第十二章 ハシモトさんへの訪問
冬の初め、レンはハシモトさんに連絡を取った。
「あの対話の後、考え続けていたことがあります。もう一度話せますか」
ハシモトさんはすぐに返事を返した。
「来てください。親たちの集まりがあります。あなたに話を聞いてほしい人たちがいます」
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集まりは、中央区から少し外れた公民館だった。
二十人ほどの親たちがいた。年齢は三十代から五十代まで。持ち点は、見るからにばらつきがあった。
ハシモトさんがレンを紹介した。
「乖離マップを作った方です。皆さんの状況が、あのデータの中にある」
一人の女性が手を挙げた。
「あのデータで、何が変わりましたか」
レンは正直に答えた。
「制度改訂が、少し動きました。ただし、あなた方が経験した痛みを、データは記録していません。そのことが、ずっと気になっています」
「痛み、というのは」
「七歳で子どもを売ったことへの、記憶。制度が正しいと信じながらやってきたことが、振り返ると——何かを失っていたかもしれない、という感覚。それを数字で言おうとすると、どこかが消える気がします」
しばらく沈黙があった。
一人の男性が言った。
「息子が今、二十五歳で元気にやっています。それはよかった。でも——息子が七歳のとき、俺の持ち点が低かったから、息子は安い値段で売られた。それは事実です。息子は制度を恨んでいないと言います。でも俺は——ずっと、その数字が残っていることが、嫌だった」
「どんな数字が残っていますか」
「息子の買取価格のデータです。制度の記録に、あの値段が残っている。俺が親としてどれだけ頑張ったか、どれだけ息子のことを思っていたかは、どこにも残っていない。数字が残っているもの全部が、あの年の俺の全部みたいに見える」
レンはその言葉を、メモしていた。ソラも記録していた。
「残したいものと、残したくないものが、違う」とレンは言った。
「そうです」
「制度が残すのは、制度が測ったものだけです。それは制度の限界でもある」
「限界は、変えられますか」
「変えることもできる。ただし——残したいものを残す方法を、俺はまだ持っていない」
「作れますか」
レンは少し考えた。
「作ろうとします。どんな形になるかは、まだわかりません。でも——ここにある言葉を、数字とは別の形で記録することが、最初の一歩かもしれない」
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帰り道、ソラに話した。
「あそこで聞いた言葉を、どうしたいか、まだ決まっていない」
「決まらないまま持っていることができます」
「持ち続ける。何かになるまで」
「乖離マップも、最初はそうでしたね」
「十二歳のとき、ファイルを作った。何になるかわからなかった。持ち続けた。十年かかって、ここにいる」
「今日聞いた言葉も、十年かかるかもしれません」
「かかっても、持てる」
「持てます」
夜道に、冬の風が吹いていた。




