、医者を呼んできます、少しの間だけ、待っていてください」

 そこまでいって、立ち上がると、なんだかひどく悲しげなまなざしでこちらをちらちら振り返りながらも、最後には走り去った。見紛うことなき全力疾走であった。

 そんな彼を、はあ王族専属の付き人ってやっぱすごいんだなあと思いながら、見送ってから立ち上がる。

「よっこらしょっと」

 なんとなくいってみたくて、ちっちゃい声で言ってみた。なんでも、農民は口癖のように言うらしい。別に、あこがれとかはないけど、農民が私のマネをするなら、逆に私が彼らのマネをしたって問題ないだろう。

 それにしても……今日のレイは荒れてたなあ。まあ、私が仕事さぼって逃げたのがいけないのだけれど。

 ようやくレイの魔の手から逃れられはしたけど、いざ暇ってなるとやることはなにもない。趣味も好きなこともこれといって見つからないし、関心を持ってもどれも禁則事項やら、身分差別やらよくわからない決まりでダメになってしまう。

 ルールがあるからこそ、安全に暮らせる、とお父様は言ったけど、ルールが私の人生をつまらなくしているのもまた、事実だ。

 第一、そのルールだって、人々の不満によって日々書き換えられている。なんだかいろんな矛盾がある気がしてしまう。人を守るルールが人を縛り、縛られた人が、ルール自体を変える、もしくはなくしたいと考える。そう考えだすと、何が正しくて何が間違っているのかわからなくなってくる。

 そんなとき、私が思い出すのはレイの嫌いなリオット兄様の言葉なのだ。

「王族なんてくだらない。王族だってただの人だ。語る血筋の価値も先祖の伝説も、人の作ったものに過ぎない。人は人だ。人の上にも下にも立つことはできないし、そうしようとすることは間違っている」

 遠い目で夕焼けに彩られた城下町を眺めながら、リオット兄様が語った言葉。それは普段口にする軽口とは打って変わって、なんだか私の胸の奥に抵抗もなくするりと入ってきたのだ。それでいて、ひどく重たく、硬い岩のような存在感があった。

 はあ、でもあれだなあ、このままじゃあレイを困らせるのが趣味な子になってしまうかもしれないし、近道で先回りして誤解を解いておこっかな。それにレイは心配性だから余計可哀想だ。もともと潔癖症の毛があるのも相まって、どんな些細なことでも心配に心配を重ね、大事に作り替える能力の持ち主なのだ、レイは。それに、わりと情に厚いところもあって、さっきはひどいことを言っていたけど、実際、リオット兄様がなくなってしまった時など、泣きたくとも泣けない立場にいるお父様の涙まで肩代わりしたかのように、三日三晩泣きじゃくっていた。そんな彼だから、いくら口うるさくても嫌いにはならない。なれない。

「ったくもう……」

 顔を動かすとすぐに見える壁は凹凸が少しおかしなことになっている。知っているものからすれば、ひどく違和感を覚えるが、知らなければ、気付きようもない。いわゆる隠し通路というやつの入り口だ。

 隠し通路は無論緊急用のものだが、それはあくまでお偉方が決めたことであって、私にとってはただの近道だ。ここを使えばゆうゆう先回りできる。それに、枝分かれしていて、目的地に合わせて道を選べるし、うまくすれば城の要所にはだいたいたどり着くことも可能なのだ。

「でも、ちょっと……せ、まいのが……なんて、んっ!」

 よっこらしょと抜け出してみる。すると、案の定、すぐ脇の扉越しにレイの姿が見えた。少しだけ急いで、身を隠した。

「ルカ様が、ルカ様があ……」

 ぽかぽかと頭を殴りつけていた。いいや、あれはぽかぽかじゃすまないか。思いっきり殴りつけていた。

「私のせいだ……私の……」

 見ていると不安な気持ちになる上に、非常に申し訳なさでいっぱいなのでたまらず、話しかける。

「レーイ!」

「はひゃっ⁉」

 変な声と同時に立ち止ったレイ。もともと大きめの目が信じがたいまでに見開かれていた。宝石店に並んだ大粒のサファイヤのようだ。

「あ、あのね……」

「は、ひい……」

「ごめんね、さっきの仮病です」

 てへっと頭を軽くこぶしで叩いてから、逃走。

 いやあ、急いだ。これまでにないくらい急ぎましたよ。だって、途中、振り返った時に見えたレイの表情が本気で怖かったですから。

 まあ、そうは言ってもなにせ日ごろ鍛えてるレイにかなうはずもなく、結局つかまって、お説教タイム。




 数時間後、もしかしたら馬鹿なんじゃないか? 私……。なんて自分の行動を顧みながら、帰った自室に、そいつはいた。

「やあやあ、沈んだ顔だねえ、お嬢さん。あ、なんかこれきざっぽくてやだな……。ルカちゃんって呼んでもいい?」

「……っ⁉」

 その時、私は本当に驚いたときには悲鳴すら上がらないんだということを学ぶこととなった。

 部屋の中央、よりにもよって、私の天蓋つきのベッドの上でそいつはけけけと笑い声をあげた。

「みんなそうさ、はじめは驚くよ。あ、それと悲鳴を上げられないのはおいらのせいだ」

 にひひ、と大人にいたずらを成功させたあとの子供のように笑うと、そいつは続けた。

「ねえねえルカちゃん。ルカちゃんの目には、おいら、どんな風に見える?」

 そいつは見覚えのあるに決まってる顔で意地悪く笑い続ける。

 王族特有の緑色の瞳は大きく、ランプの炎に揺られて爛々と輝き、細く尖った顎は見るものに少しだけツンとすました印象を与えた。鼻筋はきれいにとおっていて、気持ちがいい。薄桃色の唇は少し薄めで、少しだけうるんでいるように見えた。……しかし、こんなことがあり得るのだろうか? そう、その顔は鏡で映すよりもよく再現された私。いやひどく似ているが、私であって私でないものが、そこにいたのだ。私のベッドに座り、私と同じ顔で笑いながらふんぞり返っていた。

 そんな場面で私が認識したのは急速に意識がなくなっていく感覚。目の前が唐突に黒く塗りつぶされて、同時に自分がふわふわとどこかに飛んでいきそうな、そんな、不思議な気分。初めて味わう感覚が故意のものか自発的なものかわからない私には、その場に倒れることしか許されなかった。


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