第四章 改訂の内側
十月になって、ナナセから正式な協力要請が来た。
件名:「買取価格算定方法に関する制度改訂案への意見提供依頼」
添付ファイルを開くと、三十ページ以上の資料があった。改訂の方向性、根拠データ、想定される効果と課題、パブリックコメントの対象外となる内部検討段階での意見収集——要するに、まだ外に出せない段階の草案に、意見を言ってほしい、ということだった。
「ソラ、読める?」
「読んでいます。要点を整理しますか」
「お願い」
「改訂案の核心は三点です。一つ目、買取価格の算定基準に、生みの親の持ち点に依存しない評価軸を追加する。具体的には、AIアシスタントとの対話ログの質的評価を新しい基準として導入する。二つ目、素体スコアの企業への自動提供を廃止し、任意提供に変更する。これは昨年試験的に実施されたものの正式化です。三つ目、最低保障カリキュラムの内容を拡充し、持ち点に関わらず一定水準のプログラムを全員が受けられるようにする」
「三点とも、乖離マップに関係している」
「直接的な言及はありませんが、乖離マップのデータが根拠として使われていることは、資料の構成から読み取れます」
「問題点は」
「二点挙げます。一つ目、AIアシスタントとの対話ログの質的評価——これは判断基準が曖昧です。何が質の高い対話かを、誰が、何に基づいて判断するかが明確でない。結果として、新たな恣意的評価が生まれる可能性があります」
レンは少し止まった。
「俺とソラの対話が、質が高いと評価される保証はない?」
「保証はありません。質の定義次第では、論理的整合性よりも知識量が評価される可能性もある。あるいは企業が求める方向性に合った対話が高評価になる可能性もある」
「誓いの問題と同じだ。誓いを入れることを促しながら、何を誓うかで差がつく」
「二つ目の問題点です。カリキュラムの拡充は、財源が課題です。資料の最後に小さく書いてありますが、拡充に必要な費用は、現行の制度財源では賄えません。新たな課税か、他の予算の削減が必要です」
「どこから削るかが、次の争点になる」
「なります。そして削られる側は、声を上げます」
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翌日、ナナセの事務所に行った。
レンが直接局内に入るのは、この制度設計局への二度目の訪問だった。
ナナセは資料を並べた机の前で立っていた。会うたびに少し疲れた顔になっている気がする。しかし目は、前より鋭い。
「読んでいただけましたか」
「ソラと一緒に読んだ。三点、気になることがある」
「どうぞ」
「対話ログの質的評価——判断基準をどうするつもりですか」
「現在、基準の設計を検討中です。まだ決まっていない部分が多い」
「未完成の評価基準を導入すれば、新しい乖離が生まれます。今度は、質的評価の基準が何を映していないか、という問題が出る」
「そのリスクは認識しています。しかし——対話ログを評価に入れなければ、今の算定方法の問題が解決しません。不完全でも入れることが必要か、完全になるまで待つかの、選択です」
「完全にはならない」
「はい。制度が完全になることはありません。常に不完全な状態で動き続ける。その中でどこで踏み切るかの判断です」
「踏み切った後の検証を、誰がしますか」
「——それを、お願いできませんか」
レンは少しの間、ナナセを見た。
「俺が改訂後の乖離マップを作る、ということですか」
「改訂前と改訂後を比較できるデータを、あなたが持っています。そして制度の外にいながら、制度の内側を理解している。制度設計局の内部にいる人間には、改訂の効果を中立的に評価することが難しい」
「中立的、かどうかは俺にも確かめようがない」
「そうですね。でも、あなたのデータは少なくとも今まで、制度設計局の利益に沿って作られたものではなかった。それが信頼の根拠です」
レンは少しの間、考えた。
「条件があります」
「何ですか」
「改訂前後の比較データは、俺が公開します。設計局の発表より前に、俺が独立して発表する。局が都合よく使える形でのデータ提供ではない」
ナナせは少し考えた。
「局内での反発は予想できます。しかし——それがあるべき形だと、私も思います。調整します」




