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 一ヶ月が過ぎた。オレは学校を辞め、アルバイトをしてその金で生活している。狭く、綺麗ではないが、アパートも見つけた。そこに、アキと二人で暮らしている。

 あのあと、アキは独りで病院へ行った。結果をオレに聞かれたくないから、独りでいかせてくれといわれたから、独りで行かせた。子供は、ダメだったらしい。流産だった。

 オレはこれでよかったんだろうか? いや、これでよかったんだ。今のオレにはアキがいる。

 これから、二人で、暖かい家庭をつくればいい。

オレは、今、幸せだ。これで、良かったんだ。




 いつものようにバイトが終わり、アパートに帰る。アキが夕飯を作って待っている。今日は何を食べさせてくれるのか、楽しみだ。

 ふと、ドアポストに一通の茶封筒が入っているのが目に留まった。

 手にとってみる。アキとオレの名前が連名で書いてある。

裏返した、差出人は……保健所だった。

 保健所? どういうことだ? エイズの件は片付いたはずだ。オレは、恐る恐る、封を破り中身を確認した。

 なんだこりゃ、わけがわかんねぇ。

 その紙切れは意味不明、理解不能だった。だが、これが事実だとしたら……

 オレは、その紙切れを握り締め、靴を脱ぎ散らかしてアパートに上がりこんだ。どういう意味だ。アキ、アキはどこだ?

「お帰り、どうしたの?」

アキは何食わぬ顔で食事を作っていた。その目の前に、握り締め、クシャクシャになった保健所からの通知を突きつける。

「どういうことだ? なんだよ? これ」

その書類に書いてあったもの、それは

『HIV、反応、陽性』

つまり、アキは、エイズに感染している、ということを示していた。

アキは、それを見て、一瞬、キツネにつままれたように、惚けたが、その後、開き直ったように、笑い始めた。

「クク、くはハはは、あっはっはっはははははは!」

「どういうことだ! 説明しろ、なんで笑ってんだよ! あのとき、確かに検査したじゃんか、アレはなんだったんだよ。ちゃんと陰性ってついてただろ? おい、ちょっとまてよ。お前、エイズだったら、オレにもうつってんじゃねぇか。ふざけんなよ」

「あはははははははははははははははは!」

「笑ってんじゃねぇよ!」

 オレは思わず、アキを殴り飛ばした。床に倒れこんでなお、アキの耳障りな笑い声はやまない。

「くくかかかかははあははははは!」

「説明しろよっ!」

「シュンって、馬鹿だね。エイズ――HIVってね潜伏期間があるの」

「どういうことだよ!?」

 なんだ、何がどうなっている? エイズ? アキが? オレが? オレは死ぬ? 

「HIVウィルスが、体内に入り込んで、何日かあとに、身体がHIVへの抗体を作り始める、検査はその抗体を調べるの。つまり、前に検査した結果は嘘。で、この間、保健所いって、精密検査してきた結果がそれ。アタシは立派なHIV患者、シュンも立派なHIV患者」

アキがニヤリと口元をゆがめた。

「お前、知ってたのかよ……? 知っててオレと寝たのかよ?」

「当たり前でしょ、Well come to AIDSっていうのを見てから、必死にエイズについて勉強したもの、ちなみに、馬鹿なシュンのために教えてあげるけど、コンドームなんてしてたって完全な予防策にはならないよ。キスでも場合によってHIVは感染するんだよ」

「ふざけんな、ふざけんなよ……お前、オレを裏切ったのかよ。どうして、オレを殺すようなマネすんだよ」

「だって、アタシだけがHIVで死ぬの、寂しかったんだもん」

アキが言った。

「どうして、アタシだけ、死ななきゃいけないの? これから、働いたり、結婚したりいろんな楽しいことあるのに、アタシだけ死ななきゃいけないなんて、そんなの酷いし、理不尽だし、寂しいもん。誰でもいい、誰か、そばにいて欲しい。ただ、それだけ。誰でもいいから、誰か一緒に生きて、そして、死んでくれる人が欲しかった。これって純愛ってやつだよね? シュン、アタシのこと好きだったんでしょ? よかったね。アタシには、シュンしかいないよ。アタシもHIV、シュンもHIV。死ぬまで一緒だよ?」

 まるで、ニュースキャスターが大事故の死亡者名を知らせるように、抑揚を殺した声でとうとうと話し続ける。

「ちく……しょう」

オレは、思わずへたり込んだ。体中の力が抜けた。

「今まで黙ってたのも、シュンが引き返せないような状況になるのを待ってたから。可哀想なシュン、馬鹿なシュン、哀れなシュン。妊娠も、流産も嘘だったのに……。簡単に騙されちゃって、本当に、馬鹿なんだから。妊娠してたとしても、そんなにすぐわかるわけないじゃん。流産だって転んだくらいでそう簡単に流れないよ。あはははは、ちなみに、虐められるように仕組んだのもアタシ、シュンって単細胞だから、あの場で絶対キレてくれると思ってた。あははは、馬鹿だよね、馬鹿だよね、アハハハはハハは!」

「くそ、畜生!」

オレは拳を振り上げた。思い切りアキに打ち付ける。アキの身体が吹っ飛ぶ。

オレは倒れた身体を蹴りつける、何度も、何度も、何度も、何度も。

 はめられた、憎かった。憎かった。畜生、畜生……。オレはもう、エイズに取り付かれている。死神に取り付かれている。死神に……

「がふっ、あんなに……愛した……アタシを……殴るの……? やっぱり、そうだよね……アタシがしたことは……シュンを騙して、身体に……爆弾埋め込んだようなもの……だから……、だから、シュンは……アタシを、恨んでもいいよ。でもね……シュン、もう、どうしようもないんだよ、シュン……どんなに憎くて……も、貴方のエイズは消えない、アタシのエイズも……消えない……一緒に、……生きていくしか……無いんだよ……、病院から、……発症を遅らせる……薬もらって……、頑張って……生きるしか……無い……病気と……闘って……生きるしか……」

 アキは、殴られ、蹴られながらも、息も絶え絶えに独白を続ける。

くやしいが、その通りだった。

オレはもうエイズ患者だ。アキと一緒の時を生きて、一緒に死ぬしかない。

 クソッ、オレの人生、オレの一生。60年あったはずの一生が、どうしてこうなっちまったんだ。畜生。なんで、アキはオレを巻き込んだんだ。くそったれ。くそっ、くそっ。

 涙が出てくる。

アキは、オレに殴られ、身体中、痣だらけになりながらも、俺を見て笑っている。

「うぉぉぉああぁぁ!」

 オレは叫んだ。叫ぶしかなかった。

オレは叫び続けた。いつまでも、叫び続けた。他に、どうしていいかわからなかった。



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