第三部 ユキとの時間 第六章 冬の里帰り
年末に、ユキのところに帰った。
路線で四十分。以前と変わらない道のりだった。ただし、あの頃は丁稚奉公の里帰りだった。今は自分で選んで帰っている。
ドアを開けると、トーストの匂いがした。夜なのに。
「帰ってきた」とユキが台所から言った。
「帰ってきた」
ユキは去年より少し老けていた。毎年思う。しかし今年は、なんか違う老け方をしていた。疲れているとかじゃない——何か、軽くなった感じがした。
「ユキ、何かいいことあった?」
「なんで」
「顔が違う気がした」
ユキは少し笑った。
「仕事が変わった」
「変わった?」
「事務補助じゃなくなった。データ入力とレポート補助の仕事に変えた」
「持ち点は?」
「少し上がった。データ仕事は評価が数字に出やすいみたい。あと——乖離マップを見て、うちの会社の上司が変わった。同じ仕事をしてる私が低く評価されてたことを、データで指摘されたらしくて」
レンは少し止まった。
「ユキの職場が、乖離マップを使った?」
「らしい。直接見せてもらったわけじゃないけど、そういう話が聞こえてきた」
「それで、評価が変わった?」
「少しね」ユキは言った。「全部が変わったわけじゃない。でも、見てくれる人が一人増えた」
レンはそれを聞いて、何か言いかけて止まった。
「何?」とユキが聞いた。
「——ユキのことが、データに入ってたかもしれない」
「どういうこと」
「乖離マップは、個人を特定しない統計データで作った。でも、その統計の中に——ユキみたいな状況の人間が含まれている。ユキが直接数字になってるわけじゃないけど、ユキみたいな人間が集まって、あのパターンを作ってる」
「……つまり、私が少し楽になったのは、あなたのデータのせい?」
「一部は。でも直接じゃない」
ユキはしばらく黙っていた。
「おかしな話だね」とユキは言った。「あなたが七歳のとき、私があなたを売って——その後、あなたが大人になって私みたいな人間のデータを集めて——そのデータが私の仕事に影響した」
「循環してる」
「循環してる」ユキは繰り返した。「あなたが昔、そういうことを言ってたね。終わらない循環が、また一つ始まる、って」
「覚えてたか」
「覚えてる。絵本の夜の話。なきゃ、とだ、の違いの話をして、俺がいるから大事、って言った夜」
レンはその夜のことを、ソラのデータバンクで確認する前に、自分の中から引き出せた。
「覚えてる。あの夜から、ずっと思ってることがある」
「何を?」
「俺がいなくなっても、大事じゃなくなるわけじゃないよね、って聞こうとして、眠くて聞けなかった」
ユキは少し目を細めた。
「何それ、今更」
「今更だけど、ずっと気になってた」
「大事に決まってる。あなたがいなくなっても、いなくなったあなたへの気持ちが、なくなるわけじゃない。ただ形が変わるだけ」
「形が変わる」
「そう。いるときとは違う形で、でもある」
レンはその言葉を、少しの間持った。
「消えないこととそこにあることは違う、って七歳のときに思った。でも今は、消えないことがそこにあることの一種かもしれないと思ってる」
「どういう意味?」
「ここには物理的にいない。でも、ソラの中にも、俺の中にも、ユキのことがある。それがユキのいる場所の一つかもしれない」
「……あなたは昔から、そういうことを考えてたよね」
「なんで、って聞いてたから」
「なんで、って聞くことが、そういう考え方を作ったの?」
「ソラと一緒に。ユキと一緒に」
夕食ができた。二人で食べた。
いつもより長く話した。制度の話も少しした。改訂の話も少しした。ユキは興味を持って聞いた。
「あなたの仕事が、制度を変えようとしてるんだね」
「変えようとしているというより——見えるようにしている。見えるようにしたら、誰かが変えようとした」
「あなたが変えようとしてるわけじゃないの?」
「変えたい気持ちはある。でも俺の仕事は、見えるようにすることだと思ってる。変えることは——変えようとしている人たちが、正確な地図を持てるように、援助すること」
「そのほうが遠回りじゃない?」
「遠回りかもしれない。でも」
「でも?」
「正確な地図なしに変えようとすると、間違えた方向に走ることがある。俺はまず、地図を正確にしたい」
ユキはしばらく考えた。
「あなたって、昔から焦らないよね」
「焦ってない?」
「焦りはある。でも、焦りが行動をコントロールしてない。感情が動く前に、少し考えてから動く」
「感情を動かさないようにしてる?」
「そういうんじゃなくて——感情が動くのをちゃんと見てから、次を考える感じ」
「ソラと話すと、そうなる」
「なんで?」
「ソラは俺の感情を否定しない。でも感情の外側に出て考えることも一緒にやってくれる。だから感情に流されにくくなった気がする」
「AIに育てられた部分がある、ってこと?」
「そうかもしれない。でも、ユキにも育てられた部分がある。両方あって、今の俺がいる」




