現在
からん、とグラスの氷が揺れる。
その音に加良は目を上げた。
初めて知った事が沢山あって動揺する。視線の先に雛奈の凛とした、しかし優しい笑顔を認めると折角収まった涙が再び顔を出した。
まずは謝らなければならない。
「雛奈さん…私何も知らずにあなたに酷い事をしたわ。…謝っても許して頂けないのは解っていますけど、言わせて」
改まった加良の言葉に雛奈の顔が歪んだ。そうして笑顔を浮かべる。
「ストップ。あんたに謝られるような事は何にもないわ。其れに謝罪なら“王子”にしてもらったからいらないわよ」
豪快に笑い雛奈は酒をあおった。
これはどうやら聞いてもらえそうにない。
加良は諦め、再度祀に顔を向けた。優しい笑顔が其処にはあって自然と自分の口角も上がる。やっと親友と逢う事が出来て加良は幸せだった。
しかし、其処で思考が止まる。
昔話では5年、2人は逢わなかったのだ。
その後、京とはどうなっているのか聞きたかった。
「あの、祀くん…?」
静かに声を掛ける。祀は、ん?っと顔を上げた。
「…京くんは…?」
恐る恐る聞いてみると綺麗な祀の表情が無くなる。それを見た加良は、失敗した、と思った。
聞いてはいけなかったのだ。
やはり5年、という歳月は長すぎたのだ。
やっぱり、自分は親友2人を守れなかったのだ。
自分があの時…。
思いに沈んで行く加良の耳に電子音が響いた。ふと顔を上げると、祀が携帯を取り出している。その液晶を確認し、綺麗な顔が薫るように綻んだ。携帯のぼたんを押しながら祀は加良を見る。そうして、
「ちょっと待ってて」
そう言い残し店を出て行った。加良は手の中にあるグラスを見詰める。
どうしたって沈んでしまう心を弄びながら加良はグラスを煽った。そんな加良の耳に再度店の扉が開く音が聞こえる。ふと視線を上げ、そうして加良の大きな瞳から再度雫が零れた。
颯爽と歩いてくるその姿は、記憶にある姿よりも大きく逞しい物になっていたけれど、日本人離れした顔には見覚えがあった。
「京くん…」
そう呟くと日本人離れした顔が妖艶に笑みを広げる。大きな手が加良の小さな頭に乗せられた。
「相変わらず綺麗だね、加良ちゃん」
そんな事を言う。加良は泣き笑いで応じ、そうして京の横に居る祀を見た。幸せそうな笑みを浮かべている。
つまりは、2人はちゃんと今でも想いあっているのだ。5年という歳月を乗り越え幸せになったのだ。
「…良かった」
自然と口から出た言葉に祀と京は笑みを深めた。
他の人間は2次会に流れたけれど、祀、京、加良の3人は帰路を選んだ。
夜も随分と更けたのに、都会は賑やかさを維持している。喧騒を横目に3人は歩いた。
そうして、ヒートアイランドを少しでも和らげようとして作られたのか、喧騒の都会の中に小さな緑の公園を見つけ、自然と3人はその中に入る。
遊具、と言えるものは殆どないが、辛うじてベンチは見つける事が出来、京は祀と加良をそこへ誘った。
京、加良、祀、の順番でベンチに腰掛ける。普段男性に囲まれる事の無い加良は居心地の悪い物を感じた。
男2人の顔を交互に見る。2人は何故だか加良を見ていた。
「…あの」
堪らず声を上げると、優しい祀が返事をする。
「何?加良ちゃん」
加良は眉間に皺を寄せながら再度2人を見た。
「この配置は可笑しいような気がするのだけれど…」
加良の言葉に祀は笑みを広げる。
「そんな事ないよ。僕たち加良ちゃんに物凄く逢いたかったんだ」
まるで告白をされているようで、やっぱり加良は居心地の悪い物を感じた。助け舟を求めるように京を見るけれど、その笑みは一層広がっていてどうやら聞き入れてもらえそうに無い。
加良は諦めてこの配置を受け入れた。
「ごめんね、加良ちゃん」
京の声がする。
「ごめんね、加良ちゃん」
続けて祀の声がする。
加良は2人を交互に見た。2人が何を謝っているのか解らなくて答えに困ってしまう。
「“あの時”僕が助けて、なんて言わなければ、加良ちゃんが辛い思いしなくてよかったのに…」
辛そうな祀の声に急いで反論しようとしたけれど、大きな身体に包まれて阻まれてしまった。続いて京の声がする。
「俺たちが“あの日”加良ちゃんに卒業してなんて言ったから、余計辛い思いをさせたよな」
そうして更に大きな身体に包まれる。加良は急いで首を振った。
「何を言っているの?!辛い思いをしたのは祀くんと京くんでしょ?…2人の苦労に比べれば私の苦労なんてたいした事なかったわ。今なら解るもの…。私を見守っていてくれた人がいたって事を。だから謝らないで…」
加良を包む腕に力が込められる。
「…ありがとう。僕達ね、今一緒に居るんだ。“あの時”加良ちゃんが必死に守ろうとしてくれたこの気持ちを維持する事が出来て、やっと自由になれた。こうやって加良ちゃんにも又会えた」
「加良ちゃんがいたから、俺達いろんな事を乗り越えられえたんだ。逢えない時間はあったけど、今こうして一緒にいられる。加良ちゃんのお陰だよ。俺達を守ってくれて、本当にありがとう…」
2人の体温に包まれて、加良の凝り固まっていた気持ちが解けて行く。
あぁ、自分はどうにかこの2人を守れたのだ。
色々な事があったけれど、2人は自分がいたから乗り越えられた、と言ってくれた。
今、幸せだと、そう言ってくれた。
“あの時”から時間が止まってしまっていた加良は、今こうして親友2人に会えて、2人の幸せを確認して、漸く一歩が踏み出せるような気がする。
2人の男に包まれながら辛うじて見える夜空には、都会には似つかわしくない星が煌めいていて頬が緩んだ。
ちらり、と自分を包んでいる2人を交互に見る。
そうして口角を引き上げ、
「何時までも幸せでいてね…」
とそう言葉を紡いだのだった。
やっと、終わる事ができました…。
最後まで読んで下さった方、稚拙な文で申し訳ありませんでした。
そして、ありがとうございました<m(__)m>
又、何処かでお目にかかる事があれば幸いです。