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「落ち着いたか?」
「……うん」
「何があったんだよ? アイツか? あのバイトでの……」
アキが頷いた。
「エイズ……うつされちゃった」
「エイズ!?」
思わず、声が裏返った。びくん、とアキが痙攣する。
「ごめん、でもエイズってどうしたんだよ?」
「前の日曜日、デートのあとに……エッチ、したの」
オレは、頭をバットで殴られたような衝撃を受けた。顔も知らない、相手の男を、憎いと思った。やっぱり、汚されたってそういうことか。
「そして、次の日、起きたら、誰もいなくて、『Well come to AIDS』って書いた手紙だけ残ってた……アタシ、エイズになっちゃった、彼にうつされちゃった……それから、彼に電話してもメールしてもつながらない。アタシ、独りぼっち。もうすぐ、十年くらいでアタシ死ぬんだ。独りぼっちで、病気になったら誰も付き合ってくれない、友達にもなってくれない。アタシ、独りで死ぬんだ……アタシ独りで……」
アキは、そういい、再び、顔をうずめ、声をあげずに泣き出した。
そんなアキを両腕で抱きながら、俺は、同じような話を以前聞いたことを思い出していた。
『Well come to AIDS、どこかで聞いたような気が……』
オレは思い出した。
「アキ、それ、タダの悪戯だ」
「……え?」
アキは泣きはらした目でオレを、きょとんと見つめた。
「都市伝説にあるんだよ。同じようなヤツが。詳しくは忘れたけど。多分、それをマネした悪戯だ」
「……本当?」
「じゃ、お前、ヤるときに、コンドームつけなかったのか? 子供作るつもりだったのか?」
「ううん、ちゃんとゴムはつけた」
「じゃあ、大丈夫だろ、コンドームってエイズ防止になるってどっかで聞いたことある。一応、病院でも行って診てもらったほうがいいだろうけどさ」
「そうなの? アタシ、エイズじゃないの? 死ななくていいの? 」
「ああ」
オレがそう言うや、アキは「やったー」と、飛び跳ねた。
ふと、部屋の隅にパソコン画面が光っているのを見つけた。エイズ関連のホームページが開かれている。自分がこれからどうなるか、不安に取り付かれていたのだろう。
「でも、彼に捨てられたのは事実なんだよね、メールも電話も帰ってこないし。それに、もう、アタシ、処女じゃないんだよね……」
ひとしきり喜んだ後、アキは沈んだ声で言った。
「そう、なるな」
『言え、言っちまえ、シュン!』
ココロの中で、オレは自分自身を叱咤する。
「でも、オレにとってはちょっと嬉しい」
「……どういう意味?」
「オレ、アキが好きだ。ずっと好きだった。そんなヤツにとられるなんて嫌だった。アキ、好きだ」
『言っちまった……』
アキは、目を丸くして、オレを見ている。
その唇が動いた。
「シュン、アタシ……んむっ」
その唇が言葉をつむぐ前にオレは、唇を重ねた。
二つの舌が絡みあう。
それがアキの返事だった。
「シュン、アタシなんかでいいの? もう、はじめてじゃないんだよ?」
「そんなの関係ねぇよ。いまどき、普通だろ、それくらい。つーか、オレ、今、ゴムもってねぇけど、いいのか?」
「シュンなら、いいよ」
アキが身体を摺り寄せてくる。
「ねぇ、シュン」
「なんだよ?」
「ありがとっ!」
再び、口付けを交わす。
どうしていいか、わからない。
オレは、思いっきり舌を入れ、思いつくまま、口の中の至る所を吸った。
ただ、ただ、アキが愛おしかった。
「息……苦しいよ……。シュン」
アキが、喘ぐ。
「嫌だ。もう、離さない」
だが、オレはやめない。
唇を吸いながら、アキの胸元に手を入れる。ブラは、していなかった。
「シュンの、エッチ」
そういいながらも、アキは、オレに身を任せている。
「男はみんなそうなんだよ」
つたない知識を頼りに、柔らかい塊を、そして、中心にあるつぼみを、揉みしだく。
そのたびに、アキの息遣いが荒々しくなっていく。
オレがアキにとって初めての男で無い、なんてことはどうでもよかった。
アキが、今、オレの腕の中にいる。今のオレにとって、それがすべてだった。
保健所なんて来たのは初めてだ。
オレの隣にはアキがいる。
握り締めた検査結果の紙を二人でそっと覗き込む。
結果の記入欄には、『陰性』と書いてあった。
それをみるや、アキが小さくガッツポーズをした。
「陰性ってなんだ?」
「え? 知らないの? HIV反応なし。つまり、大丈夫ってこと!!」
「アキ、やったじゃん!」
「うん!」
そのとき、ポケットの携帯電話が震えた。シナミからのメールだった。内容はもちろん、アキの状態について尋ねるものだ。
「なぁ、アキ。シナミからこんなメールきたんだけど、全部伝えていいか?」
「……うん。多分、シナミにも心配かけただろうから……」
「明日から、また、三人で弁当、食えるな」
「うん!」
これで、この事件は終わった。オレはそう思っていた。
でも、それは間違いだった。