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6 始まりのエピローグ

「とにかく、あの頃はね、」

ハヅキは話し始めて、視線を夜の真っ黒い窓の方に向けた。


「ちーのこと好きだったんだよ…。」

ハヅキは手紙の台詞をなぞるように過去形の告白を重ねた。


「全然気が付かなかったよ。」

僕はハヅキの言葉に反射的に反応してしまったが、これはだいたいホントで少しうそだった。ハヅキが僕のことを好きだったことは知らなかったけど、多分、当時の僕だって少しは期待していたはずだ。


「まったく、子どもなんだから。」


「子供だったんだから仕方ないよ。でもなんで?」


「理由なんて聞く?」

ハヅキはそう言って少し頬を膨らませた。


「でもね、きっかけは三学期の席替えの時だったかな。」


「それってハヅキと隣の席になったときでしょ?でも、なんだっけ。」

確かにハヅキとの距離が縮まったのはあの時だったのは間違いない。


「なんで覚えてないの?」

ハヅキはまた呆れたような顔をしてそのまま話を続けた。

「普通、席順って先生が決めるものだけど、あのときは一応子供の希望を聞いたのね。もちろん誰が嫌ですとかはナシでポジティブな希望限定なんだけど。多分、男女が隣になる前提だったからわざわざ希望する子もいないと思ってたんじゃないかな。」


ハヅキは一呼吸置いてから続けた。

「そしたら、ちーが手を挙げて、私の隣がいいですって言ったわけ。」

「こっちは突然そんな事言われてアワアワだったよ。意識するなって言われても無理だと思わない?それからは、ちーと一緒に学校に行くのが一番の楽しみだったな。」


「あーそんなこともあったかなぁ。」

あの時なんでそんなことを言ったのかはよく覚えていない。単純にハヅキと話すのが楽しかったということなんだろうけど、地元の子にはない何かに興味があったのかもしれない。

もしかすると初めての恋心だったのかもしれないが、それを自覚するには僕はあまりに幼すぎた。


「なんだ。言ってくれればよかったのに。」

幼くはない僕だったがつい漏らしてしまった。


「言えるわけないでしょ。ばかじゃない?」

ハヅキのこんな顔を見てるとあの頃の学校帰りを思い出す。

そして、ハヅキがこんなに笑顔でよく話す子だったのに、他の男子の記憶にあまり残っていなかった理由がやっと分かった気がした。


「でも、こうやって言えるってことは今は好きじゃない…」


「なに、バーでキザに飲んでるイケオジみたいなもったいぶったセリフ」

ハヅキってこんなに口悪かったっけ、それとも実は酒癖悪いのか?


僕を見透かすようにハヅキは続けた。

「でも、半分当たりってとこかなぁ。あの頃のちーのことは今でも好きなんだと思う。でも、今のちーのことは何も知らないもの。」


それは僕も同じだった。あの手紙を見つけてからというものハヅキのことばかり考えていた。でも、思い浮かべていたのは、あの夏のハヅキだった。


それから長い年月の隔たりも忘れてハヅキとの会話はおおいに盛り上がった。とはいえ、話のほとんどはあの頃の思い出話だったし、地面に開いた深い穴のような時間だけは埋めようがなかった。


そんな事を思い始めたとき、ハヅキから意外な言葉が飛び出した。

「ねぇ、ポッドキャストって知ってる?」


予想外の単語に少し驚いたが、僕もポッドキャストくらいは聴いたことがある。

「知ってるよ、ネットラジオでしょ。芸人の番組とか、ニュースとか。」


「そう、プロだけじゃなくてアマチュアの人もたくさんやってる。」

「今日、話しながら考えてたんだけど、私、ちーがあれからどうやって生きてきたのか知りたくなってきたの。私だってちーに報告したいことたくさんあるし。」


「でも、ちーは海外行っちゃうから、またこうやって会うのも難しいでしょ?LINEとかでも良いけど、ダラダラやってもどうせフェードアウトしそうだし。それなら週1とか決めて話してみない?」


「ポッドキャストってもちろん聴いてるだけでも楽しいんだけど、自分でやったらもっと面白いんじゃないかと思ってたのね。でも、一人でしゃべれる自信ないし、ネタも続かないだろうなぁって。」


「でも、今日ちーと話してたら、すごく久しぶりなのにすごく話しやすいし、二人でやったら楽しそうだなって。収録しながらたくさん話もできるし一石二鳥だと思う。どう?やってみない?」


ハヅキは意外な提案をまくし立てた。なに、2人でポッドキャスト?

「海外だけど問題ない?」


「違う国にいる二人が話してる番組なんていっぱいあるからたぶん大丈夫だよ。私だっていつ海外に行くか分からないし、そこは関係ないんじゃないかな。」


オンラインミーティングってことか。ほとんど時差もないから、通信環境がまともなら問題ないか。それは良いとして…

「でも、ほんとに話すことあるかな?俺の話なんて平凡すぎてつまらないと思うけど。」


「自分で当たり前だと思ってても、他人から見たら面白いってこともあると思うよ。今日話してたってちーが平凡だとは全然思わなかったし。」


正直、人に語れるほどの面白い人生は送ってこなかったと思うけど、ハヅキが今までどうやって生きてきたのかは聞いてみたいと思った。きっと特別な経験を沢山してきたんだろう。そんな事を考えていたら、ポッドキャストにも少し興味が湧いてきた。


そこで僕は思いついたばかりの提案をしてみた。

「でもさ、昔話だけじゃきっとすぐネタ切れしそうだよね。何か新しいことがあった方がよくない?せっかくまた会えたんだし、後ろだけ見るより前向きの会話があっても良いよね。」


「確かに。恋人同士だって向き合うより同じ方向見たほうがうまくいくって言うし、前向いて話せるのはいいね。」


ハヅキは、笑顔で提案を受け入れてくれたようだったが、さらに強烈なボールを打ち返してきた。

「じゃあ、新しいアイデア1人20個考えてこよう。来週は時間ないだろうから2週間後でいいよね。」


「20個?それは無理だよ。」


「いいの。どうせ使えるのは幾つもないんだし。自信を持って出したアイデアと苦し紛れに出したアイデア、実際やってみないとどっちが良いかなんてわからないでしょ?」


確かにそうかもしれない。


「だったらアイデアがカラッカラになるまで絞り出したほうが良いと思うの。だから何でもいいから20個出す。あっ、もちろん一言じゃなくて一応企画らしくね。AI使っても良いけど全部はダメ。今必要なのは完成度じゃないから。」

「私だって忙しいんだから、時間がないは禁句ね。」


僕の逃げ道は全部ふさがれていた。


「あと、ベトナムじゃマイク買えないかもしれないかもしれないからこっちで買っておいてね。」


そのあと、ポッドキャストの制作会議は2件目も続いて、結局、店を出たころには12時を過ぎていた。ぎり終電に間に合う時間だ。

僕たちは駅まで歩いて改札を入った後、別々の階段に向かった。

久々の別れに僕はあの夏の日を思い出していたけれど、今度の挨拶は「さよなら」じゃなくて「またね」だった。


翌日、僕は、もう少し昨日の夜の余韻に浸っていたかったけど、昼間は引き継ぎや片付け、夜は同期や部署の送別会が木金と続き、よくここまで詰め込んだというくらいのあわただしさだった。

  


 一ヶ月後


「じゃあ、収録始めるよ。」


「OK。」


「17年目の自由研究!」


「こんにちは、はーちゃんです。」


「どうも、ちーです。」


「この番組は、小六の夏にさよならしたふたりが17年ぶりに再会して、女と男、研究者と会社員、日本とベトナム、それぞれの視点から気になってることを自由研究みたいに語り合うラジオです。」


「昔半分、今半分、ゆるっと聞いてもらえたらうれしいです。」


「では、今日もスタートです!」


思いもよらずハヅキと自由研究みたいなことを始めることになってしまったわけだ。

この展開、正直大変そうだけど、小六の僕にはちょっと自慢できるかもしれない。


(了)





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