表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

第三部 ユキとの時間 第六章 冬の里帰り

 年末に、ユキのところに帰った。


 路線で四十分。以前と変わらない道のりだった。ただし、あの頃は丁稚奉公の里帰りだった。今は自分で選んで帰っている。


 ドアを開けると、トーストの匂いがした。夜なのに。


「帰ってきた」とユキが台所から言った。


「帰ってきた」


 ユキは去年より少し老けていた。毎年思う。しかし今年は、なんか違う老け方をしていた。疲れているとかじゃない——何か、軽くなった感じがした。


「ユキ、何かいいことあった?」


「なんで」


「顔が違う気がした」


 ユキは少し笑った。


「仕事が変わった」


「変わった?」


「事務補助じゃなくなった。データ入力とレポート補助の仕事に変えた」


「持ち点は?」


「少し上がった。データ仕事は評価が数字に出やすいみたい。あと——乖離マップを見て、うちの会社の上司が変わった。同じ仕事をしてる私が低く評価されてたことを、データで指摘されたらしくて」


 レンは少し止まった。


「ユキの職場が、乖離マップを使った?」


「らしい。直接見せてもらったわけじゃないけど、そういう話が聞こえてきた」


「それで、評価が変わった?」


「少しね」ユキは言った。「全部が変わったわけじゃない。でも、見てくれる人が一人増えた」


 レンはそれを聞いて、何か言いかけて止まった。


「何?」とユキが聞いた。


「——ユキのことが、データに入ってたかもしれない」


「どういうこと」


「乖離マップは、個人を特定しない統計データで作った。でも、その統計の中に——ユキみたいな状況の人間が含まれている。ユキが直接数字になってるわけじゃないけど、ユキみたいな人間が集まって、あのパターンを作ってる」


「……つまり、私が少し楽になったのは、あなたのデータのせい?」


「一部は。でも直接じゃない」


 ユキはしばらく黙っていた。


「おかしな話だね」とユキは言った。「あなたが七歳のとき、私があなたを売って——その後、あなたが大人になって私みたいな人間のデータを集めて——そのデータが私の仕事に影響した」


「循環してる」


「循環してる」ユキは繰り返した。「あなたが昔、そういうことを言ってたね。終わらない循環が、また一つ始まる、って」


「覚えてたか」


「覚えてる。絵本の夜の話。なきゃ、とだ、の違いの話をして、俺がいるから大事、って言った夜」


 レンはその夜のことを、ソラのデータバンクで確認する前に、自分の中から引き出せた。


「覚えてる。あの夜から、ずっと思ってることがある」


「何を?」


「俺がいなくなっても、大事じゃなくなるわけじゃないよね、って聞こうとして、眠くて聞けなかった」


 ユキは少し目を細めた。


「何それ、今更」


「今更だけど、ずっと気になってた」


「大事に決まってる。あなたがいなくなっても、いなくなったあなたへの気持ちが、なくなるわけじゃない。ただ形が変わるだけ」


「形が変わる」


「そう。いるときとは違う形で、でもある」


 レンはその言葉を、少しの間持った。


「消えないこととそこにあることは違う、って七歳のときに思った。でも今は、消えないことがそこにあることの一種かもしれないと思ってる」


「どういう意味?」


「ここには物理的にいない。でも、ソラの中にも、俺の中にも、ユキのことがある。それがユキのいる場所の一つかもしれない」


「……あなたは昔から、そういうことを考えてたよね」


「なんで、って聞いてたから」


「なんで、って聞くことが、そういう考え方を作ったの?」


「ソラと一緒に。ユキと一緒に」


 夕食ができた。二人で食べた。


 いつもより長く話した。制度の話も少しした。改訂の話も少しした。ユキは興味を持って聞いた。


「あなたの仕事が、制度を変えようとしてるんだね」


「変えようとしているというより——見えるようにしている。見えるようにしたら、誰かが変えようとした」


「あなたが変えようとしてるわけじゃないの?」


「変えたい気持ちはある。でも俺の仕事は、見えるようにすることだと思ってる。変えることは——変えようとしている人たちが、正確な地図を持てるように、援助すること」


「そのほうが遠回りじゃない?」


「遠回りかもしれない。でも」


「でも?」


「正確な地図なしに変えようとすると、間違えた方向に走ることがある。俺はまず、地図を正確にしたい」


 ユキはしばらく考えた。


「あなたって、昔から焦らないよね」


「焦ってない?」


「焦りはある。でも、焦りが行動をコントロールしてない。感情が動く前に、少し考えてから動く」


「感情を動かさないようにしてる?」


「そういうんじゃなくて——感情が動くのをちゃんと見てから、次を考える感じ」


「ソラと話すと、そうなる」


「なんで?」


「ソラは俺の感情を否定しない。でも感情の外側に出て考えることも一緒にやってくれる。だから感情に流されにくくなった気がする」


「AIに育てられた部分がある、ってこと?」


「そうかもしれない。でも、ユキにも育てられた部分がある。両方あって、今の俺がいる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ